++待ち伏せ 2++




春うららかな日。

その天候とはうってかわっていつものガソリンスタンドはどこか張りつめた空気が漂っていた。

「せ、先輩~~~~っ!」
「見るな、目を合わせるんじゃねぇ!!」

よく見ると奥の方にはいつもはない黄色のFDが一台どんと置かれている。

「あんな所におかれちゃ邪魔なんだが・・・・・・」
「じゃあ先輩が言って下さいよ!」
「言えるかっ!!」

そう言って怒鳴りあった後、二人は顔を見合わせてはぁと溜息をついた。


「「あ~拓海早く帰って来ないかなぁ~・・・・」」


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そもそも事の起こりは数時間前に遡る。


急に真っ昼間にFDに乗ってやって来た高橋啓介は嫌に据わった目つきで「藤原拓海はいるか」とだけ聞き、 いないということを知るやいなやずっとあそこに居座り続けているというわけだ。

いつもなら車をどかすように言うくらいなんてことないのだが(たぶん)、あんなに目の据わった高橋啓介相手にそんなことが言えるほど命は惜しくない。 噂で聞いた話だが今でも高橋啓介が一声かけるだけで動く人間は山ほどいるらしい。


兄が兄ならやはり弟も弟だ。あの兄弟には人を引き付ける力があるらしい。


それにしても今日の高橋啓介は一体どうしてこんなにもイラだっているのだろう か?確かに目つきが悪いのは今に始まったことではないが今日のはシャレになら ないくらい怖い・・・・・・・。



――――――も、もしかして・・・・―――――――



ふと、池谷の頭に一つの考えが浮かんだ。



――――――拓海が原因なんじゃ・・・・っ!―――――――



そう考えれば、あんなイライラした目つきで拓海を待ち続けていることにも納得がいく。


「ぉい、イツキ!」
こっそりとイツキの耳元に話しかける。
「なんですか先輩?」
「拓海が帰って来る前になんとしても拓海を捕まえて絶対にここに連れてくるなっ!」
「えーっ!なんでですかぁっ?!だって拓海が帰って来ないと高橋啓介帰りそうもありませんよ?」
「そっちは俺がなんとかするから!・・・多分。それより拓海がボコボコにされてもいいのかっ?!」
「?!それってどういうことですか池谷先輩っ!」


イツキがぎょっとした顔つきで聞き返した瞬間、


「すいません、遅くなりました。」
「「た、拓海っ?!!!」」
二人の叫び声を耳にして、ずっと隅でタバコをふかしていた啓介がすっと顔を上げた。



―――――――や、ヤバイっ!!!!―――――――



「どうかしたんですか、先輩?」
固まったままピクリとも動かない池谷を訝しんで拓海が尋ねる。
その時ふと背後によく見慣れた黄色の車体が視界に入った。

「あれ、は・・・・・」
「よぉ、遅かったじゃねぇか。」
「啓介さん・・・・・・。」

しばし、シンとした空気が辺りを包む。



―――――――こうなったら俺が拓海を守らねばっ!―――――――



「ちょっとま!」

なけなしの勇気を持って二人の間に割って入ろうと池谷が手を伸ばした。


その時、



「あれだけ言ったのに何でこんなところにいるんですかっ!!あんたはっ!!!!」



今まで聞いたこともないような大きさの拓海の怒声がスタンド内に木霊した。



「え?」

状況が飲み込めず、伸ばした手をそのままにして固まっている池谷を無視して、拓海は目の前の人物をギッと睨みつけた。

「昨日の俺の話ちゃんと聞いてましたか?」

見るとさっきの強面はどうしたことか、しゅんと怒られた子犬のような瞳をした高橋啓介の姿があった。

「行くまで会わないって言ったでしょう?」
「・・・・・・・行って来たんだよ。」
「へ~そうですか・・・・いいんですよ、別に涼介さんに聞いても。」
「待った!!兄貴を使うのは卑怯だろ?!!」
「じゃあ、本当のことを言ってください。」
「・・・・・・・・・・・・行ってない。」
「ほら!!」
「仕方ねぇだろ?!!久しぶりに会えると思ったのにお前が治すまで会わないとか言うから。」


―――――――な、何の話をしているんだ???―――――――


状況が飲み込めない池谷たちの困惑をよそに、二人は会話を進めていく。


「当たり前です!ヒドくなったらどうするんですか!!」
「別に構わねぇよ。」
「!」

その言葉に一瞬目を見張ると、拓海は啓介から視線を逸らすように下を向いた。

「・・・・・・・・・・けど・・・・」
「?」

様子の変わった拓海を不思議そうに見つめる。

「あんたは良いかもしれないけど・・・・・・もしヒドくなって大変なことになったりしたら・・・・・・俺は・・・・・・。」
そう言って、うるうると拓海の目が潤みだし、思わず見ていた池谷達までもぎょっとしたが、啓介はそれ以上に驚いた様子でうろたえだした。

「ちょ・・・な、何で泣くんだよ?!!わ、分かった!!い、行ってくる!行ってこればいいんだろ?!!」
「はい。」
「ちぇっ。」
拗ねたように小さく舌打ちすると、ブツブツ言いながらもFDへと向かう。


そんなどこかしょんぼりとした様子で去っていく啓介の後姿をじっと見つめると、少し悩んだ後拓海はその背中に向かって声を上げた。


「啓介さん!」
「ん~?」


どこか覇気の無い顔で啓介が振り向く。


「あの、俺、明日の配達は親父に代わってもらいますから、夜一緒にどこか行きませんか?」

その言葉にさっきの捨てられた犬のような表情がどこへやら、一変してイキイキとした表情になる。

「本当かっ?!!」
「はい。8時にはバイト終わるんで、その後でも良かったら。」
「おぅ、全然大丈夫!!んじゃ終わった後迎えに来るぜ。」
「はい。」


そう言ってどこかウキウキとした高橋啓介を乗せたFDがロータリーサウンドを響かせながらスタンドを出て行き、そしてその音が完全に聞こえなくなるのを見計らってから、 池谷はそっと拓海の名を呼んだ。

「た、拓海・・・・・?」
「あれ、先輩達いたんですか?」



―――――――いたよ、最初から・・・・。―――――――



だがあえてその言葉は飲み込んで、池谷はずっと不思議に思っていたことを尋ねた。


「あのさ・・・高橋啓介はいったいどこに向かったんだ?」
「え?あぁ、歯医者だと思いますよ。」
「「歯医者~~~?!」」
池谷とイツキが驚いて声を上げるなか、「そうです。」と呟くと拓海は困ったように肩を竦めた。

「あの人あんな年にもなって歯医者が苦手なんですよね。まったく。ガキみたいなんですよ。」
ふうっとため息をつきながらFDが消えていった方向を見つめながら話す。


―――――――ってか拓海今自分がどんな顔して話してるか分かってんのか?!!


そんな拓海の様子に思わず突っ込みを入れそうになりながらも、どこか信じられないといった様子でその少し赤みがかった頬を見つめる。


―――――――っていうかどうして高橋啓介が歯医者嫌いなこと知ってるんだ?


だが、何故かそのことを聞いてはいけないような気がしてその場に居合わせたものはみな 一様に疑問に思いつつも黙って口を閉じた。




その後、バイトが終わる8時きっかりに迎えにきたFDに乗って二人がどこへ行ったのかは、誰も知らない・・・・・。



おわり





世の中には分らないままにしておいた方がいいものもある・・・。
それにしてもこれだけラブラブを見せ付けておきながら、拓海は絶対二人のことはバレてないとか思ってそう。


(07.7.12)


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