FIRST LOVE -3
「なぁ、直江の奴、一体どうしたんだよ」
「私だって知らないわよ。 昨日までは廃人みたいな顔してたのに。」
「だよな・・・・・一体何があったんだ?」
そう言って、千秋と綾子は首を傾げた。
(高耶さん・・・・・・)
ポツリと横に置かれた携帯を見つめながら、直江は思わず頬を緩ませた。
あの後、家に着くなり直江の携帯が鳴った。
『はい。』
『直江か?』
『た、高耶さんっ!!!』
聞こえてきた声に思わず電話を取り落としそうになる。
『その、今日はありがとな、それだけ言いたくて。』
『そんな私の方こそ、有難うございました。』
『じゃ、それだけ言いたかったから』
『ま、待って下さいっ!』
もう少しこの声を聞いていたくて、直江は思わず声を上げた。
『何だ?』
『えーと、その、来週の日曜日、空いていますか?』
『あいてるけど・・・』
『それなら、一緒に映画でも見に行きませんか?』
『でも・・・・』
『どうしても見たいんです。でも、一人ではちょっと見に行きづらくて。』
『・・・・・・・分かった』
『良かった、それでは日曜日の10時に自宅まで迎えに行きます。それでは、おやすみなさい』
『おやすみ。』
(今週の日曜日か・・・・・)
昨夜のやり取りを思い出して、直江は無意識の内に微笑した。
「おい、直江お前一体なにがあったんだよ。」
背後から肩を叩かれ直江は振り返った。
「千秋?」
「にやにや締まりのねぇツラしやがって、いい加減に白状しやがれっ!!」
「何の事だ、一体。」
「ばっくれてんじゃねぇ。してんだろさっきから、その携帯見てニヤニヤニヤニヤ。気色悪いんだよ。」
「そんな顔してたのか?」
自覚が無かっただけに、その言葉に思わず目を瞠る。
「気がついてなかったのかよ。」
あ~あ、と言って千秋は直江の隣の椅子に腰掛けた。
「一体何があったんだよ。人生終わりみたいな顔してたかと思うと、次の日には、幸せの絶頂みたいな顔しやがって。 ・・・・・その携帯の相手が原因なのか?」
「いや、これは」
「恋人か?」
「・・・・・・違う。」
どこか、悲しそうな表情を浮かべながら直江が答える。
「じゃあ、その相手は一体なんなんだよ。」
「彼は・・・・・」
その問いに、直江は思わずフワリと微笑した。
(うわ・・・・・っ!!なんつー顔するんだよ。)
初めて見る、直江の表情に千秋は思わず息を呑んだ。
「一緒に居ると楽しくて、離れたくなくて。・・・・気が付くと、その瞳に囚われてる。離れたくなくて、
傍に居たくて、どんな手段を使ってでも傍に居て欲しくて。・・・・・・・こんな気持ちは始めてなんだ。それに、彼が笑うだけで、」
そう熱く語る直江を、驚いた瞳で見つめる。
「・・・・・・・で、そういうことなんだが、どう思う? 千秋。」
「どう思うって、そりゃあお前・・・・・」
ようやく直江の言葉が終わる頃、千秋はふるふると拳を握り締めた。
「どっからどう考えてもただの恋じゃねぇかっ!!!」
「恋?」
「あ~あ、アホくさ。こんなんに振り回されてたっていうのかよ。」
「恋・・・・・。」
「何だよその初めて知りました、みたいなツラは。 まさか、初恋だって言うんじゃねぇだろうな。」
「いや・・・・・」
今まで恋人という存在がいなかった分けじゃない。
けれど、いつもそれは恋というか、どこか冷めた気持ちがあって、今回のようにこんな気持ちを感じたことはなかった。
「ま、何にせよ、頑張れよ。お前が落ち込んでたらいろいろ仕事が溜まって大変なんだよ。」
「あ、あぁ。」
「じゃ、俺今日もうこれで上がるから。」
「また、副業のほうか?」
「そ。じゃあな。」
背中を見せて、去っていく姿を見送りながら、直江は再び、携帯に視線を落とした。
(恋・・・・か。)
「どうしたんだよ、高耶。嬉しそうな顔しちゃって。」
「譲。」
どうも嬉しそうな顔をしていたつもりは無かったのだが、どうやら、やはり譲には分かってしまうらしい。
「・・・・・・何もねぇよ」
「ウソ。 昨日の、直江さんだっけ?その人と何かあったの?」
「別に・・・・・ただ普通に飯食って、送ってもらっただけ。」
「普通にねぇ・・・・。で、楽しかったの?」
「まぁ、そりゃあ・・・・・」
「あ~あ、とうとう高耶にも彼氏ができたのか。」
「か、カレシって何だよっ!!!俺と直江はそんなんじゃねぇ!!」
「あ、そうなの。でも、高耶は直江さんのことが好きなんだろ?」
「なっ!!!!!」
一瞬にして高耶の顔が真っ赤に染まる。
「ま、俺は高耶がそれでいいなら応援するからさ。」
「何言ってんだ! 俺達は男同士だぞっ!!」
「そんなの好きになっちゃえば、関係ないだろ。」
「でもっ!!」
「なんだよ、高耶は直江さんのことが嫌いなの?」
その問いにうっ、と詰まるとポツリと高耶は呟いた。
「嫌い・・・・じゃない。 あいつといると何て言うかほっとするって言うか・・・・・安心するんだ。でも、これは恋とか、そんなんじゃ、」
「それを恋って言わずに、何を恋って言うんだよ。まぁ、まだ自覚がないならいいけどね。・・・・って、高耶そろそろバイト行かなくていいの?」
「あっ!ヤバっ!!!」
時計を見て、高耶が真っ青になる。
「気をつけてね。」
「おう。」
「わりぃ千秋、遅れたっ!」
「おせーっ!!」
戸を開けるなり、飛んできたおたまを避けながら、高耶は店に入った。
「んだよ、まだ店開くには時間あるだろ!」
「うっせーな、準備にいろいろ時間がかかるんだよ。おら、さっさとこっち来い。」
そう言って、千秋はカウンターの中から、高耶に手招きした。
大通りから外れた、小さな路地裏にあるこの店は、千秋が仕事が終わった後、
趣味でやっているもので、宣伝も何もしていないので、あまり客数は無いのだが、
本人はそれでいいらしく、ここの雰囲気が気に入った少数の常連客相手に店を開いていた。
「ちょっとそっちのグラスとってくれ。」
「あ、あぁ。」
傍にあったグラスを渡しながら、意を決したように高耶はポツリと尋ねた。
「なぁ、千秋・・・・・。」
「ん?」
「一緒にいるだけで、ほっとするっていうか、何ていうか、安心して、また会いたいなって思うのって、そう言うの、何て言うんだ?」
「そりゃあ、お前恋だろ。」
「やっぱり・・・・・・・・・。」
「何だよ、お前。好きな奴でも出来たのか? まったく学生はいいねぇ。」
「そんなんじゃねぇよっ!!!」
真っ赤になって否定する高耶には視線をくれずに、千秋は手を休めることなくグラスを拭いた。
「ま、何にせよ、俺は応援してやるから。今度この店つれて来いよ。 お前の昔話いろいろ聞かせてやっからさ。」
「・・・・・っ!!!ぜってー連れて来ねぇ!!」
「あ、やっぱいるんだ。」
その答えににやにやと笑いを浮かべる。
「ちあき~~~っ!!!」
「まぁ、落ち着けって。何も恋するのが悪いわけじゃないんだから、素直に認めちまえよ。」
「・・・・・・・・。」
「頑張れよ。」
真っ赤になってそっぽを向いたままの高耶の頭にポンと手を載せる。
「・・・・・・うるせー。」
「おら、さっさと準備すっぞ」
そう言って、再び準備に取り掛かった千秋の後姿を見つめながら、高耶はふと昨日の直江の微笑を思い浮かべた。
(恋・・・・・・か。)