「なぁヨザック昔のコンラッドってどんな風だった?」
年若い主は真剣な表情でなかなか答えにくい質問をした。
――明日は明日の風が吹く――
「昔、ですか?」
「うん。」
もう一度確認のために主の顔を見つめるが、主は瞬きもせずにカップをぎゅっと握り締めたままだ。本気、なのだろう。
「どうしてまた、アイツの過去なんかを?」
主の覚悟は分かっても、どうして突然こんなことを知りたくなったのか理由がさっぱりと分からない。
というか、アイツは陛下に話していないのだろうか?確かに話しにくい過去ではあるが、アイツの性格上俺から話すよりは自分から話すはずだ。
「・・・・・たんだ。」
「えっ?」
思わず聞き返してから無礼だと気づいたもののそんなことを気にも留めない主は、少し頬を赤らめて、再び同じ言葉を呟いた。
「さっきメイドの人たちが話しているのを聞いたんだ。」
「なんて話してたんですか?」
「・・・・昔のコンラッドと、今のコンラッドどっちがタイプかって。」
「はぁ?」
「ほとんどの人が今のコンラッドがいいって言ったんだけど、その中の一人の人が、昔のコンラッドのほうがよかったって言ったんだ。それ聞いたらなんだか胃の辺りがむかむかしてきて、」
「はぁ」
「今に至るっていうわけなんだ。」
話し終えてほっとしたのか、先ほどより幾分落ち着いた様子で、握り締めていたお茶を飲み干した。
「なんであの時あんなにむかむかしたのか不思議なんだけどさ。」
・・・・・・・・本気で言っているのだろうか。目の前で首を傾げている主の姿を見る限り本気のように思われる。
「教えてあげましょうか?そのむかむかの正体?」
「えっ?!」
本人以外はみんな気づいているというのに、何故本人が気づかないのか。
「ウェラ-卿のすべてが知りたいんですよ、陛下は」
「はぁ?なんだよ、それ。全てって、コンラッドにもプライバシーっていうものがあるんだから全部はムリだろ。」
「それじゃあ、今のは聞き流しておいてください。」
俺が言わなくてもいずれ自分からわかることだ。
「まぁ、どうしてもって言うんなら教えてあげないこともないですけど。・・・・・聞かなければよかったと思うような話
ばかりですよ」。
はっとした表情で主が顔を上げる。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
「でも、陛下が聞いたらなんでも話すと思いますよ、アイツは。」
陛下のまえでだけみせるあのふやけたツラを思い出す。
「そうですね、でも一言言うなら、20年前のアイツはあんなに愛想のいいやつじゃありませんでしたよ。」
不思議そうに漆黒の瞳が揺れる。
「これは俺の推測でしかありませんが…―――」
推測でしかないこの思いは。でもきっと確実だろう。幼馴染の勘というヤツがそう告げる。
「アイツを変えたのは貴方だ。」
20年前のことが脳裏をよぎる。混血ということで、差別を受け続け、気づいたころには人を信じることも、頼ることもなく
なっていた。その後スザナ・ジュリアと出会い、少しはマシになったものの、彼女が死んだ後は以前にもまして人を信じなくなっていた。
今の誰にでも笑いかけるヤツを思い出す。昔では想像出来なかったことだ。坊っちゃん以外に笑いかけるときは多少胡散臭い気もするが、ニコリともしなかった昔よりはずっといい。
「さてと・・・」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、机に手をかけた。
「ヨザックもう行くの?」
「えぇ」
本当は俺だってもう少しここにいたい。ここにいてこの美しい漆黒の瞳を見つめていたい。だけど・・・・、
「迎えが来たみたいなんでね。」
わざと先程から気配がする茂みの方へ聞こえるように声を上げる。
「・・・・気づいてたのか」
「コンラッド!!」
茂みの中からすっかり変わってしまった幼馴染の姿が現れる。
「んじゃあ邪魔者は退散しますか。」
すっかり視線の先が変わってしまった主に背を向け歩き出す。
「大切にしろよ。」
「分かっている。」
すれ違いざま呟かれた返答に浮かべた笑みが深くなる。
「あ~ぁ、おれってばなんていいヤツ。」
背後で何か会話をし始める気配を感じつつ、青空を見上げる。
ツライこともあるけれど・・・。この世は不変ではない。あのウェラー卿がいい例だ。幼馴染は変わった。
きっとこれからも変わっていくだろう。
「明日は何がおこるかなぁ~」
見上げた空は滅多にないような青空だった。この国の行く末を示すかのように。
この世は不変ではない。不変でないから生きていけるんだ
NOVEL