月影
風が湖面を揺らし、静かに音を立てて水面が波打つ。
その波紋に同調するかのように、そこに映し出された月はゆらりと影を滲ませた。
吹く風は冷たく、頬を刺すように通り抜ける。
頭上で淡く輝く月を見つめると、直江は何かを耐えるかのようにそっと瞳を細め、拳を握り締めた。
―――――あれは・・・・私だ・・・
太陽の恩恵を受けてしか輝けず、太陽が消えた後でしか存在することが出来ぬ、哀れで、見苦しい存在・・・・・・・。
―――――あれは・・・・私だ・・・・・
もう一度胸中で呟くと、耐え切れずに直江はそっと視線を外した。
その時、
「直江。」
ふと背後から上がった自分を呼ぶ声にピクリと体が揺れる。
「こんなところにいたのか。仕事だ。」
淡々と紡がれる言葉をじっと黙って受け止める。
「何だ?」
じっと黙ったまま動かない直江に高耶が不審そうな眼差しを向ける。
だが、何も言葉を発しようとしないその様子に興味をなくしたのか、蔑むかのように視線を送ると、踵を返した。
「何もないなら行くぞ。いちいち手間を掛けさせるな。」
高耶がそう言って足を踏み出そうとした瞬間、鋭く草を蹴る音がすると同時に、強い力で背後から抱き竦められる。
「・・・・・・・・・・・っ離せっ!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・月は人を狂わせると言いますが、それは月の狂気が人にうつるせいかもしれない」
「何を・・・・・・・・っ!!!」
文句を言おうと背後を振り返るが、唇をふさがれ、抵抗しようともがくがそれすら許さぬ力で強く抱きこまれ、息継ぎもままならないほど激しく、口付けられる。
やがてそっと唇を離すと、直江はギッと自分を睨みつけてくる存在を静かに見つめた。
「何のつもりだ。」
「・・・・・・・・ですよ。」
「え?」
「月の・・・・せいですよ。」
「何を言って・・・・・・。」
「全て太陽が狂わせた。」
そう言うと、先ほどの激しさが嘘のようにふわりと柔らかく高耶を抱きこむと、瞳を閉じ、そっとその肩に顔を埋める。
「知らなければ、何も知らずに輝くことも出来たのに・・・・。」
苦しげに呟かれた直江の声が耳元に響く。
「あなたが狂わせた・・・・・・・。」
どんなに憧れようとも自分には決してなれぬ存在。
――――――理想という名の、偶像・・・・・・・・・
「あなたが、憎い・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「けれど・・・・・・・・・・。」
一瞬息を止めた高耶の耳に、低く紡がれた直江の言葉がじんわりとふりかかる。
「愛しています・・・・・。」
例え届かぬ存在であろうとも、逸らすことすら出来ぬ魔性の光。
「人を狂わせるのは・・・・・月だけじゃない」
見るもの全てを惹きつけるそれは、存在するだけで人を惑わす。
太陽と言う名の、破壊神。
07.11.30
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