魔鏡~遠い地で俺は再びキミに恋する(9)~





かちゃり、と静かな音を立てて扉が開いた。

「あれ、渋谷寝ちゃったのかい?」
「はい。」
再びフードを纏ったコンラッドの腕の中で抱かれるようにして眠っているユーリの姿を見るなり、村田は声を上げた。




―――あれは・・・・・・?―――




無防備に眠るユーリを抱くフードの男にコンラッドは瞳を細めた。

「その様子を見ると、ちゃんと説得出来たみたいだね。」
「・・・・・はい。」

ほっとした様子で村田が二人の元へと足を進める。

「まったく、本当に人騒がせなんだから、渋谷は。」
幸せそうな様子で眠るユーリの顔を見ながら、どこか呆れたように瞳を細める。



「・・・・・・・・。」

そんな様子に、見えない壁のようなものを感じ取り、コンラッドはピタリと足を止めた。


「まったく、彼は自分がどれだけ多くの人に心配されているのか分かっているのかね?」


にこやかに会話をする彼等の間に自分の居場所は存在していなかった。


――――俺はここにいるべき存在じゃない・・・・・・――――


ふと、そんな考えが頭をよぎった時、ゆっくりとユーリの瞼が開き、視線が合った。



「・・・・・コンラッド?」



どこかまだ疲労が伺える表情で、ユーリは遠くで立ち尽くしているコンラッドを見つめた。


ピクリとも動こうとしなかった足がその呼び声に反応して、ゆっくりと歩を進める。



――――俺の居場所は・・・・・・――――



傍らで足を止め、ゆっくりとユーリの髪へと手を伸ばす。

小さくフードの男の体が揺れたが、気にせずにその前髪をふわりと梳く。



――――この愛しい存在の傍に・・・。――――





「・・・君に会えて良かった。」

髪を梳きながらポツリとコンラッドが呟いた。


「コンラッド・・・。」
「ありがとう。」


ゆっくりとコンラッドは微笑を浮かべた。

「ユーリ。」

愛おしそうにその名を紡ぐとコンラッドはゆっくりとその髪に口付けを落とした。

「・・・・いつか、君に会いに行く。その時までこの思いは告げないでおく。」

まっすぐに瞳を見つめながらコンラッドが言葉を紡ぐ。


「コンラッド・・・・。」


じっとその瞳を見つめ返す。




「ちょっと、いい感じなところ悪いんだけどそろそろ行かなくっちゃ、いいかい?」

ひょこりと顔を出した村田がそう言い終わるなり、急速に光が集まりだした。


名残惜しげに手を離す。

「待ってるからな未来で。コンラッドが来るのを。」
「・・・・あぁ。」


薄れゆく光の中で呟かれた言葉にコンラッドが深く頷く。

瞬間、辺りをまばゆい光が覆う。






数秒後、光が消えたあと、コンラッドは一人部屋の中に佇んでいた。
ゆっくりと辺りを見回した後、コンラッドはポツリと呟いた。



「・・・・・・・・俺は一体何をしていたんだ?」



目に映るのはいつも通りの部屋。

でも、何かが違う。

空気が、雰囲気が確かに違う。



―――コンラッドっ!―――



ふと、脳裏に誰かが名を呼ぶ声が響いた。

思い出そうとしてみるが、思い出そうとした瞬間、霧がかかったように霧散していく。



――――俺は、コンラッドが生きててくれて嬉しいよ。――――



言葉が次々と脳裏に浮かんでいく。



――――幸せになって、コンラッド――――



記憶にない誰かの声。だけど、何故か胸に響く・・・。



「あっ・・・・。」

気がつくと涙が一筋、頬を伝っていた。

思い出せない、けれど確かにここに誰かは存在していたのだ。

頭じゃなく、体が、全身が覚えている。
自分は誰か大事な人を忘れている。


だけど・・・・・、



――――きっと、いつか会える・・・・――――



確証はないけれど、悲しみだけじゃなく、どこか温かみが残る室内を見ながらコンラッドは胸中で呟いた。



だから、と呟いてコンラッドは強く視線を上げた。



――――それまで、俺は生きなくてはいけない。――――








まばゆい光が消えると、気がつくとそこは数日前に自分があの鏡を見つけた部屋だった。

「じゃ僕先に行ってるから」

そういい残すと村田は一人部屋を出て行った。

「じゃあ俺らもそろそろ行くか。・・・うわっ!!」
ゆっくりと立ち上がろうとすると、コンラッドがユーリの手を引いた。
「ど、どうしたんだよ、コンラッド!」
顔をあげようとしないコンラッドに当惑しながらユーリは呟いた。
「・・・・・思い出しました。」
「えっ?」
「貴方が俺に生きろと言ってくれたこと、幸せになれといったこと。」
「コンラッド覚えてるのか?!」

コクリと、コンラッドは深く頷いた。

「今、思い出しました。あの後は貴方の言葉だけが俺の生きる証でした。息をするのも、歩くのも、全て貴方の言葉があったからです。」

「辛いときはいつも貴方の言葉を思い出しました。」

遠くを思うようにコンラッドは一瞬瞳を細めた。だけどすぐに視線をまっすぐにユーリに合わせる。


「あの時、言えなかった言葉を今言わせて下さい。」


数十年の思いを伝えるように、ゆっくりとコンラッドはその手を取ると、そっと口付けを落とした。


「貴方を愛しています、ユーリ。」


浮かべられた微笑は何十年経っても変わらないものだった。





「あの時、本当は怖かったんですよ。」
「えっ?」

夜、二人でベッドに腰掛けながらコンラッドはポツリと呟いた。

「貴方があっちに残るといったとき。」
「あ、あれは・・・・」
「昔の俺のほうがいいなんて言われたら、どうしようかと思いました。」
「何言ってんだよ、どっちもコンラッドだろ。」

ちょっと笑って言った言葉に、コンラッドはゆるく首を振った。

「俺と彼とは違う。」
「えっ?」
「今の俺は貴方に出会った後の俺です。」


「もしあなたが昔の俺の方が良かったと言っても、俺はきっともう変われない。」

「ユーリに出会って、幸せを知ってしまったから。貴方がいない昔なんて怖くてもう戻れない。あなたがあっちを選ぶというのなら俺には引き止める術なんて無かった。」


「だから、怖かった・・・。」


珍しくどこか弱気なコンラッドを見つめながら、ユーリは呆れたように瞳を細めた。

「・・・・・ばかだなぁ、コンラッド」

その言葉にゆっくりとコンラッドが顔を上げる。
「過去に無くしたものは確かにあるかもしれない、だけど、昔のコンラッドにはないものを、今のコンラッドはちゃんと持っているだろ。」



「俺は、そんな今のコンラッドが好きなんだから。」



照れたように頬を赤らめながらユーリが呟いた。

「ユーリ・・・。」
「あの時あっちに残るって言ったのは、どうしても放っておくことなんて出来なかったんだ。だって過去のコンラッドがいるから、今のコンラッドがいるんだろ。あのままアンタが死んじゃったら俺一生コンラッドに会えなくなっちゃうんだろ?それは絶対に嫌だったんだ。」


「でも、絶対に戻るつもりだったよ。何があったって、あんたのいる時に。」
「ユーリ・・・。」

ゆっくりとコンラッドがユーリの背へと腕を回す。


「ただいま、コンラッド」
「・・・おかえりなさい、ユーリ。」


抱きしめられた腕からは、数十年前の彼と同じ香りがした。






えーと、一応これで「魔鏡」シリーズは終わりとなります。 長かったなぁ・・・。 なんだか結構あっさりと終わってしまったのでちょっと物足りない感じもしますが、 とにかく終了ということで。長々と読んで頂き有難うございました。




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