FIRST LOVE -6
カランという音とともに扉が開き、そこに現れた姿に千秋はニヤリと笑った。
「遅かったじゃねぇか。」
「ちゃんと時間通りだろ。」
「あ?そうか?」
「そうだ。ってかどうかしたのか?何か今日妙に楽しそうじゃねぇか?」
「べっつにー。」
不思議そうに尋ねてくる高耶に、ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう答えると、ちらっと時計を見る。
「あ、俺ちょっと今から出かけてくるから少しの間店番頼むな。」
「ん?あ、分かった。」
どこか嬉々とした様子で「あと頼んだぞ」と言い残して去っていく千秋の背を見ながら、
何もする気が起きずに高耶はぼーっとした様子で傍にあった椅子に腰掛ける。
―――――――確かここの席に座ってたんだよな。
そのときのことを思い出すかのように、そっと机をなぞる。
――――――そして、その隣に・・・
ふと脳裏にあの時の光景が浮かんだと同時に、カランという音がして扉が開いた。
「あっ、い、いらしゃいいませっ!」
慌てて立ち上がり振り向いた先で、高耶はそこにいた姿に息を呑んだ。
「「っ!」」
そこに立っていた人物も高耶を目に留めるやいなや驚いた様子で目を見張る。
琥珀色の髪。
すらりとのびた日本人離れした体型に、モデル並に整った顔。
「な・・・お・・・え・・・」
思わず名前を口に出した瞬間、はっと我に返り慌てて裏口から逃げようと踵を返す。
「っ!!待って下さいっ!!」
高耶よりも一瞬遅れて我に返ると、すかさず駆け寄りその手を掴む。
「離せっ!!!」
「離しません」
初めて聞く直江の低い声に、思わず高耶の体がびくりと揺れる。
「もう一度あなたに会うことが出来たら、二度と離さないと決めていました。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
その言葉に抵抗する気力も失い、体から力が抜ける。だが、直江は依然手を離そうとはしない。
「どうして何も言わずにいなくなったりしたんですか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
黙ったまま顔を上げようとしない高耶をじっと見つめた後、悲しげに瞳を細めると直江は苦しそうに呟いた。
「俺が・・・・・・・嫌いになったんですか・・・・・?」
「っ違う!!!」
「じゃあどうして・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
悔しそうに下唇を噛むが、何も言えずに苦しげに俯く。
「・・・・・例えあなたが俺を嫌っていようと、あなたに会えたらずっと言おうと思っていたことがあるんです。」
「?」
その言葉にそおっと顔を上げる。すると、真剣な表情を浮かべた直江と目が合う。
「あなたが・・・・好きなんです。一目惚れでした。」
「っ!」
予想外の言葉に目を見開く。
「あの日あなたを始めて駅で見た日から私はあなたに囚われたままです。」
直江の口から出てくる言葉をどこか呆然とした表情で聞く。
「・・・・・・・・・・・・だろ・・・?」
「え?」
「彼女・・・いるんだろ?なのに・・・どうして・・・?」
「彼女?いませんよそんな人。」
「嘘だっ!この前ここで見たんだっ!お前が綺麗な女の人と一緒だったのを、だからっ!」
「女・・・?もしかして晴家と一緒のところを見たんですか?あいつなら彼女でもなんでもありません。ただの仕事の同僚です。」
「・・・・・・・・うそだ」
「嘘なんかじゃありませんよ。それにあいつと付き合うのはタチの悪い猛獣と付き合うようなものです。私はそんな物好きではありませんよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・じゃあ俺が見たのって。」
「誤解です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「高耶さん?」
何も言わずに下を俯いてしまった高耶を訝しんでそおっとその顔を覗き込む。
「・・・・・・・・・・・だと・・・・・」
「え?」
「・・・・・俺・・・・お前に彼女がいるんだと思って・・・・」
小さく呟く高耶の言葉を直江は黙って聞いている。
「だから離れなくっちゃいけないんだって自分に言い聞かせて・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「お前を・・・お前を好きでいたらだめなんだって・・・・・・・」
「!」
その高耶の言葉に直江の目が見開かれる。
「高耶さん・・・今・・・なんて・・・・・」
「・・・・・・・・・・お前を好きでいたらだめなんだって・・・だから忘れようとしてた・・・・・」
「そんなこと言われたら俺のいいように解釈してしまいますよ」
じんわりと涙で潤んだ漆黒の瞳をそっと覗き込みながら問いかける。
「俺の・・・都合のいいように解釈してもいいんですか?」
「・・・・・・・・・・いい」
高耶がそう言うと同時に直江の腕が伸びてきて、そのまま強く抱きしめられる。
「・・・・・・・・な・・おえ」
「もう二度と離さない」
ふわりと懐かしい香りが鼻腔を掠める。
「あなたを・・・愛しています」
その声に安心するかのように高耶はそっと瞼を閉じた。
「初恋は実らないって嘘だったんだな。」
嬉しそうに話す高耶に直江もつられて笑みを浮かべる。
「そうですね。」
その時、カランという音とともに店の扉が開いた。
「お、ちゃんとまとまったみたいだな。」
「「千秋っ!」」
同時に叫んでから、二人して顔を見合わせる。
「え?直江、千秋のこと知ってるのか?」
「高耶さんこそ。」
「ま、とにかくまとまったみたいで良かったぜ。両方から相談受けるのにも疲れてたんだよな。」
「わ、悪かったな・・・・・」
「いいんですよ。こいつで良かったらいくらでも使って下さい」
「てめーは少しくらい感謝することを覚えろ!!!!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人の様子を見て、高耶は目を丸くした。
数年一緒にいたが、千秋がこんなにもくだけた調子でしゃべるのは初めて聞いたような気がする。
「千秋は直江といつからの知り合いなんだ?」
「あ?こいつとはただの会社の同僚だよ。」
「でも俺お前に直江のことなんて一言も言ってないのに、何で俺が直江と知り合いだって分かったんだ?」
「直江がおかしくなり始めたのが俺がお前に見せの手伝いに来てもらってた時期と同じだったし、あまりにもお前らの落ち込む時期が
リンクしまくっててな。どんなニブイ奴でも分かるって。」
「落ち込むって・・・・落ち込んだのか?直江も。」
「えぇ。あなたに会えなくて死にそうだった。」
そう言って、直江がそっと高耶の頬に手を伸ばした瞬間、
「まさかあの口説いた女は星の数、百戦錬磨の直江があまりにも手こずってるからどんな上玉かと思ってたら、まさか高耶だとはな。さすがの俺でも気づくのに時間掛かったぜ。」
千秋のその言葉に高耶が音を立てて固まる。
「千秋っ!!!!!」
「んだよ、本当のことだろ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる千秋とは対照的にむっすとした表情を浮かべると高耶は無言でカウンターの奥へと入っていった。
「た、高耶さん待ってくださ、」
「おい」
慌てて高耶の後を追おうとしたところを、呼び止められ振り返る。
「何だ?」
「泣かせたら例えお前でもぶん殴るからな」
「高耶さんを泣かせるような奴は、たとえ自分でも許さない」
「そりゃあ頼もしいお言葉で」
ニヤリと笑みを浮かべた千秋を一瞥するとそのまま高耶の後を追って奥へと消えていく。
「あ~ぁ、俺って本当にいい奴。」
なにやら奥で言い合っている二人の声を聞きながら嬉しそうに笑う。
「ま、一件落着ってやつかな?」
後日。
なんとかあの後高耶の機嫌を取り戻した直江は、高耶の通っている学校の前でまるで蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くしていた。
「直江、こいつ俺の友達の譲。」
「どうも始めまして、高耶の親友の成田譲です。」
「は、はじめまして。」
浮かべられているのは笑みなのだが、何故かヒヤリとしたものが背後を伝い思わず声が裏返る。
「あ!俺教室にファイル置きっぱなしにしてきたかもっ!ちょっと取ってくるっ!!」
「え?高耶さん、ちょっと待っ」
しかし、そんな直江の制止もむなしく、あっという間に高耶の姿は門の中へと消えていき、後には直江と譲の二人が越された。
「あ、あの・・・何か?」
何故かじっと見られているような気がして、直江はそっと問いかけた。
「いえ、別に。・・・・・ただ、俺、直江さんのせいで落ち込んでる高耶結構見てきたんですよね。」
「す、すみません・・・・。」
別に後ろめたいことをしていたわけではないだが、何故か謝ってしまう。
「まぁ、今までのことは水に流すとしても、今後もし高耶に同じような顔させたら、理由
がなんであろうと連れて帰りますんで、そこのところよろしくお願いしますね」
「それは絶対に。二度と高耶さんを泣かせるようなことはしません。」
「絶対だからね。もしそれでも泣かせたら・・・・・二度と朝日は拝めないと思っていて下さいね」
「わ、分かりました・・・・。」
その冗談とも本気ともつかない言葉に頷いた瞬間、
「直江―!譲っ!!!」
ちょうどタイミングよく高耶が戻ってきて、思わずほっと胸を撫でおろす。
「ごめん。んっ?何かあったのか?」
何か数分前とは違う二人の間の空気を察知して高耶が首を傾げる。
「いえ、ちょっとお話をしていただけですよ。ね、譲さん。」
「そうそう。それより、これからどこか行くんだろ?早くしないと日が暮れちゃうよ。」
「そうだった!じゃあな、譲。また明日な。」
「はい、行ってらっしゃい」
そう言って手を振りながら、車に乗り込む高耶の背を睦める。
―――――嬉しそうにしちゃって
久しぶりに見る親友の嬉しそうな姿に思わずこっちまで頬が緩む。
本音を言うならば、高耶が誰かのものになってしまうのは、もの凄く寂しい・・・。
―――――けど・・・・
「あんなに嬉しそうなんだもんな」
先程の高耶の表情を思い出し、譲は小さく微笑した。
「高耶が幸せならそれだけでいっか。」
そう言って見上げた空は、見たこともないような青空だった。
「で、今日はどこに行くんだ?」
運転する直江の姿を嬉しそうに見ながら高耶は問いかけた。
「そうですね・・・・・どこか行きたいところはありますか?」
「え?ん~・・・そうだなぁ・・・・・映画・・・はこの前見たし・・・・・」
「そう言えばずっと聞きたかったんですが、あなたと連絡が取れなかった間、
家の方にも何度か行っても会えなかったのですが・・・・どこかよそにいたんですか?」
「え?あぁ、妹が世話になってる親戚の家のほうに行ってたんだ。もう戻って来たけどな」
「そうだったんですか。ということは今家に一人ということですね」
「あぁ」
その高耶の返事に、車を路肩に止めじっと向き合う。
「なおえ?」
「・・・・・・・・でしたら今日はこのままウチに泊まっていきませんか?」
「えっ?!」
突如言われた直江の言葉に思わず聞き返す。
「もう片時だってあなたと離れたくないんです。それにあなたを一人で家になんて置いて帰れそうもない」
「ちょ、ちょっと待った!!!」
(だって、家に泊まりに行くということは・・・その・・・・つまり・・・・)
「いやですか?」
「・・・・・・・・・・い、嫌じゃないけど」
真っ赤になって俯いてしまった高耶をふわりと微笑を浮かべながらそっと抱きしめる。
「愛しています」
「・・・・・・・ん」
「来て、くれますか・・・?」
真っ赤になった顔を隠すように深くその胸に顔を埋めながら、高耶は小さく頷いた。
それに嬉しそうに笑みを浮かべると、直江はぎゅっと抱きしめる手に力をこめた。
「あなたを愛しています。世界中の誰よりも」
ようやく終わった!!!!(汗)
書くうちにいつのまにか当初の予定の倍くらい長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さってありがとうございました!!
でも最後なんだか無理やり感がヒシヒシと・・・・ご、ごめんなさい;;