++大切なもの++
学校から帰るなり一人リビングのソファに座って何やらペンを走らせていた高耶は、突如聞こえてきたドタドタという足音に思わずギクリと身を強張らせた。
と、同時にバタンっと音を立てて部屋の扉が勢いよく開く。
「高耶さんっ!!!」
「な、直江・・・・・・・。」
息をきらせながらそこに立つ人物をどこかおびえた表情で見つめる。
「すいません本当なら今日は一日中あなたのそばにいてあなたの生まれた日を祝いたかったのに・・・・・っ!!!」
「や、俺も学校あったし気にすんなよ。な?」
今にも平伏しそうな勢いで謝り倒す男をなんとかなだめようとぎこちなく笑みを浮かべるが、
罪悪感の塊である今の直江にはそれは逆効果でしかないようだ。
――――――今日は7月23日。
一年に一度の大イベントである高耶の誕生日である。
この日の為に直江は何ヶ月も前からレストランやらホテルの予約をしたりといそいそと準備に励んでいた。
しかし不運なことにそれらの予定は全て急遽入った直江の仕事の為に潰れてしまったわけだが、内心高耶はほっとしていた。
「でも大丈夫です。明日はしっかりと有給をもぎ取ってきましたから!今日は一日中朝まであなたの生まれた日を祝います。」
「え?ち、ちょっと待てっ!!!!」
そう言ってぎゅっと抱きしめてきた直江からなんとかもがいて逃れようとするが、もちろんこの男から逃れられるはずもなく
そわそわと段々きわどいところに触れてくる手から高耶は必死で意識を逸らした。
(何やってんだよあいつら・・・・・・っ!!)
そう思って高耶がある人物たちの名前を頭の中で叫んだ瞬間、
ピンポ~ン♪
部屋の中にチャイムの音が鳴り響いた。
(来たっ!!!!!)
一瞬で高耶の表情が嬉々としたものに変わる。
「な、直江誰か来たみたいだぞ!」
「どうせつまらない勧誘か何かでしょう。無視しておけばいいんです。」
「そんなこと分かんないだろ?!もしかすると本当に客かもしれないしっ!!!」
「ですが、」
「駄目だっ!!!」
と、高耶があまりにも必死で訴えるのでしばし逡巡の後、しぶしぶ抱擁を解くと直江は荒い足取りで玄関へと向かった。
(全く一体誰だ!俺と高耶さんの時間の邪魔をするなんて!!)
これで新聞の勧誘だったりしたらどうなるか覚えていろよ、と物騒なことを思いつつ直江が玄関の扉を開けた瞬間、
「「「ハッピーバースデー!!!!!!」」」
パーンとクラッカーの音が鳴り響き、そこにいた姿に直江は目を見張った。
「綾子・・・と譲さん?」
それによく見ると後ろの方にニヤニヤと笑みを浮かべた千秋の姿も見える。
「ちっ、何だ直江さんか。」
「・・・・・・・・・・・・・高耶さん、これは?」
静かに舌打ちをした譲には気づかないふりをして、直江はゆっくりと背後を振り返った。
と、同時に高耶はその視線から逃れるようにぱっと横を向くと、少し焦ったように口を開いた。
「や、何かこいつら俺がいいって言ってるのにお祝いに来てくれるって言うからさ。」
「はぁ?何言ってんだお前。俺らはジャマになるから行かないでおこうって言ってたのにお前が成田にわざわ、ぐはっ!!!!」
「あ、ごめん千秋。腹にでっかい蚊が付いててさ。」
ニコニコと笑みを浮かべたまま繰り出された譲の肘鉄に、千秋が僅かに呻き声を上げて崩れ落ちる。
「それじゃあそういうことで直江さん上がってもいい?」
ニッコリと言われた言葉に思わずビシリと固まる。
「上がってもいいよね?」
有無を言わせぬその口調に、直江は何も言えずにただゆっくりと頷くことしか出来なかった。
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「直江さ~ん飲み物足りないんだけど~!!!」
「ちょっと直江、おつまみ足りないわよ!!」
「おい、直江もっと酒もってこいよ!あっいいやつな。俺安い酒飲めないんだよな~」
「・・・・・・・・・・・・。」
次々とひっきりなしに繰り出される三人の注文に、
ただじっと黙ってキッチンに立つ直江の背を申し訳なさそうに見つめる。
(直江・・・・ごめん。)
今日の日の為に、直江がいろいろと計画を練ってくれていたことは知っていた。
けれど、今までの経験から言ってこういう記念日の次の日にまともに学校に行けたためしがなかった。
ただでさえ学校を何度が休んでいるせいでついていけていないというのに、
もう直ぐテストがある為、今学校を休んでははっきり言ってかなりヤバイ。
だから今回は譲に頼んで、協力してもらったのだが・・・・・、
(そういえば有給がどうのとか言ってたな・・・・・。)
さっきからピクリともしない横顔を見つめる。あれは・・・・かなり怒っている。
それでも・・・・・・・・・、
「はぁ食った食った!」
ぽっこりと膨れ上がったお腹を満足そうに叩く。
見ると、三人が持ってきた食べ物や飲み物はほとんど空になっていた。
いつの間にこんなに食べたのだろうか。
「じゃあそろそろ帰るか。」
「え?」
「そうだね。」
そう言って立ち上がり始めた三人に高耶は目を丸くした。
確か計画では・・・・――――――、
「ちょ、今日は泊まっていくんじゃなかったのか?」
「いや~そのつもりだったんだけど、実は明日までの課題が終わらなくってさ。」
「私は明日予定が出来ちゃって。」
「俺も。」
悪いな~、と言いながらさっさと荷物をまとめると三人はそのまま玄関へと向かった。
「「「じゃ~な(ね)~」」」
バタンと扉が閉まり、先ほどまでの喧騒はどこへやら静寂が辺りを包む。
「な、直江?」
その沈黙を破るように、恐る恐るに背後にいる直江を振り返る。
「・・・・・・・すいませんでした。」
「え?」
予想外の言葉に目を見張る。
「な、何がだよ。」
「私はあなたのことを何も考えていませんでしたね。・・・・・・先ほどあなたが席を立っていた時に譲さんに聞きました。もうすぐテストだったんですね。
なのに私は一人で浮かれてばかりで・・・・・」
そう呟くと、直江はそっと高耶の傍をすり抜けて玄関のドアへと手をかけた。
「ってどこに行くんだよ!!」
「ここにいてあなたの邪魔をしない自信がないので、今日はどこか別のところで過ごします」
「待てっ!!!!」
慌ててそのまま外へ出て行こうとする直江を引き止める。
「離して下さい。」
「駄目だっ!」
そう叫ぶと高耶は僅かに視線を下げると小さく呟いた。
「その・・・・・今日は俺が悪かった・・・・・。」
(直江がどれだけこの日を大切にしてくれてたのか分かっていたのに・・・・)
それでも・・・・・・、
「もしテスト落として夏休み潰れたら、どこにも行けなくなっちまうだろ?・・・・だから、」
照れたようにそう言うと高耶はプイっと横を向いた。
「それは・・・・・嫌だったんだよ。」
そう高耶が呟くと同時に直江はその体をぎゅっと抱きしめた。
「・・・・・・・・すいません、私は本当に何も分かっていませんでしたね。」
「んなことねぇよ。」
少しくすぐったそうに腕の中から高耶が呟く。
「お前が誕生日を祝ってくれるのはすごく・・・・すごく嬉しかったから。」
そうしてじっと直江を見つめると、高耶はふわりと微笑を浮かべた。
「ありがとな、直江。」
「・・・・・・・・・・・・あなたという人は。」
そう呟くと、ぎゅっと高耶の体を抱きしめる力を強くすると、その肩に顔を埋める。
それに幸せそうに瞳を細めると高耶はゆっくりと目を閉じた。
しかし、数秒もしないうちになにやら腰の辺りに不穏な動きを感じ取り高耶はパチリと目を開けた。
「って、おい!どこ触ってんだよ!!!!」
「ここまで誘っておいて何もするなという方が無理です。」
「なっ!!!」
「大丈夫です、ようは明日学校へ行ければいいんですよね。」
ニッコリと笑みを浮かべながら言われた言葉に高耶は言葉を失った。
「そういう意味じゃ、」
叫ぼうと口を開くが、すぐさま直江の唇に押さえこまれる。
「ん~~~~~~っ!!!」
何とか逃げ出そうとジタバタと暴れてみるが、もちろんそんなことでは直江の腕はビクともせず、どうにも逃げ出すことが無理だと分かると高耶は諦めたようにそっと体から力を抜いた。
(まぁ、今日は俺のほうが悪かったしな・・・・・・・)
しょんぼりとした姿でキッチンに立つ直江の後ろ姿が脳裏に浮かぶ。
(一年に一回の誕生日だし、直江も明日は学校へ行ければいいとか言ってたしな。)
まぁ大丈夫だろう、と結論付けると高耶はそっと自分から直江の背に腕を回した。
しかし、それに気をよくした男がこの後理性も何もかもを吹っ飛ばしてしまうことを高耶は知らない。
翌日高耶が学校を大幅に遅刻したのは言うまでもない。
なにわともあれハッピーバースデー?
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