++イツキの悩み++
最近ではすっかり有名になった『秋名のハチロク』は自慢ではないが俺の親友で、何気に鼻が高かったりする。
でも最近思ってしまう・・・――――――。
もし拓海が俺の友達じゃなかったらって・・・。
きっと俺なんか話すことも出来ないくらいの有名人なんだろうな。
最初の頃ははっきり言って今まで何も言わずにいた拓海に腹が立ったりもしたりした。
でも今思い返すとあのぼけーっとした拓海が免許を一発で取ったときから気がつけばよかった。
そういえば昔免許を取りに行った時に教習所の教官達の間で噂されていた「今年、すごい上手い奴が入った」っていうのは拓海のことだったんだな。
あの時聞いた時はあいつ「さぁ?」の一点張りだったから全く気がつかなかったぜ。
スタンドにいる時はぼけぼけのクセに、一旦峠に行くと高橋涼介とも高橋啓介とも同等に肩並べて立ってて、それが誇らしくて、羨ましくて。複雑な気分。
最初の頃は何も分からなかったあいつを峠に連れてきたのは俺なのに。
いつのまにかすいすいとあいつは俺を追い抜いていく。
こんなんで、本当に友達って言えるのかな。
こんなんで、拓海の傍に立ち続けることができるのかな。
―――――――なぁ、拓海。俺みたいなやつが友達で本当にいいのか?
++++++++++++++
「はぁ・・・・・・・・」
「どうしたんだイツキ、溜息なんかついて。折角拓海が勝ったって言うのに。」
「あ、いえ・・・・・何でもありません。」
「?俺たち今から上登って拓海に会いに行ってくるけど、イツキお前どうする?」
「あ、俺今日はここで待ってます。その・・・・ちょっとレビンの中に忘れ物してきちゃって。」
「そうか?それじゃあ後から来いよな。」
ウキウキとしながら去っていく先輩達の後ろ姿を見てまた溜息を一つ。
折角プロジェクトDの遠征先にまで応援に来たと言うのに、素直に勝ったことに対して喜ぶこともできないのでは、一体何しにきたのかわからない。
「帰ろう・・・。」
そう呟いて路肩に止めてあったレビンに乗り込もうとした瞬間。ふと、人の声が聞こえたような気がして思わず足を止めた。
――――――まだギャラリーが残ってたのか・・・・?
不思議に思いつつも、大して気にも留めずに再び車に乗り込もうとする。
しかし、
「・・・・・・・・・ですよ。」
聞こえてきた声がどこか聞き覚えがあるような気がして再びレビンから足を引っ込め、耳を澄ませた。
「・・・い・・・・じゃねぇか。」
先程よりも低い声が耳に響いた。しかしこれもどこか聞き覚えがあるといえばあるような気がする。かすかだけど。
そうは思うがその声の主がどうにも思い出せなくて、イツキはそうっと声がする茂みの中を覗いた。
と、同時にそこにあった光景に目を瞠る。
「こんなところ涼介さんに見つかったら何て言うんですか。」
「怒りはしねぇだろう。ちゃんとバトルにも勝ったし。」
「そういう問題じゃないです!」
夜目にも明るいFDに寄りかかるようにして立つ拓海を、至近距離から見つめる高橋啓介。
その図はどこからどう見てもコイビトドウシというやつ以外の何者にも見えなくて・・・。
―――――――何してんだあの二人・・・・?
イツキの困惑をよそに二人は会話を続ける。
「なんだよ、折角勝った賞品としてキスしてやろうかと思ってたのに。」
「いりませんっ!」
「!」
聞こえて来た単語にロンリードライバーの脳がいち早く反応する。
―――――――き、キスだってぇぇぇぇぇぇ?!!!
「ふ~ん・・本当にいらないんだ?」
「い、りませんよ・・・。」
どこかおびえた姿の拓海。そんな親友の姿はここ数年一緒にいたが始めて見た。
「んじゃあ、お前が俺にキスしてよ。」
「なんでですかっ!!!」
「いいだろ?勝ったご褒美ってことで。」
「・・・・・・・・・。」
もはや何かを考えることも出来ず、ただ呆然と固まったまま目の前の成り行きを見守る。
「な、いいだろ?」
「・・・・・・。」
ジリジリと高橋啓介が詰め寄るにつれて、拓海の顔が赤くなっていくのが暗闇でも分かった。
そして、数秒後、
「い、一回だけですからね」
――――――いいのかよっ!
声に出さずに心の中で突っ込む。
「目、閉じてて下さいよ。」
「はいはい。」
そう言って嬉しそうに目を閉じる高橋啓介。
思わず呼吸するのも忘れて目の前の光景に見入る。
ゆっくりと拓海の顔が高橋啓介の顔に近づく。
ジッと高橋啓介の顔を見つめ(俺には出来ない)、そしてその瞳がピッタリと閉じられたのを確認するやいなや拓海は・・・・・――――――――――逃げた。
「んっ?あっ!おい藤原っ!ふざけんなっ!!」
走り去って行く足音に慌てて目を開けるが、すでに拓海の姿ははるか彼方に遠ざかっていた。
「待てーーー藤原ーーーっ!!」
そして、ドタドタという二人の足音が段々と遠ざかり再び周囲に沈黙が落ちる中、イツキは一人何も言えずにただ呆然と固まっていた。
――――――い、今のって一体・・・・・・
誰もいなくなり静まり返ると今見たことなんてまるで夢のような気もする。しかし、期待を裏切るように目の前には置き去りにされた黄色のFDが一台ドンと置かれている。
――――――あの二人、もしかして・・・・・
ある考えが脳裏に浮かぶと同時に、イツキの中には一つの使命にも似た感情がメラメラと燃え上がっていた。
――――――俺が守らなくっちゃ!!
おそらくこんなことがバレれは大騒動が起きることは間違いない。ましてや、つ、付き合っている相手があの高橋啓介だ。高橋涼介だけでなく、高橋家全体を敵に回すことになったりでもしたら、拓海のこの後の人生は見るも無残なものになることは目に見えている。
だから、
――――――俺が守らなくっちゃ!!
真っ暗な山の中一人拳を握り締めると、今もどこかを走っているであろう親友を思い浮かべた。
――――――だって俺達親友だもんなっ!!
(07.6.10)
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