母さん、この世には神も仏もいません・・・・――――。



― 兵士の受難 ―



血盟城での朝は早いです。
前魔王陛下と違って、現魔王陛下は大変な早起きらしく、朝からろーどわぁーくという体を鍛える鍛錬をしているそうです。
その為、主より後に起きることは許されないので、必然的に俺たち兵士も朝が早くなるというわけです。

もちろんそれを嫌だと思ったことは一度もありません。
むしろそんな素晴らしい陛下に仕えることが出来て、俺たち兵士達一同嬉しく思っています。


でも、残念なことにその姿を拝見したこと実は一度もありません。風の噂では、なんでもかなりお美しい方らしくあの堅物者のグウェンダル閣下や、いつも冷静沈着なギュンター閣下さえも我を忘れるほどメロメロぶりだそうです。

「まぁ、こんな倉庫番なんてしてたら一生お会いすることなんて不可能だろうなぁ。」

友人の中には既に魔王陛下と言葉を交わして、声をかけてもらえるようになった者もいると聞くのに、自分は未だに倉庫番という名の、倉庫整理係。
理想とは対極にいる自分の姿に、思わず溜息がもれてしまいます。


俺がそんなことを考えていた時、不意に倉庫の扉がバンと勢いよく開きました。


「わ・・・・・っ!!」


思わず賊の侵入かと思い焦ってしまいましたが、よく見るとそこに立っていたのはまだ70か、そこらの子供でした。


(村の子供が迷いこんだのか・・・・?)


「何をやっているんだ、ここは血盟城内だぞ。どこから入って来たのか知らんが用がないならすぐに、」
「お願いっ!!ちょっとかくまってっ!!!」
「へ?」

よく見れば頭には何かから隠れるようにフードのようなものが掛かっています。


それに・・・・・・、


(な、なんて美しいんだ・・・・・・っ!!!)


まるで噂にお聞きした魔王陛下のようではないか。


その時です、俺の頭の中で何かが繋がりました。


「君は、もしや・・・・・・」


暗闇でその色まではよくは見えないけれど、困ったように見上げる潤んだ瞳、たおやかに揺れる髪。


「人買いに追われてるんだなっ!!! こんなに君が綺麗だからって!!そうなんだろっ?!!」
「へ? あ~、まぁ、そんな感じ、かな?」
「よし!ここに入りなさい。お兄さんが見張っていてあげるから。さぁ!」
「え? あ、どうもすみません。」

ペコリと小さくお辞儀をして、少年はそろそろと倉庫の中へ入ると隅のほうでペタリと座りました。


(か、かわいいじゃないか・・・・・っ!!!)


ダメだっ!!こんなことを考えていては魔王陛下にお仕えする身として陛下に申し訳がない。

「ゴ、ゴホン。あ~どうやら外に怪しい人影は今のところ見えない。おそらく君が城内に逃げ込んだのをみて、諦めたんだろう。だが、しかし、油断はできないからね、もう少しここで休んでいきなさい。」
「あ、ありがとうございます・・・・。」
すまなさそうに、頭を下げる仕草の一つ一つが愛らしくて、思わず笑いそうになる頬を必死で引き締る。

「えっと、お兄さんはここの倉庫を守っている人?」
「ん?あぁ、そうだよ。」
「そっか、大変だね。お疲れさま。」
「別に大変じゃないさ。魔王陛下にお仕えすることができて、むしろ感謝したいくらいだよ。」

そう言うと、少年はどこか居心地悪そうにモゾモゾし始めました。どうしたのだろう?



その後も、僕たちは、いろいろな話をしました。
その大半が僕の故郷のことだったりしたのですが、少年は飽きることもなく、そのどれもに真剣に頷いたり、笑ってくれました。
その度に僕の心臓はバクバク言って、年甲斐もなく赤面したりしてしまいました。



「あ、俺そろそろ行かなくっちゃ。」

その少年の声で我に返ると外はちょうど夕日が沈む頃でした。
おそらく時間にすると1~2時間くらいだった思います。けれど、僕には人生でもっとも幸せなひと時でした。

「あぁ、その方がいい。暗くなるといろいろと危ないだろうから。」
本当はもっと一緒にいたい。その思いを噛み殺して僕は言いました。

「じゃあ。」

去っていこうとする少年の後姿を見つめる。きっと、この少年に会うことはもうないだろう。
そう思うと鼻の奥がツンと痛みました。


(だめだ・・・・・・っ!!)


「まっ!」
「あ、そうだっ!!」

思わず僕が手を伸ばしかけた時、少年がくるりと振り返りました。

「明日、また来てもいいですか?」


(えっ?)


思わず今聞いた言葉が信じられなくて、呆然としていると、それを否定と取ったのか少年はがっくりとした表情を浮かべました。
「あ~ダメですよね。お仕事中ですし。」
「い、いや!!大丈夫っ!!全然問題ない!!」
「そうですか?良かった、じゃあまた明日。」

そう言って、どことなく嬉しそうに去っていく少年の姿に、思わず変な期待を抱いてしまいます。



(母さん、これが恋ですか・・・・・―――――。)




次の日、

僕は余りにこの日が楽しみで、楽しみで、仕方が無かったので予定よりもかなり早くに倉庫にいました。


それがいけなかった・・・・・。


前の晩興奮して寝むれなかったせいか、僕はついつい眠り込んでしまったのです。
目が覚めると、辺りはシンと静まり返っていました。
少年の姿もありません。思わず目じりに涙が浮かびます。

(帰ってしまったのだろうか・・・・・・)

今日こそはあの少年に、思いを告げようと思っていたのにっ!!!!
悔しさと悲しさで僕が地面を叩きつけようとしたときです。


「・・・・・・や、コンラッド。」

どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきました。

「こんなところで、俺に内緒で逢引きなんて悪い子ですね。」

この声も聞き覚えのあるような・・・・・・・・。


どうにも我慢できなくなって、そっと声のするほうを覗き込むと、


(・・・・・・・・・・・っ?!!!!!)


コ、コンラッド閣下っ?!!!!!ど、どうしてっ?!!


分けが分からなくて、声を出すことも出来ずに僕にはただじっとその光景を見つめていることしか出来ませんでした。

その時です、
「ちがっ!!逢引きなんて、そんなの・・・ん・・・・んんっ!!」


(・・・・・・・・・・・・・っ?!!!!!)


目を覆う暇もなく、コンラッド閣下が昨日の少年の唇を奪いました。

「ん・・・・・・やぁ、・・・・・んんっ」

倉庫内に、少年の荒い息遣いだけが響き渡ります。
僕はもう何が何だかわからなくなって、自分の見たものが信じられませんでした。

どれくらい時間が経ったでしょうか、少年の膝から力が抜ける頃、ようやく唇を離すとコンラッド閣下はそっと少年を抱きしめました。
「まったく、ギュンターから逃げたかったのなら、俺のところに来てくれればいいものを。」
「・・・・・・・・・ごめん。」

閣下の胸に顔を埋めて、少年が申し訳なさそうに謝りました。

というか、今、ギュンター閣下の名前が出てきたような・・・・?

「それに勉強も大事ですから、あんまりサボりすぎてはいけませんよ。」
「分かってるよ。でもギュンターの奴、それと関係ないことばっかり言うから・・・・・耐えられなくてさ。」

ギュンター閣下を、奴呼ばわり。あまつさえコンラート閣下を親しいものでしか呼ばない名で呼ぶ。



そんな人はこの城内で・・・・・・・



「それは、あなたがそれほど魅力的だということですよ、ユーリ陛下。」
「陛下っていうなよ、名付け親っ!!!!」


(へ、へへへへへへへ陛下っ?!!!!!)


「さて、それじゃあギュンターもそろそろ諦めたことだと思いますし、帰りますか。」
「あ、うん。・・・・・でも、俺昨日の人に今日も来るって言っちゃったんだよな。」
「大丈夫ですよ。案外居眠りでもして、先に来ていたかもしれませんし。」

その言葉にさぁっと血の気が下がる音がしました。

(もしかして、閣下、き、きききき気づいて・・・・・・っ!!!)

「さ、行きましょうか。」


重々しく閉まる扉の音を聞きつつ、僕はただがたがたと震えることしか出来ませんでした。



後日、俺のところに異動命令が来ました。
場所は、ここからずっと遠い、国境の境でした。



母さん、この世には神も仏もいません・・・・・・――――――。





テーマは『兵士の淡い初恋』 またの名を『初恋はビター味』。ビターにも程があります。



戻る