クリスマス・サプライズ





ジョッキを片手にぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる友人達を見ながら高耶は小さく溜息をついた。


(何をやってるんだろう・・・・)


騒がしい店内とは裏腹に外の街では、鮮やかに彩られたイルミネーションの下を、腕を組んだ恋達が幸せそうに歩いていく。


(本当だったら俺も今日は・・・・・)


数日前の出来事が脳裏を過る。


『ごめん、直江。クリスマス予定が出来ちまったんだ。』
『えっ?』
『クラスの奴らとパーティすることになってさ。』
『そうですか・・・』
『ごめん。まぁ、でも直江がどうしても行くなっていうなら、』
『行ってきていいですよ。』
『へ?』
『いつも私ばかりがあなたを独占してますしね。』
『いや、あの。』
『私のことは気にしないで楽しんできてくださいね。』


小さな意地だった。
ただ、いつものように何も考えずに嬉々としてクリスマスの予定を話す直江に、こっちはどれだけ苦労して友人の誘いを断っているのかということを気づかせたかっただけなのだ。 実際に今日のやつも、本当は前もって断ってあったのだが、直江にああ言った手前引っ込みがつかなくなってしまい、前日に頼み込んだのが本当だった。


(くそっ! あいつがガラにもなく行ってこいなんていうから本当のことが言えなかったじゃねぇかっ!)
きっとあいつのことだから、いろいろ準備とかしてたんだろうな、そう思うとズキンっと胸が痛んだ。

(直江今何してるんだろう・・・)

家に閉じこもって一人淋しくチキンをほお張っている直江の姿が脳裏に浮かんだ。

(悪いことしたな・・・・)

テーブルの隅でチミチミと酒を飲んで一人落ち込んでいると、隣で明るい声が上がった。

「仰木君、飲んでるー?」
見ると、かなり酒が入っているのか、顔を真っ赤にしたクラスメイトの女子が、コップを片手に高耶のテーブルに近づいてきた。
「私ね、ずっと仰木君と話してみたかったんだ。」
「え?」
そう言って、既に真っ赤に染まった頬をさらに赤くさせながら、照れたように笑った。
「仰木君は本当に今日予定なかったの?」
「・・・・・・・・・・あぁ。」
その返事にあからさまに嬉しそうな表情を浮かべると、酒の勢いもあってか、飛び跳ねんばかりの勢いで高耶の隣に座っていた男子を突き飛ばし、その隣に腰を下ろした。
「やったぁ!クラスの子はみんな仰木君には恋人がいるんだって言ってたからそうなのかと思ってたけど、違ったんだね。」
「・・・・・・・・・。」
「仰木君?」

返事のない高耶を訝しんで、その顔を覗き込む。しかし、高耶の意識は既に違うところに向かっていた。


(直江・・・・可哀相に。)


どうやら、先ほどの一人寂しくチキンをほお張る直江の姿が消えないようである。

「おーい、仰木君聞いてる?」

(それにしても今回はやけにあっさり引き下がったよな。)

うーんと、唸って首を傾げる。
昔なら何だかんだ言って止めて、それでも行こうとしたら、無理やり行けないような体にしてまで行かせないようにしたのに。

(まさかっ!!!!)

「仰木くんってばぁ!」

(あいつ他に女が出来たのかっ?!!!)

そう考えると今回すんなり行かせたのも納得が着く。
こんなに一人で落ち込んでいたのがバカらしく思えてきた。

(許せねぇっ!!)

「ごめん、俺やっぱり今日は帰るわ!!」
「えっ?!仰木くんっ?!」
突然立ち上がった高耶に驚いて声を上げる。
「ちょっと待っ」
「はぁ~い、続きは俺がお相手を。」
「まったく、どうせこうなると思ってたけどね。」
「千秋、譲。」

突然現れた二人の姿に高耶は目を丸くした。
どうやら珍しくいる高耶を心配してずっと見ていてくれたようだ。

「行くんだろ、あいつの所に。」
「いっぱい奢ってもらえよ、高耶。」
「悪い、千秋、譲。」

そう言い残すと、カバンとコートを引っつかんで高耶は出口へ向かった。

(見てろよ直江、浮気なんてしてたらぶっ殺してやる!)

店を出て走り出そうとした時、ふいに視界の隅に隠れるように立っている人影が目に入った。

「・・・・・・・なおえ?」
「た、高耶さん?!」
呼びかけに反応して、人影が揺れる。
「・・・・・お前、なんでこんな所にいるんだ?」
「・・・・・・ついさっきですよ、偶然ここを通りすぎまして。」
どこか違う所を見ながらそう言う直江の手をぱっと掴むと、氷のように冷え切っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
じーっと直江を睨みつけると、観念したかのように、直江ははぁっと息をはいた。
「嘘です。あなた達が入ったあとからずっとここにいました。」
「ずっと?!!あれからもう2時間は経ってるんだぞ。」
「・・・・・・・はい。」

申し訳なさそうに下を向いてしまった直江を見つめてあんぐりと口を開けたまま高耶は固まってしまった。


(クリスマスには相手に不自由をしたことなんてないこの男が寒空の下、一人寂しく白い息を吐きながら立ってたっていうのか・・・?)


何だか一瞬でも疑ったのが申し訳ないような気がしてくる。

「・・・・・・・言ってくれれば良かったのに。」
「言えませんよ。あなたの重荷になりたいわけじゃありません。だから、大人な対応をしたつもりでしたのに、・・・・・ここに来ていたら意味がありませんね。」
自嘲するかのように小さく笑う。
「すいませんでした、邪魔をしてしまって。今日はもう帰ります。」
「待てっ!!」
踵を返そうとした直江の手を勢いよく掴む。

「き、昨日はその・・・・俺が悪かった。」
下を向いたままボソリと呟かれた言葉に直江が驚いた表情を浮かべる。
「本当は、今日のやつもずっと前に断ってあって予定もなかったんだ。・・・なのに、ちょっとした意地というか、何と言うか・・・・・俺の勝手な我が儘で。ごめん、直江。」
「そう、だったんですか。」
「ごめん、直江っ!! 殴りたかったら、殴ってもいいからっ!!」
「いいんですよ、そんなこと。」
小さく微笑を浮かべながらそっと高耶の身体を抱きしめる。その拍子に直江のコートが頬に当たり、そのひんやりと冷えたコートの冷たさに高耶は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「本当にごめん。俺のせいで大事なクリスマスを台無しにしちまった。」
いろいろ準備してくれてたんだろ?と尋ねる高耶に、何も言わずに小さく微笑した。

「クリスマスなんて関係ありません。あなたがいてくれればそれだけで俺は幸せなんです。」
「・・・・うん。ごめん。」
胸に顔を埋めたまま申し訳なさそうに呟く。そんな高耶の姿にぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。


(こんなに愛らしい高耶さんの姿が見れるなんて、今年は最高のクリスマスだなぁ)


ホクホクと幸せそうに微笑む男には気づかずに、申し訳なさそうに高耶は顔を上げた。
「なぁ、まだクリスマスには時間もあるし、ケーキでも買って一緒に食べようぜ。」
「えぇ。それにチキンも。」

その直江の言葉に先ほどの直江の姿が再び思い浮かんだ。

「・・・・・・・チキンはやめよう。今年はケーキだけだ。」
「えっ?だって高耶さん好きじゃないですか、チキン。」
「いいんだよ!・・・・アレを見ると嫌な光景を思い出すんだ。」
「?」
「いいから、行くぞ! 時間は限られてるんだからなっ」
「そうですね。・・・・・・あなたと過ごす夜が短くなってしまいますし。」
最後に耳元で囁かれた言葉に高耶の顔が真っ赤に染まる。
「じゃあ、行きましょうか。」
そう言って高耶の手を握り締めると、鮮やかに彩られたイルミネーションの下をゆっくりと歩き出した。


幸せそうに街に響き渡るクリスマスソングを聞きながら。


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