01.さみしさの影




『 時には言葉で 』



   

「・・・・・・・・はぁ。」
本日何度目か分からないくらいの溜息をついて、高耶は先程からずっと手の中で握り締めているソレをじっと見つめた。
「どうしたの、高耶。」
「譲。」
珍しい高耶の様子を心配に思ったのか譲が傍に駆け寄って来る。

「携帯? 携帯がどうかしたの?」
高耶の手の中のものを見て譲が首を傾げる。
「・・・・・・・。」
その言葉に、急に落ち込んだ様子を見せると、高耶はゆっくりと口を開いた。

「・・・・・直江がな、出張で昨日からいないんだ。」
「あぁ、それで。 で、何?いない間連絡一杯するから、とでも言ったの?」
「なんで知ってんだよ。」
「あ、やっぱり。で、その連絡待ってんの?」

コクリと頷く。が、表情は暗くなる一方だ。

「・・・・・あいつさ、あっち着いたら夜に絶対連絡するって言ってたのに、全然なかったんだ。」
「忙しかったんじゃないの?仕方ないよ仕事で行ってるんだから。」
あっさりとした顔で言い放つ。
「そうかもしんないけど・・・・・・。」
「で、直江さんはいつ帰ってくるの?」
「一週間後・・・・。」
「そっか。 まぁ、そんなに気落ちすることないよ。きっと今夜はかかってくるって。」
「そっかな?」
「うん。 じゃあさ、帰りはどっか千秋とでも寄ってこうよ!気分転換にさ。」
「・・・・・・そうだな。」
「じゃあ、どこ行く?そういえば最近駅前に新しいゲーセンがさ、」

嬉しそうに計画を練る譲に所々曖昧に頷きながらも、高耶の意識は始終握り締めた携帯電話に向かっていた。


******



 

それから数時間後、家に帰るなり夕ご飯を食べることもせず、高耶机の上でピクリとも動かない携帯を見つめていた。
結局、学校の間も、譲達と遊んでいる間も電話が鳴ることは無かった。

カチカチと静かに時計の秒針の音だけが響きわたる。


「なんでだよ・・・・・。」


(絶対掛けるっていったのに・・・。)


「直江のバカ・・・・。」


八つ当たりするかのように、ピンと携帯を弾く。 既に時計は日付が変わろうとする一歩手前を指している。嫌な考えが頭をよぎる。


(もしかして何かあったのか?)


一瞬にして血の気が下がる感覚が襲う。

その時、静寂を破るかのように玄関のチャイムが鳴った。無視しようとしたが、しつこく何度も鳴らすので、耐え切れなくなり高耶は椅子から立ち上がった。

「誰だよっ?!!!」

いらだしさも募り、誰かも確認する間もなくガチャリと扉を開ける。


「え・・・・・。」

そこに立っていた予想外の姿に高耶は呆然と目を見開いた。

「ただいま、高耶さん。」
「ど、して・・・・。」
「思った以上に簡単な仕事ばかりだったので早く終わったんです。・・・・高耶さん?」

何にも反応がない高耶を訝しんで、直江がそっとその顔を覗きこむ。

「ど、して・・・・だよ。」
「えっ?」
「どうして連絡くれなかったんだよっ!!」
「え、あの、その・・・・、」
「凄く心配したんだぞっ!」
あまりの険悪した雰囲気にたじたじになっている直江をぎっと睨みつける。
「もしかしたら、お前に何かあったんじゃないか、とか。あっちでもしかしたら俺よりいい人見つけたんじゃないか、とか、いろいろ・・・・・」

じわりと高耶の瞳に涙が浮かび、我に返ったように直江の目がはっと見開かれる。

「いろいろ心配したんだぞ・・・・・。」


そう言って俯いて震える高耶の元へ駆け寄ると、奪うようにその唇にキスを落とした。

「んっ・・・」

突然のことに高耶が目を瞠る。

「すいませんでした。」
ゆっくりと唇を離しながら、直江が謝る。
「あなたの驚く顔が見たくてやったのが裏目に出ましたね。 すいません。あなたがそんなに私のことを心配してくれるなんて思わなかったので。」
「バカやろう・・・。」
「出張の分休みはしっかり取ってきましたんで、明日は一日ゆっくり出来ますよ。罪滅ぼしをさせて下さい。」
「ん。」
よほど寂しかったのか、珍しくポスンと体を預けてきた高耶を嬉しそうにぎゅっと抱きしめる。

「どこか、行きたいところはありますか?」
「・・・・・いい。」
「え?」
「明日は何処に行かなくてもいいから、一日中一緒に家にいよう。」
「・・・・・・・っ!」
「もう、何にも言わずにどっか行くなよ。」
あまりのことに言葉も出ない様子の直江をぎっと睨みつけると、高耶は再びその胸にポスンと顔を埋めた。


「覚えてろよ、明日は一日中お前のことコキ使ってやる。」
その腕の中でボソリと高耶が呟く。が、男は気づいた様子もなく嬉しさに感極まっている。

*****


翌日、出張あけの疲れた体で、家の大掃除をさせられる直江の姿があった。
「オラ!そこまだ汚れてんじゃねぇかよっ!!ちゃんと拭きやがれっ!!!」
「すみませんっ!」

ドタドタと足音を立てながら、雑巾がけをする直江を見ながら、高耶はフンと鼻を鳴らした。


「二度と俺を驚かそーなんて考えるんじゃねぇぞ」




オワリ

(06.9.23)