―――― 最近文太の様子がおかしい・・・。


ぷかりとふかした煙草の煙の先を意味もなく目で追いながら、裕一は思った。




店長の悩み




脳裏に浮かぶのはどこかやつれたようなゲッソリとした表情を浮かべた文太の姿。


よっぽどのことがない限りあいつの表情が変わったところなんて見たことがなかっただけに、あいつのあんなに衰弱しきった顔を見た時はさすがに驚いた。
だから絶対に何かあったのだろうと思い、何があったのだと問い詰めてみても口を真一文字に引き結んだまま何も話そうとしなくて、それが余計に俺の不安を煽った。

―――― 一体何があったんだ、文太・・・・・・


―――― 俺には言えないようなことなのか・・・・


その時、


――――まさか・・・・っ!!!


裕一の頭にあのさびれた豆腐屋が浮かぶと同時に一つの考えが浮かんだ。


――――――お前もしかして・・・・借金してるんじゃ・・・っ!


確かに自分の所もお世辞にも儲かっているとは言えないが、それでも親友が困っているのを見て放っておけるわけがない。


――――――バカヤロウっ!変な遠慮するんじゃねぇよ!!!


遠くにいる友人に一人胸中でグチると、すぐさま側にあった受話器を取り、慣れた手つきで番号を押す。
しかし、その時ふとガラスの向こうから話し声のようなものが聞こえてきて裕一は手を止めた。


――――――確か今は拓海が入っているはずだが・・・・・


見ると閉め忘れたのか、僅かに開いた扉の隙間からその声は聞こえてくるようだった。
最初は聞き流そうとも思ったのだが、もしかすると何か文太のことでも言っているかもしれないと思い直し、耳を澄ませる。


「・・・・・また学校休んだんですか? いい加減ちゃんとしないと留年しますよ。」
「そこらへんは代返頼んであっから問題なし!」
「またですか・・・・・。」
意気揚々としたやり取りから、とりあえず文太のことを言っているのではないことは分かったが、拓海の砕けた口調と、池谷のものでもなくましてやイツキのものでもない相手の声がどうにも気になり、そおっと柱の影に隠れながら外を窺うと、拓海と派手な黄色の頭が視界に入った。


――――――あれは確か池谷やイツキが言ってた・・・・・・


高橋・・・・何だったかな?と頭を捻らせる祐一を他所に、二人の会話は続いていく。


「まさか脅してやらせてるんじゃないでしょうね?」
「そんなことするかよ。まっ、俺友達多いからな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうかしたか?」
「いえ、別に・・・・・・・・」


――――――どうしたんだ、一体???


急に悲しげな表情を浮かべて黙り込んでしまった拓海に一体どうしたのか、と首を傾げる。

だが、その様子に高橋の黄色い奴は何か思うところがあったのか、はっとした表情を浮かべた後、ふわりと笑みを浮かべた。

「・・・・・・今度大学遊びに来いよ。」
「え?」


ふと呟かれた言葉に拓海が驚いた表情で顔を上げる。


「お前のことみんなに紹介してぇし」
「・・・・・・・・・・・・何て紹介するつもりなんですか?」
「そんなの俺のこいび、」
「~~~~~~~~~何言ってるんですか?!!!!」


慌てた様子で拓海が黄色い高橋の口を塞ぐ。


「っぷはっ!!何すんだよっ!!!!」
「あんたが急にそんなこと言うからでしょう?!!!」

熟れたトマトのように真っ赤になった顔で拓海が睨みつける。だが、それを気にした風もなく黄色い高橋はニヤニヤと笑みを浮かべた。

「何だよ、そんなに照れることねぇだろ?」
「て、照れてなんかいないっ!!!!変なこと言わないで下さいっ!!!!」
「はいはい。」

拓海が声を荒げて叫ぶが男のほうはそれが嬉しくて仕方がないといった様子で、瞳を細めた。

さっきの悲しそうな表情はどこへやら、真っ赤になって叫ぶ巧海の変わりように言葉を失う。
俺が知っている限り、どんなことがあろうとも拓海のあんなに寂しそうな顔は見たことがない。


ましてや、あんなに感情的になって叫んだりするところも・・・――――。


それにしても気になるのはさっき高橋の黄色い奴が言いかけた、『こいび』という単語だ。
俺の勘が正しければあの後に続く語は、あれしかないわけだが・・・・・・、なんと言っても拓海は男だ。
そして名前は思い出せないがあの黄色い高橋も男だ。


二人とも池谷やイツキのように女に不自由しているわけではないということは顔を見れば分かるだけに、浮かんだ考えを認めることが出来ない。
しかし、一目でただならぬ仲だと分かる程のやりとりを目の前で見せられては、ありえない話だと言い切ることはできない。

と、同時にふと祐一の脳裏に文太のあの悲壮な表情がよぎった。

思い返してみると、あれは借金なんて苦から出たものじゃない。あれはもっと深いどうしようもない壁にぶち当たった時のような・・・・・


――――もしかして・・・・見たのか、文太・・・・・・お前も・・・・・・・



おそらく今も悲壮な表情を浮かべているであろう友人へ一人問いかける。


―――――すまん文太・・・・・・


本当ならば手を貸してやりたい。
心配するな、お前の気のせいだ、と嘘でもいいからそう言って慰めてやるべきなのだろう。


けれど・・・・・


先程の拓海の少し寂しそうな表情や、真っ赤になって叫ぶ拓海の姿が思い出される。
今まで見たこともいような拓海の表情。


―――――すまん文太・・・・・あれは俺にはどうしようもない


まぁ、あいつのことだ。
何だかんだ悩んでも、もうしばらくすれば理解してくれるだろう。


―――――意外に拓海に弱いんだ、あいつは


未だ外から聞こえてくる二人の話し声に小さく笑みを浮かべると、祐一はそっと部屋の扉を閉めた。



おわり♪



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おっさんペアが大好きです^^



(09.11.27)


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