バルコニーに出るとひんやりと冷たい寒気が全身を包み込んだ。 思わず身震いする体をぎゅっと歯を食いしばって耐えると、高耶は頭上にぼんやりと輝く月を見つめた。 張り詰めた空気の中、淡く霞がかったそれはまるで別世界のもののように美しい。 「そんなところにいたら風邪を引きますよ。」 ふと背後から掛けられた声に振り返ると、そこにいた姿に高耶は瞳を細めた。 「仕事は?」 「終わりました。」 そう言って直江は手にしていたブランケットをそっと高耶の肩に掛けた。 「何をしていたんですか?」 「ん・・・・・・空を、見てた。」 肩に掛けられたそれをそっと握り締めると、高耶は再び空を見つめた。 「ここの空もさ、松本の空も同じはずなのに、なんか違うなって思って。」 「・・・・・・・東京の空は松本に比べて汚れていますからね。真夜中だといっても完璧な静寂なんてないし、夜だっていうのに光が消えることもなくて、星もまともに見えない。」 「そうだな・・・・・。」 静かに瞼を閉じて頷く高耶を見つめて、直江は苦しそうに呟いた。 「後悔していますか?」 「え?」 「私とここに来たことを。」 松本に住む彼を半ば奪うように攫ってきて、一緒に住むようになって既に数ヶ月が過ぎた。 高耶はそのことについては何も言わなかったがいつも怖くて仕方がなかった。彼が本当はそのことを後悔しているのではないかと。 (それでも、この人を離す気には・・・・・・・どうしてもなれなかった。) 「どうしてんなこと今更聞くんだよ。」 「いえ、・・・・・すみません。」 静かにうな垂れる直江の顔を見て、高耶は小さく笑った。 「・・・バカだな。」 「え?」 「後悔なんてしてたらこんなとこすぐ出ていってる。」 「えぇ・・・・。」 それでも納得していなさそうな男の顔を見て高耶はぶすっとした表情を浮かべた。 「何だよ、納得できないっていうのか。」 「いえ、そうではありませんが・・・・」 「・・・・・・・・確かに少しも後悔してないって言ったら嘘になるかもしれない。」 「!」 ポツリと呟かれた一言に直江の目が大きく見開かれる。 「でも、それでも俺はお前と一緒にいたいと思ったんだ。美弥や譲と離れてでもお前と一緒にいたいって、そう思ったんだ。」 「・・・・・・高耶さん。」 「まだ信じられないか?」 その言葉にゆるく首を振ると、直江はそのまま高耶を抱きしめた。 「・・・・・・・愛しています。」 冷えた耳に、柔らかな息がかかり、じんわりと体中に広がっていく。 「きっと俺はあなたを離すことなんて一生できない。たとえそのことであなたを苦しめるとしても。」 「・・・・・・離さなくて、いい。」 静かに呟かれた高耶の言葉に、直江は勢いよくその唇に口付けた。 「ん・・・っ。」 小さく声を上げた高耶を強く抱きしめて、何度も角度を変えてはその唇に口付ける。 「貴方を愛しています。誰よりも。」 「・・・・・・・・俺も。」 外を走る車の音が真夜中に響き渡る。 光はいつまで経っても消えることはない。 ――――――それでも・・・・・・ 「お前がいてくれれば、それだけでいいんだ。」 |