FIRST LOVE -5
「どうしたんだよ高耶、最近元気ないじゃん。」
一人屋上で風に当たっていた高耶は、突如背後から上がった声に振り返った。
「譲・・・・・。」
「何かあったの?」
心配げに顔を覗きこんでくる親友に、小さく微笑を浮かべると高耶は小さく呟いた。
「失恋した・・・・。」
「えっ?!」
予想外の答えに譲の瞳が見開かれる。
「なんだよ・・・・・それ。告白でもしてフラレたの?」
「・・・・・・そうじゃない。」
「じゃあ、どうしたんだよ。」
「・・・・・・・・もう相手がいたんだ。」
「そんなの関係ないじゃん。取っちまえよ!」
珍しく荒い親友の声に、小さく首を振ると高耶は悲しげに瞼を伏せた。
と同時に、あの日の光景が脳裏に蘇る。
「俺なんか叶わないような、そんな人だった。すごく似合ってて・・・・俺なんかじゃダメなんだって思い知らされた。」
「・・・・・・・・。」
そう呟く姿が今にも泣き出しそうなほど弱々しくて、譲は言葉を失くした。
「アイツが優しいから一人で盛り上がって、・・・・・・・馬鹿みたいだ、俺。」
「高耶・・・・。」
「もう会わない。・・・・連絡するのも止めた。やっぱり初恋って実らないもんなんだな。」
悲しげに笑う高耶を言葉も無く見つめる。
「本当に・・・・バカみたいだ・・・・・。」
****************
休憩しようと廊下に出た綾子は、ふと見知った姿を視界に止めて傍へ駆け寄った。
「どうしたのよ、千秋。何か暗いじゃない。アンタまでどうかしちゃったの?」
その声にちらっと顔を上げると、千秋は持っていた缶コーヒーを握り締め口を開いた。
「どうも俺のバイト先のやつがどうやら初恋の奴に失恋したらしくてさ。」
いつもの飄々としている姿とは違い、その顔にはどこか神妙な雰囲気が漂っている。
「そいつ両親が離婚してて、一緒に暮らしてる父親は酒を飲んだら手のつけられないくらい暴れてさ。
だから昔から愛情とかそういうもんを知らずに育った奴で、・・・・・・
今回のが始めてアイツが自分からそういうもんを求めた奴だったんだ。なのに今回もダメで・・・・・。
これ以上臆病にならなきゃいいけど。・・・・・・・・・無理だろうな。」
脳裏に浮かぶのは何もかもを諦めたように悲しく微笑する高耶の横顔。
「くそっ!相手の顔が見て見たいぜ!!んでもって女でなけりゃー一発殴っちまいたい気分だ!」
「珍しいわね、アンタが他人のことでそんなに熱くなるなんて。そんなにその子が大事だなの?」
驚いた表情で自分を見つめる綾子から、少し照れたように視線をそらす。
「・・・・・・・・別にそんなんじゃねーよ。そいつが小っちぇー頃から知ってるってだけだ。それよりもさっき“俺も”とか言わなかったか?どー言うことだよ。」
「えっ?あぁ。それがね、直江もなのよ。また前みたいになっちゃってるの。」
「あぁ?!またっ?!!全くどいつもこいつもどーしてこう同じときに・・・・・・・・」
そう叫びながら何か違和感のようなものを感じ取り千秋は黙り込んだ。
「どうしたのよ、千秋。急に黙りこくっちゃて。」
「ん?・・・・あ、いやちょっとな。んじゃ俺そろそろ仕事戻るわ。」
不思議そうに首を傾げる綾子に手を振りながら、千秋はゆっくりと仕事場へと足を進めた。
(まさかな・・・?)
ふと浮かんだ考えをありえないだろうとすぐさま否定する。
が、思い返してみれば直江がおかしくなった時、いつも同じように高耶も変だったような気がする。
・・・・・・・・・・・。
ありえないとは思うけれど、その可能性はないとは言い切れない。
それにこう思うのはこれが始めてじゃない。
思い返せば何度かひっかかったときがあったような気がする。
―――――――こうなったら確認してみるか?
そう思うやいなや瞬時に頭の中で計画を練ると、千秋は直江の座っている席へと向かった。
「何シケたツラしてんだよ。」
「・・・・・・・・千秋か。」
どこかやつれた顔をして直江が振り向く。
「なぁ、今夜暇か?」
「今夜は・・・・」
「暇なんだろ?奢ってやるから仕事終わったら俺の店来いよ。」
「いや、今はそんな気分じゃな、」
「いいから、来いよな?約束だぞ!じゃ。」
「おい!」
慌てて呼び止めるが、既にその背は遠くなっていた。
「はぁ。」
大きく溜息をついて背もたれにもたれかかる。
―――――高耶と連絡がとれなくなってから既に2週間が過ぎていた。
最初の頃は何かあったのではないかといろいろ考えたが、どうにもそういう話は聞かないので
違うのだろう。
あれからすぐに家の方にも行ったがそこに人の気配はなく、どこか他所に引っ越したのかもしれないと方々へ手を伸ばし
探したが結局見つからなかった。
(もうどうすればいいのか分からない・・・・・・)
今回のことで改めて自分に出来ることの少なさを知った。
だからといって酒にはしる気もしなかったが、先ほどの千秋といい、ちょこちょこと様子を見に来る綾子といい、
どうやら心配をかけてしまっているようだ。
(少し、飲むのもいいかもしれない)
そうすればもしかすると新しい考えが浮かぶかもしれないと結論付け、直江は再びデスクに向かった。
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「あれ?高耶。今日もバイトなの?」
「あぁ。」
授業終了のチャイムが鳴り終わると同時にすぐさま帰り支度をしていた高耶に譲が声を掛ける。
「本当はあんま行きたくねぇんだけど。・・・・千秋にはいろいろ世話になってるから。」
「そっか・・・・・・・・頑張れよ!」
「ん。じゃあな。」
小さく笑みを浮かべて教室を出て行く高耶の背をじっと見つめる。
頑張って弱みを見せないように笑ってはいるが、逆にそれが痛々しくて見ていられない。
「まったく・・・・・・許さないからね、直江さん。」
誰にとも無くそう呟くと、今もどこかにいる人物を呪った。