―――――――面白くねぇ・・・・・・・・
ステアリングを握ったまま、眉間に皺をぎゅっと寄せると、啓介はウインドウの向こう側をその切れ長の瞳で睨み付けた。
しかし、そのイライラとした様子とは対照的に、ステアさばきやクラッチの操作については、
荒々しいというよりはむしろ、いつもより丁寧に扱っている気がする。
そして、赤信号で車が止まると、啓介はちらりと助手席に座る先ほど自宅から掻っ攫ってきたばかりの人物を盗み見た。
久しぶりの逢瀬だというのに、この誰よりも愛しい恋人は・・・
「寝てやがるし・・・・・」
憤りと落胆を混ぜたような表情を浮かべると、啓介はその睡眠の邪魔にならないように静かにアクセルを開けた。
安心できる場所
「・・・・で、いつまでこいつは寝るつもりなんだ?」
未だ眠りから覚めない恋人を見下ろしながら啓介はポツリと呟いた。
はっきり言ってこうして隣で眠っている拓海の寝顔を見ているのは嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。
けれど、それは毎日会っていた場合の話だ。
ここ最近は拓海の仕事がお歳暮やら年末年始の配達の為にかなり忙しく、会う時間があるどころか、ろくに電話さえも出来なかったのだ。
声を聞きたければ、その目を見て話だってしたい。
―――――――なのに・・・・
硬く閉じられたままの目をじっと見つめる。
「お前はそうじゃないのかよ・・・・・・」
眠っている拓海に小さく呟く、と同時に拓海が小さく身じろぎをした。
「ん・・・・」
閉じられていた瞼がゆっくりと上がり、その下からうっすらと琥珀色の瞳が覗く。
「・・・・起きたか?」
「け・・すけ・・さん?あっ!俺、寝てしまって・・・」
「いいよ。疲れてたんだろ?寝とけ。」
「い、いえ、大丈夫です。」
そう言って、起きようとするが一度眠りにスイッチの入った拓海がそう簡単にそこから抜け出せるはずがなく、数分後、再び助手席からは拓海のスヤスヤという寝息が聞こえて来た。
「・・・・・・・で、何なんだ毎回毎回。」
こめかみを押さえながら深夜遅くの来訪者に涼介は呆れたように声を出した。
こうして相談を受けるのは一体これで何回目だろう・・・・・もういい加減数えるのも馬鹿らしくなってきた。
「どうせまた藤原絡みなんだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
クッションを抱えたままじっとベッドの隅に座りこんでいる弟へ尋ねるが、啓介はじっと黙ったまま下を向いた。
「啓介?」
「藤原と俺ってさ・・・・」
「?」
「付き合ってるんだよ・・・・な?」
思わず俺が知るかっ、と言いたくなったが、その神妙な顔にとりあえずその言葉は飲み込む。
「まぁ、そうなんじゃないのか。」
「なのに・・・・・・・・」
「どうしたんだ?」
「あいつ俺と会ってもさ・・・・すぐ寝ちまうんだよ。」
「・・・・・・・・藤原が寝る、ねぇ・・・・」
啓介の口から出た言葉に涼介は僅かに目を見開いた。が、しょんぼりと下を向いている啓介はその変化に気がつかない。
「そうなんだよ。車に乗って、話しかけようと思って助手席見ると、ほとんどの確立で寝てんだよな・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あいつ・・・・俺と居ても面白くねぇのかな。」
そう言ってがくりと肩を落とす弟に、思わず頬が緩みそうになり慌てて押さえ込む。
―――――まったく、こいつをここまでこいつを落ち込ませられるのは藤原くらいだな・・・
そう思いながらニヤニヤと笑みを浮かべる涼介に気づいた啓介が憮然とした声を上げる。
「何だよ。」
「別に。まぁ、俺にはお前達二人の間のことはよく分からないが、そんなに落ち込むようなことでもないんじゃないか?」
「何でだよ?」
「少しは自分で考えろ。だが、もし俺がお前の立場だったら今回のはむしろ喜ぶがな。」
「?????????」
「ほら、俺はこれから明日提出の論文の仕上げをしなくちゃいけないんだ。」
「ちぇっ。」
頭にいっぱいクエスチョンマークをくっつけた啓介に行け行けと手で退出を促すと、拗ねたような表情を浮かべながらも
啓介はすくっと立ち上がり、ぶつぶつ言いながら部屋を出て行った。
バタンと扉が閉まるのを確認してから、涼介はくすりと微笑を浮かべた。
部屋を出て行くときに、弟の手に大事そうに携帯が抱え込まれていた辺り、きっとこれから自室に篭って電話の前で悪戦苦闘することだろう。
それに、何を心配しているのか知らないが、どんなに疲れていようとも、俺が知る限り藤原が俺の隣でも、史裕の隣でも、誰かの助手席で眠る姿なんて見たことないというのに・・・・・。
「知らぬは本人ばかり、ということか。」
おそらく藤原は啓介の想像以上に啓介にベタ惚れで、むしろ少しくらいはうぬぼれてもいいくらいな程なのだが、何故それに気がつかないのか。。
――――――まぁ、そんなこといちいち教えてやらんがな
きっとこのことを言えば真っ赤になるであろうもう一人のダブルエースの顔が浮かんだ。
例え弟と言えど、この楽しみは譲れない。
「全くからかいがいのあるダブルエースだよ・・・・。」
一人そう呟き、楽しくてしょうがないといった笑みを残すと、課題を終わらせるべくパソコンの画面へと向かった。