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ケンカをした。
別にケンカをすること自体はそんなにも珍しいことでも何でもないのだけれど、さすがに今回のは、
「言い過ぎた、かな・・・・・」
小さくそう呟くと、拓海は深くため息をついた。
12月25日
町はどこもクリスマス一色に染まっている。
ふと視線を外にやれば、鮮やかに彩られたショーウインドウの前を幸せそうに手を繋いだカップル達が次々と通り過ぎていく。
そんな様子をフロントガラス越しに見ながら、拓海はふと数日前のやり取りを思い出した。
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『なぁ、クリスマスどうする?』
『はい?』
突如深夜にかかってきた電話に、眠い眼を擦りながら拓海は寝ぼけた声を上げた。
『だからクリスマスだよ』
『・・・・・普通に仕事ですけど?』
『マジかよ?!24日も25日もか?!!!』
『まぁ、一番忙しい時期ですから』
『・・・・・どうにかならねーのかよ?誰かに代わってもらうとか』
『ムリですよ。それに一番新人の俺がそんなこと頼めるわけないじゃないですか』
その言葉に一瞬にして受話器の向こうの啓介の雰囲気が変わるのが分かった。
『なんだよ、”そんなこと”って。お前は別に俺とクリスマスを過ごせなくってもいいってゆーのか?!!!』
『そんなこと誰も言ってないでしょう?!』
『でもそういう意味だろ!』
怒鳴るように言われた言葉に、思わず拓海も怒鳴り返す。
『学生のアンタには分かんねーかもしれないけど、社会人はいろいろあるんだよ!!!』
『っ!!!!あーそうかよ!!悪かったな!!!!!』
そう啓介が叫ぶと同時にガチャンと電話が切れた。
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あの時はこちらの都合などお構いなしな啓介の言い方にイラついたりもしたのだけれど、時間が経ち落ち着いてくると、後には罪悪感だけが残った。
―――――あんな風に言うつもりはなかったんだ・・・・・
昨日のどこか気落ちしたような啓介の声が蘇る。
本当は自分だってクリスマスを一緒に過ごしたかった。けれど、年末に向けて慌ただしく動き回る社内を見ているととてもじゃないが言い出せなかった。
―――――今日家に帰ったら電話して謝ろう
そう意気込むと、ノルマを終わらせるべく拓海はアクセルを踏み込んだ。
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「やっと終わった・・・・」
予想外の荷物の多さと、職場に帰ってからの書類の整理やらで、結局仕事が終わる頃には日付が変わる一歩手前になっていた。
疲れた頭でステアを握り、そろそろ家が見える辺りになった時、ふと家の間に何か人影のようなものが視界に入った。
―――――あれは・・・・・っ!
「啓介さんっ!!!」
その影が誰のものか分かると、慌てて拓海は車を寄せ側に駆け寄る。
「よ!」
駆け寄って来た拓海に、白く息を吐きながら啓介は嬉しそうに手を上げた。
「ど・・・してここに・・・?」
その冷え切って赤くなった頬に、なにも言えずに拓海はただ呆然と立ち尽くす。
「これ、渡そうと思ってさ」
「?」
そう言って小さな箱が拓海の手に渡される。
「これは・・・?」
「クリスマスプレゼント」
楽しそうに言われた言葉に、ポカンした表情で目の前の人物を見つめる。
「もしかして・・・・これを渡すためだけにここで待ってたんですか?」
「そう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
さらりと言われた言葉に思わず口を開けたまま呆然と立ち尽くす。
数日前にケンカして別れたというのに、目の前に立つ男はそんな雰囲気を少しも出さず、むしろむしろイタズラが成功した子供のように楽しそうに笑っている。
――――――全く、この人は・・・・・
いつだって悩んでいるのは自分の方なのだ。
「拓海・・・?」
箱を握り締めたまま黙り込んでしまった拓海を、不思議そうに見つめる。
「何だか・・・・」
「ん?」
ポツリと呟いた拓海を、そっと覗き込む。
「何だか啓介さんって、サンタクロースみたいですね。」
「何だよ、それ」
小さく声を上げて笑う啓介に、知らず拓海も笑みを浮かべる。
「あの・・・この間はすみませんでした。あんなこと言って。俺、」
「あーっ!あれは俺が悪かったから謝るな!・・・・アニキにも怒られたし。」
「涼介さんに?」
目を丸くして尋ねてくる拓海に、啓介はバツが悪そうな顔をしながら頷いた。
「そう。だから謝るならむしろ俺の方。・・・・・・ごめんなわがまま言って。今日会えて良かった。じゃあ俺もう行くな」
「えっ?!!!」
手をひらひらさせながら啓介が踵を返したので、拓海は焦って声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!!!」
「?」
慌てて啓介の服の裾を掴んで引き止める。
「あ・・・俺・・・明日は休みなんです」
「え?」
顔を真っ赤にしながら小さく呟かれた拓海の言葉に、啓介が驚いた顔を浮かべる。
「その・・・クリスマスはダメだったけど、明日なら取れて。本当はこの間そのことも言うつもりだったんですけど、言う前に啓介さん電話きっちゃって・・・・」
「マジかよっ?!!!!」
そう叫ぶと、啓介はガクリと肩を落とした。
「あー・・・・・そんなことなら切らなきゃ良かった・・・・・ごめんな、折角休み取ってくれたのに」
「あ、いえ、その・・・掛けなおさなかった俺も悪かったし・・・」
申し訳なさと、気恥ずかしさからか、真っ赤になって下を俯いてしまった拓海を、啓介はふわりと瞳を細めると、小さく微笑を浮かべた。
「俺さ・・・・・お前においていかれるみたいで嫌だったんだよ」
「え?」
ふと上から降ってきた声に顔を上げると、小さく苦笑した啓介の姿があった。
「俺はまだ学生してんのにお前はもう働いてて、何だか置いてかれてるみたいでさ。別にお前の前をずっと歩いていたいっていう分けでもないんだけどさ、」
けど、というと啓介は彼にしては珍しく、切なげに目を細めた。
「けど、せめて・・・・隣に立ってたいんだよ」
そう言って、目の前の愛しい人を見つめる。
「って、何笑ってんだよ!!!」
「いえ、啓介さんがそんな風に思ってたなんて知らなかったんで」
思わず叫んだが、しかしクスクスと小さく笑う拓海の姿に再びフッと瞳を和ませる。
――――この、いつも自信に溢れている人がまさか自分と同じことを思っていたなんて・・・
まだ唇の端に僅かに笑みをのせながら、視線を上げ、じっと啓介の顔を見つめる。
「俺も、後ろから啓介さんが走ってるのを見るのは別に嫌いじゃないですけど・・・・けど、どちらかというと並んで走るのが好きです」
小さくはにかむように拓海がそう言ったと同時に啓介の腕が伸びてきて、すっぽりとその胸の中に引き寄せられる。
「け、啓介さん?!!お、親父に見つかったら・・・っ!!!」
「お前・・・・・可愛すぎる・・・」
家の前というせいか逃げようとする拓海を、ぎゅっと抱きしめながら、耐え切れないといった様子で啓介は呟いた。
と、同時に拓海の顔が真っ赤に染まる。
「ど、どーいうことですか?!!」
「そのまんまの意味だよ」
そう言うと怒ったように見上げてくる拓海の唇を塞ぐ。
「んっ」
強く押し当てられたそれは、しかし触れた瞬間すぐさま離れる。
「家の前だしな」
「・・・・・っ!」
ニヤッと笑みを浮かべる啓介に、拓海の腕がプルプルと震えだす。
「分かってんならすんな!!!!!」
「いってーーー!!!!」
「・・・・・・ほら、行きますよ.」
どこかまだ顔を赤くしながら、そう言って啓介に手を伸ばす。
「どこに???」
「まだ、クリスマスが終わるまで時間があるんですから、ケーキでも買ってきて家で食べましょう」
拓海のその言葉に啓介の目が丸くなる。
―――――クリスマスなんて気にしてないと思ってたのに・・・
「・・・・・・店閉まってるだろ?」
浮かぶ笑みをかみ殺して、そう言う。
「コンビニがあるでしょう」
ぎゅっと手を繋ぐと、二人並んで歩き出す。
そんな二人を見守るように、澄んだ空には満月が輝いていた。
Fin.
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