魔鏡~遠い地で俺は再びキミに恋する(8)~





「いやだ! 俺は絶対に帰らないっ!!」

その叫びに村田の目が鋭く細められる。

「・・・・それがどういう意味か君は分かっているのか?君がもし今ここに残るというのなら君は一生元の時空へとは戻れなくなる。それでも君はここに残ると言うのかい?。」

「・・・・・・。」

「キミは一人じゃない。キミの肩には何万人もの民が乗っているのだということを忘れていないだろうね。それでも君は、ここに残るというのかい?」





「・・・・・・コンラッドを置いてなんていけない。」

数秒間の沈黙の後、ポツリとユーリは呟いた。

「・・・・どうしても帰らないって言うのかい?」

語調を強めて村田は問いかけた。向ける視線はどこまでも鋭い。

その瞳をしっかりと見つめながらユーリは深く頷いた。

「あぁ。」

その答えを聞くと、村田はふっと表情を和ませると、そう言うと思ったと、呟いた。

「まったく、熱いにもほどがあるよ君たちは。」
「村田?」

突如表情の変わった友人に怪訝な声を上げる。

「かと言って、君をここに置いていくつもりはない。」
「・・・・・俺はっ!!」


「じゃあ、後は頼んだよ。」

背後に視線を向けながら、村田が言葉を放つ。その言葉を受けてコクリとフードの男が頷く。

「その人は・・・・。」

ようやく他にも人が居ると言うことを知ったユーリはその姿に目を止めるなり、息を呑んだ。

「時間はあまりない。その間に渋谷をよろしく頼むよ。」

そういい残すと、村田は未だ状況が掴めず呆然としたままのコンラッドの腕を掴み外に出ようとした。

「おいっ!!」
「あっちのことなら心配しなくていい。彼に殺意がないことくらい分かるだろ。」

視線を二人に移す。

殺意どころか、呆然としたまま言葉を発しないユートの様子から、二人がただならぬ仲だということは用意に想像できた。



「・・・・・・・・。」





「・・・・・・・・。」


背後で扉が閉まる音がすると共に、目を見開いたまま声を発せずにいるユーリの傍へゆっくりと近づくと、男はゆっくりと纏っていたフードをぬいた。

「コンラッド・・・。」

フードの中から現れたのは予想していたとおりの人物だった。

「お久しぶりです、ユーリ。」

にっこりと微笑みながら言われた言葉に、急激に目頭が熱くなる。

「コンラッドっ!!」

ぎゅっと胸に抱きつくと、コンラッドも優しくユーリの背に腕をまわした。


「・・・・・会いたかった。」
「俺もです。」


どちらからともなく抱きしめる力を強める。




「・・・・・・さっき言っていたことですが。」

その言葉にユーリの体がビクリと揺れた。

「本当にここに残るつもりなのですか?」
「・・・・・・・。」
「・・・・俺と一生会えなくてもいいと、あなたは言うのですか。」
「違うっ!!」

ばっと体をコンラッドから離すと、ユーリはまっすぐにその瞳に視線を移した。

「違うよ。 コンラッドに二度と会えなくなるなんて絶対嫌だ。・・・でも、」

ゆっくりと瞼を伏せる。

「それでも、あんな状態のあんたを置いては帰れない。あんな、寂しそうな目をしたコンラッドを置いてなんて・・・。」


思い出すのは、暗く冷たい目をしながら、死を求め、幸せから逃げようとしている姿。

「もしかしたら俺にも何か出来ることがあるかもしれないんだ!  この国を守ってくれたコンラッドに何か返すことが・・・・。」
「ユーリ・・・。」
「あんなコンラッドを見てるのはつらいよ。自分で自分を責めて傷ついてる・・・。」

ぎゅっと、眉に力を寄せてユーリは呟く。

「もしかしたら、俺にも何かコンラッドに出来ることがあるかもしれないっ!!だから、それが終わるまでは帰れないっ!」
「ユーリ・・・。」

肩を震わせながら話すユーリを見つめる。

「それは・・・、できません。」
「なんで・・・・。」

言われた言葉にユーリが悲しみの混ざった表情を向ける。

「あなたの魔力はもう限界まで消耗されています。これ以上滞在すればあなたの命が危ない。」
「でも・・・っ!!」



「俺が証拠です。」
「えっ?」



「今、俺が幸せに生きている。これが証拠ではたりませんか?」
まっすぐにコンラッドはユーリを見つめる。
「今の俺は不幸そうに見えますか? 彼ならば大丈夫です。これくらいで潰れたりはしません。」
「・・・・・・。」
「だから心配しないで下さい。これから彼はちゃんと生きて、幸せを見つけれますから。」

安心させるかのようにゆっくりとコンラッドは言葉を紡ぐ。

「・・・・・・本当?」
「えぇ。」
「・・・・・ちゃんと幸せになれる?」
「俺を信じて。彼はこれから幸せを見つけます。 今は確かに辛そうに見えるけれど、ちゃんとこれから前を向いて歩いて行きます。そして自分の力で幸せを手にいれます。・・・だから、大丈夫ですよ。」


その言葉を聞き終えると、真剣な表情を浮かべているコンラッドをじっと見つめた後、ユーリはほっと小さく息をついた。


「そうか、・・・・・・・・良かった。」


そういい残すとユーリはコンラッドの胸に寄りかかるようにして意識を手放した。

浮かべられた表情は晴れやかだ。



ゆっくりとその前髪を梳くと、コンラッドは微笑した。


「帰りましょう、貴方のあるべき時へ。」





「・・・お前達はユートと一体どういう関係なんだ。」

外に出るなりコンラッドは問いかけた。辺りはすっかり暗くなっている。

「ユート?彼は君にそう名乗ったのかい? ・・・・・まったく、君たちは本当に羨ましいほど熱いねぇ。」



「・・・・やっぱり偽名だったのか。」
ぶつぶつと一人呟く村田の言葉を聞きながら、コンラッドは、聞こえないくらいの小さな声でポツリと呟いた。

「それで、俺に一体何の用なんだ。」
視線を村田に向けなおすと、コンラッドは鋭い視線を向けた。
「・・・・率直に言おう。僕らは正確には20年後から来た。」
「・・・・・・。」
「あれ、あんまり驚かないんだね。」
予想外の様子に村田が目を瞠る。
「いや、そのようなことをユー・・・・、彼が倒れる前に言っていたからな。」
「そうか・・・・・。なら分かるだろう?僕らが今ここにいるのは本来許されないことなんだ。だから、彼は連れて行く。」
淡々と紡がれる言葉に小さく頷くと、コンラッドは静かに問いかけた。
「・・・・・俺はこれからどうなるんだ。記憶を・・・・記憶を消されるのか。」
「消しはしないよ。封印はさせてもらうけどね。」
「・・・・・そうか。」
「やけにあっさりだね。本当に君はこれでいいのかい?」
先程から身じろぎもしないコンラッドの様子にいぶかしみながら村田は問いかけた。
「・・・・俺に出来る唯一のことだからな。」
「えっ?」
「彼には感謝してもしきれないほどのものをもらった。 生きる価値も、すべて・・・。」

一瞬遠くを思うような視線を向けた後、ゆっくりとコンラッドは村田に向き直った。

「俺はこれからどうせ記憶を封印されるんだろう? ならば教えてくれないか、彼の、本当の名を・・・。」

数秒の逡巡の後、ゆっくりと村田は口を開いた。

「・・・・・彼はユーリ。渋谷 有利だよ。」

「ユーリ・・・。」


噛み締めるように、優しくコンラッドはその名を呟いた。



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