++待ち伏せ  後編++



一方、噂の二人はそんなことつゆ知らず悠々と道路を走っていた。

「それで、一体何の用なんですか?」
慣れた手つきでステアリングを握る横顔を見つめる。
「んー、別に用ってほどのもんでもないんだけど・・・・」
「?じゃあ一体何の為に。」
「ぼーっと赤城走ってたら、何か急にお前のこと思い出してさ。気がついたらここに来てた。」
さらりと言われた言葉に思わず顔が赤くなる。
「・・・・・・・よく、学校分かりましたね。」
「ん?あぁ、お前がバイトしてるガソスタで聞いてきたから。池谷だったかな?そいつが教えてくれた。」
「・・・・・・・・先輩びっくりしてませんでしたか?」
「?なんでビックリするんだ?」
「・・・・・・自分が有名だって自覚あります?」
「そのセリフそっくりそのままお前に返すぜ。」

そう言って啓介は声を立てずに小さく笑った。
その不意打ちの笑顔にさらに拓海の頬に血が上る。

「あの、今日はこの後どこに行くんですか」

赤くなった顔を隠すように、窓の外に視線を移しながら尋ねる。

「ん~別に何も考えてなかったんだよなぁ~・・・どっか行きたいところあるか?」
「いえ、別に。」
信号で車が止まる。ちらりと助手席に視線を向けるが、拓海は一向にこっちを見ようとせず、ずっと窓の外を見たままだ。
「おい、拓海」
「何ですか?」
呼びかけてみるが振り返る気配はなく、ただひたすら窓の外に視線を泳がせている。



―――――面白くねぇ・・・・――――――



そう思うなりさっと道路から外れると人通りのない道に車を止める。
「なぁ、拓海。」
「はい?」

車が止まっているにも関わらず、いや、それにすら気づいているのかいないのか依然窓から視線を外そうとはしない。




「・・・・・・・・・さっきの友達と一緒に遊びに行ったほうが良かったか?」
「え?」
ボソリと啓介が呟く。そのいつもより低い声に不審に思い振り返ると、どこか怒ったような、拗ねたような表情を浮かべた啓介がいた。
「別に無理して来なくても良かったんだぜ。」
「ちょ、何言ってるんですか?」
「窓の外ばっか見やがって、俺といるのはそんなに退屈か?」
「違いますよ。急に何言ってるんですか。」
「じゃあなんでこっち向かなかったんだよ。」
「!」
その言葉にさっきの啓介の笑顔を思い出し、またしても顔が熱くなる。
「知りませんっ!」
「あ、おい拓海っ!言ってるそばから外を見るな!!俺を見ろ!!」
「うるさいっ!!!」

その時、ふと後ろを向く拓海の耳が真っ赤なことに気がついた。
それによく見れば、耳だけじゃなく首も真っ赤で、おそらくは顔も・・・―――。

「拓海?」
「・・・・・何ですか?」
「もしかして・・・・・照れてるのか?」
「!」
「ふ~ん・・・そうだったのか・・・・」
「違いますよっ!!」
「だったら顔見せて見ろよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
少しためらいながらもその言葉におそるおそる顔を上げる。でもその顔はやっぱり真っ赤で・・・。

「真っ赤じゃん。」
「うるさいっ!」
怒鳴って再び顔を逸らそうとするが、啓介の手がぱっと伸びてきて拓海の顎を掴むと、そっと自分の元へ引きその唇に口付ける。
「んっ」
思わず小さく息が漏れる。しかしそれすらも奪うかのように深く口付けると、啓介は静かに唇を離した。

「頼むから俺以外にはそんな顔見せないでくれよ。」
「どんな顔だよ・・・・。」
少し潤んだ目でじっと睨んでくる姿に思わず苦笑が漏れる。
「そんな顔だよ。まったくんな顔されたら帰したくなくなるだろ。」
「帰してくれなきゃ困ります。俺配達しなくちゃいけないし」
「いや、それは分かってるけど・・・ってか拓海お前もう少し情緒ってもんを理解しろよ。」
「はぁ。」
「ま、そこがいいんだけどさ。」

そう言って、その額に軽く触れるようなキスをする。

「ちょっと!!誰か見てたらどうするんですか!!」
そう言ってドンっと啓介を突き倒すと、その唇が触れたところをゴシゴシとぬぐう。
「あっ!てめぇ、拓海今拭きやがったな!!それにキスならさっきもしたじゃねーか!」
「あれはあんたが無理やりしたんでしょーが!!」
「なんだとっ!お前だって声出して気持ち良さそうにしてたじゃねーか!!」
「だ、誰がそんなことしたんだっ!!!もういいっ!ここで降ろして下さい!!」
「あ、待てっ!!!」

慌てて、今にも車から下りようとする拓海の動きをくい止める。

「ちょっと、離して下さいっ!!」
「だーもうっ!俺が悪かったから車から降りるなんて言うな!!」
「・・・・・ふん。」

その言葉にようやく動きを止めた拓海に思わずほっと溜息を付く。



――――――――まったくこの俺がここまで振り回されるなんてな・・・・・



隣に座る人物を見つめながら啓介は一人胸中で呟いた。

ほんの少し前までは、他人のことなんてどうでも良くて、こんなに他人の一挙一動に左右されるなんて日が来るとは思っていなかった。
ただ何もかもから逃げ出したくて、何も考えずにいきがって一人でバイク転がしてたことがあったなんて嘘みたいだ。



そこから引きずり出してくれたのは兄貴だけど、


本当の楽しさを教えてくれたのは・・・―――――、



「で、どこに行くんですか?」
「え?」

その声にはっと我に返る。

「どっか連れて行ってくれるんでしょう?」

そう言って先ほどの不機嫌はどこへやら、嬉しそうに話す拓海の笑顔に一瞬言葉を失う。

「啓介さん?どうかしましたか?」
「え?あぁ、何でもねぇよ。」

くしゃりと拓海の頭を撫でて、再びステアリングを握り締める。

「じゃあとりあえず秋名山でも行くか!」
「えーっ?!俺毎日行ってるんですけど。」
「いいだろ?俺最近あんまり行ってねぇし。」
「まぁ、いいですけど。」

ブツブツと言いながらもどこか嬉しそうに窓の外に視線を向ける姿を見つめる。



――――――――あの頃は存在さえも知らなかったこの気持ち・・・・・



「それじゃあ、俺様の華麗なドライビング見とけよ!」

そう言ってステアリングを握ると、真っ青に晴れ渡る空の下を、滑るように車が動き出す。

「言っておきますけど、怖かったら下りますからね。」
「ばか言ってんじゃねぇよ!」

微かな笑い声が車内に響き渡る。





――――――――あの頃は存在さえも知らなかったこんな気持ち





――――――――もう二度と手放せそうにはない




Fin



(07.6.11)




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