FIRST LOVE -4
日曜日は快晴だった。
約束通り10時ちょうどに直江は高耶を迎えに来ると、高耶は既に身支度を整え家の前で待っていた。
「おはようございます、高耶さん。」
「あ、お、おはよう。」
ぎこちなく挨拶を済ませると、それ以上は何も言わずに直江に促されるがまま車に乗り込む。
お互いに口を閉ざしたまま、異様な空気が流れる。
(何をしゃべればいいのか分かんねーよ!)
「・・・・・・・・か?」
「えっ?!あ、な、何?」
考え事をしていたせいで直江の言葉が聞き取れず、高耶は慌てて聞きなおした。
「いえ、お元気でしたか、と言ったんです。」
「あ、うん。元気だったよ。直江は?」
「私も、元気でしたよ。」
そう言って浮かべられた直江の微笑に高耶の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「お前、ま、前見なくていいのかよっ!」
「今は赤ですので。」
「あ、そっか。」
「そうです。」
クスクスと優しく笑う直江の姿に耐えられなくなり、何とか話を逸らそうとする。
「きょ、今日はいい天気だな。」
「えぇ。きっと高耶さんの日ごろの行いがいいからですね。」
「~~~~~~っ!」
「あ、もうすぐ着きますよ。」
信号が青になり再びアクセルを踏み込む。
「そ、そっか。案外早かったな。」
(う、運転してくれてて良かった。)
自分でも分かるくらい熱くなっている頬を隠すように外を向きながら、高耶は切実に思った。
***********
「うっわ~結構混んでるな。」
「そうですね。」
休日ということもあり映画館は人で溢れかえっていた。
「では、とりあえず入りましょうか。」
「あ、うん。」
人混みを掻き分けながら直江が進む。と、同時に直江が通ったところの女性が皆直江の姿を目に止めると、直江の姿に見入り、小さく囁きあった。
(やっぱあいつ、もてるんだな・・・・・。)
そう思ったと同時にズキンと高耶の胸に痛みが走る。
「高耶さん?」
ピタリと足を止めてしまった高耶を不思議に思った直江が、その顔を覗き込む。
「わ、直江っ!ど、どうした?」
「それはこっちのセリフです。急に足を止めて。どうかしたんですか?」
「・・・・・・なんでもない。」
「気分でも悪いんですか?」
「そうじゃない。もう大丈夫だから。ありがと、直江。行こうぜ。」
そう言って浮かべられた高耶の微笑に直江の息が一瞬止まる。
「直江?」
「え、えぇ。では、私は何か飲み物を買ってから行きますので先に行っていて下さい。」
「分かった。」
頷いて去っていく高耶を見送りながら、直江は小さく息を付いた。
(まったく、あの人の笑顔は殺人的だな。)
ふわりと浮かべられた美しい微笑。
あのまま二人でいたら危うく周囲の視線も気にせず抱きしめてしまうところだった。
(これが恋か。)
意志と反して勝手に動いてしまう体。そこにいるだけで幸せを感じてしまうほどの幸福感。
(扱いにくい感情だな。)
そう言いながら自分がどれほど幸せそうな顔をしているのか知らずに、直江は二人分の飲み物を買うと、そのまま高耶が待つ場所へと足を進めた。
**************
「すっげー面白かった!」
映画館から出るなり興奮した様子で高耶が話すのを直江は嬉しそうに見つめた。
「ありがとな、直江。今日は連れて来てくれて。」
はにかんだ様子で頭を下げる高耶を、直江は目を細めて見つめた。
「いいえ、私こそ。付き合っていただいてありがとうございました。ところで高耶さん、お腹空きませんでした?」
「え?うん、まぁ。」
時計を見ると既に12時を回っていることに気がついた。
「では、このままお昼ご飯でも食べに行きませんか?おすすめの店があるんです。」
「え?う、うん。いいけど。」
映画を見てそれで終わりだと思っていた高耶は、直江のその言葉に嬉しくなってしまう。
「では、行きましょうか。」
そう言って直江が向かった先は、道路のはずれにある小さな定食屋だった。
「へぇ~お前でもこういうところ来るんだな。」
がらがらと昔ながらの引き戸を開けると、店内の和やかな雰囲気が二人を包んだ。
その雰囲気にもしかするとどこか高級な所に連れて行かれるかもしれないと身構えていた高耶の肩から緊張が抜ける。
「えぇ。ここは昔の知人の知り合いがやっている店で、知人と同様趣味でやっているらしく、こんな外れでやっているそうです。でも、なかなか美味しいんですよ。」
「そっか、お前がそういうのなら楽しみだな!」
(趣味で店か・・・何だか千秋みてーだな。)
そんな事を思いながら席に着き、直江がおいしいと言う物を適当に注文すると、すぐさま料理が運ばれてきた。
「は、早いな。」
「えぇ、なんでも、本人が待たされるのが嫌いな性質で。だから待たされず、尚且つ、おいしい店を作りたいという理由で、この店を作ったらしいですよ。」
「そ、そんな理由で店を・・・・」
なんとも思い切った考え方に高耶が一瞬言葉を失う。
「どうだ、直江。」
「色部さん。」
料理を食べているとこの店の雰囲気とよく似た、とても包容力のありそうな男性が二人のテーブルの傍らに立った。
「相変わらずおいしいですね。」
「そうか。お前にそう言ってもらえると一番嬉しいよ。おや?こちらは?」
「あぁ、紹介します。こちらは仰木さんです。」
「あ、は、始めまして。仰木高耶です。」
「やぁ、始めまして。私は色部だ。一応この店のオーナーをやっている。さびれた店だが一つよろしく頼むよ。」
「そんなことないですっ!この店の雰囲気とか、空気っていうか、そういうの、俺、凄く好きです。料理も何だかあったかくて・・・・・・ってすみませんっ!」
「いや、ありがとう。ここをそんな風に言ってくれるのは今まで数人しかいなかったからね。嬉しいよ。」
そう言うと色部は直江へ視線を向けた。
「高耶くんはいい子だね。」
「えぇ、とても。」
その言葉に直江が深く頷き、それに高耶の顔が真っ赤にそまる。
「またいつでも来なさい。君なら大歓迎だ。」
「はい、ありがとうございます。」
「それにしても、直江とは一体いつから付き合っているんだい?」
「はい?」
予想外の言葉に高耶の目が丸くなる。
「二人は恋人同士なんだろ?」
「ち、違いますっ!!」
慌ててブンブンと手を振って否定する。
「この店に直江が人を連れてくることなんて滅多にないからそうだと思ったのだが、そうか違うのか、これは失礼した。 では、ゆっくりしていてくれ。」
そういい残すと色部は再びキッチンへと戻って行った。
何とも言えない微妙な空気が二人の間を流れる。
「あ、え、えと。 そうだ、直江。 ちょ、ちょっと醤油取ってくれ。」
「あ、はい。」
その拍子にピト、と手が触れる。
ガチャンっ!
と音を立てて、醤油が落ちた。
「あっ!ご、ごめんっ!!」
「いえっ! 私の方こそすみません。」
何となく顔を合わせることが出来ずに、お互いに黙々と汚れたテーブルを拭く。
その後、二人はそのまま店を出た後もぎこちなく話すことしか出来ずにその日は別れた。
************
次の日
「今度はどうしたのよ、直江。」
「綾子。」
険しい顔をして仕事をしている直江を不審に思い、綾子はそっと尋ねた。
「いや、別に何もないが。」
「千秋から聞いたわよ、あんた恋してるらしいじゃないの」
「・・・・・・・。」
思わず千秋の口の軽さを呪う
「ま、どうせ今回もそれがらみなんでしょ? この綾子ちゃんが相談のってあげるわよ」
「・・・・・・・・お前がか?」
「何よー失礼ね!これでもアンタよりはそういうことに詳しいと思うわよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「じゃ、今日仕事が終わったら千秋の店でね。あ、もちろん直江の奢りよね?」
すっかり黙ってしまった直江の肩をぽんぽんと叩くと、有無を言わせぬ勢いでそれだけ言うと綾子は小さくウインクして去って行った。
「まぁ、いいか。」
どことなく嬉しそうに去っていく背を見つめ、直江は再び仕事に戻った。
*********
「あれ?どうしたんだよ、高耶。昨日は直江さんとデートだったんじゃないの?」
「そうだけど・・・・・」
「だったらどうしてそんな悲しそうな表情してるんだよ」
「・・・・・・・・。」
てっきり幸せそうな表情をしていると思っていた譲は不思議そうに首を傾げた。
「・・・・・・・どうしていいか分からないんだ。」
「え?」
「あいつといると、妙にそわそわして落ち着かないんだ。目が合うだけでなんかこう、心臓の辺りが苦しくなって・・・・・」
一旦言葉を切ると、高耶はそっと目を伏せた。
「どうしていいか分からなくなる。」
そう言い終わると、譲が何も言わずにじっとしていることに気がついた。
「聞いてるのか、譲。」
「・・・・・・・・・高耶。」
「ん?」
「告っちゃいなよ」
「なっ!!!!!」
想像もしていなかった言葉に高耶の目が見開かれる。
「好きなんだろ?直江さんのことが。」
「・・・・・・・・・・」
「ま、何にしろ俺は応援するからさ。」
肯定も否定もせずに俯いてしまった高耶の態度からそれを肯定と取ると、高耶の頭をくしゃとなぜた。
「頑張れよ。」
「・・・・ん。」
耳まで真っ赤にして頷く高耶の様子に譲はそっと微笑した。
(ま、直江さんが高耶をふるなんてことは絶対なさそうだし、これでちょっとはまとまるかな?)
でも、もし高耶を泣かせるようなことがあったら、
(覚悟しといてよね、直江さん。)
*****
夜、ガソリンスタンドのバイトが終わるなり、高耶は千秋の店へと足を向けた。
空はすっかり暗くなってしまっている。
(癪に障るけど、こういうことはやっぱあいつが一番詳しそうだしな。)
そうして、店に入ろうと高耶が足を一歩進めた時、中から話し声らしきものが聞こえてきて、思わず足を止めた、
(こんな時間に客がいるなんて珍しいな・・・・。)
そう思い、そっとガラス越しに中を覗きこんだ。
「・・・・・・・・っ!!!」
そこにいたのは、今さっきまで考えていた人物であった。
しかも、その隣には見たことのないような美人が座っていた。
じっと、その光景を見つめていると、千秋が何か言ったのか不機嫌そうな顔をして直江が横を向く。
すると、そっとその隣の女性が直江の頭をポンポンと優しく叩いた。
(やめろ・・・・・っ!!!)
思わずドアノに手をかけそうになったが、ふと視界にその女性の横顔が写った。
長く伸びた睫毛。フワリと揺れるウェーブの掛かった長い髪。
何よりも綺麗に整ったその顔は遠目から見ても綺麗の一言で、直江とならぶその姿はまるで一つの絵画のようだった。
(・・・・・・・・・釣りあってないのは、俺だ。)
そう思うとそっとドアノブに伸ばしていた手を引き、高耶は静かに踵を返した。
***********
「・・・・・で、どうすればいいのか分からないんだ。」
「あの直江がこんなことで悩んでるなんて、信じらんないっ!」
「まったくだ。いったい何のために星の数ほど女と付き合ってきたんだよ。今のお前の様子を高坂が見たら大爆笑だな」
「・・・・・・・・。」
千秋のその言葉に、直江が嫌そうな表情を浮かべる。
「まぁ、まぁ、私が応援してあげるからしっかりしなさいよ。」
それに気づいた綾子が、慰めるかのようにポンポンと直江の背を叩く。
その時、ふと何かを感じ取り直江は顔を上げた。
「今何か聞こえなかったか?」
「? いや別に聞こえなかったが、聞こえたか?」
「私も特に何も聞こえなかったけど、どうかした?」
「・・・・・・いや、気のせいかもしれない。」
聞こえなかったという二人の様子に、気のせいだったのかもしれないと結論づけて直江は僅かに残ったグラスに手をかけた。
その日を境に、高耶との連絡が一切とれなくなった。