「国境近くの小さな村にちょっとした穴場があるんですよ」
それが始まりの言葉だった。
~君の名もマ王! 前編~
「うわぁ~どれもすっごくうまそうっ!」
目の前に並んだ料理にユーリは瞳を輝かせた。
「やっぱり来て良かったなっ!」
「そうですね。」
嬉しそうに声を上げるユーリにコンラッドも嬉しそうに微笑んだ。
*
二人は今、国境沿いの小さな村に来ている。始まりはコンラッドの「国境近くの
小さな村にちょっとした穴場があるんですよ」という言葉だった。
その言葉を聞いた瞬間、どうしても行きたいという衝動にかられ、
「自分の目でみんながどんな風に過ごしているのか見てみたい」
というようなことをいつものおねだりの方法でギュンターに言ってみたら、
「ご立派です、陛下っ!!」と汁を撒き散らしながらも快く了承してくれた。
いつもなら文句を言うヴォルフラムもちょうどその日から実家に帰っていて、一週間程留守にしている為、わりとすんなりと事が運んだ。
ただグウェンダルは最後まで渋い顔をしていたけれど、突然のアニシナさんの来訪のため、実験室から帰らぬ人となり、その隙にと逃げるように城を出てきた。
*
「うんっ!ウマイっ」
料理を口いっぱいに頬張りながらユーリは嬉しそうに声を上げた。
と同時に、何やら戸の外の辺りが騒がしくなり始めた。
「なんだ・・・・・?」
不思議に思っていると、コンラッドがすぐ横を通りがかった男に声を掛けた。
「一体何の騒ぎなんだ?」
「あんた達知らないのかいっ?!今日魔王陛下がこの村にお立ち寄りになられるん
だよっ!!」
「ぶ・・・・・っ!!」
思わず食べていた料理を喉に詰まらせてしまった。
「それは本当なのか?」
「あぁ。三日くらい前から皆噂してるよ。なんでも従者の方も連れての訪問らしい」
それだけ口早に語ると男は時間が惜しいとばかりに扉の外へと駆け出して行った。
「・・・・・・コンラッドぉ」
ちらりと不安げにコンラッドを見上げる。と、コンラッドは顎の下に手をやり考え込んだ。
「俺達が行く先を決めたのは確かちょうど三日前。でも知っているのは城のごく一部だけのはずなのですが・・・・・」
不思議げに首を傾げる。
――――――情報が漏れたとは考えにくいのだが―――――
そうして頭を巡らしている内に戸口にはすでに人だかりができていた。
その様子を視界に捕らえるとコンラッドは思考を一旦断ち切った。
「とりあえずここは騒ぎになる前に一旦帰った方が良さそうですね。幸いまだ誰も気付いていないようですし」
その言葉にユーリは悲しげな表情を作った。
「また来れますよ」
優しくユーリの髪を撫でながらコンラッドは微笑した。その仕草にユーリは諦めたように嘆息した。
「・・・・・・分かってるよ。仕方ないよな、騒ぎになっちゃ大変だし。・・・・・・でも、せっかくのアンタとの旅行だったから楽しみにしてたのに」
ポツリと最後に呟かれたユーリの言葉に、今にも抱きしめたくなる衝動をなんとか耐えて、コンラッドはそっとその髪を梳いた。
「俺も楽しみにしてましたよ。また絶対に来ましょう、二人で」
「・・・・・・・うん。」
そう言って二人が名残惜しげに腰を上げたとき、外から一人の男が走りこんできた。
「ま、魔王陛下がお、おいでになったぞっ!!」
「な、何だって?!!」
その言葉に全員が一目散へと扉の外へと出て行った。
静まり返った室内には二人だけが残された。
「え~と・・・・・。一体どうなってるんだ?」
「・・・・・・それが俺にもよく。とりあえず行ってみましょうか。」
*
「うわぁ、すっげぇ人だかりっ!!」
店の外へでると既にそこは人で埋め尽くされていた。すると、なにやら遠くのほうからざわめきが起こった。
「なんだ・・・・・・?」
ちらりと視線をそのざわめきが起こった方へ向けると、何か大きな馬車のようなものが向こうのほうから向かって来ていた。
中から手を振る人物に皆が、「魔王陛下っ!!」と声を掛けている。
段々とその馬車が二人の傍に近づいてきて、ふと、その中にいる人物の姿が視界に写った。
美少年という名がふさわしいような容姿、高貴な身分を思わせるような柔らかな手つき。だが、そんなことよりも二人の視線は、その少年の頭部へと注がれていた。
「な、なぁコンラッド、確か黒髪ってこの世界には俺しかいないんだよな??確認ミスとかないよな。」
少年のキラリと輝く黒髪を指差しながらユーリが尋ねる。
「ありませんよ。確かに黒髪はこの世界には貴方しかいません。」
「と言うことは、あれってもしかして俺? だとしたら、なんかすっげー申し訳ないんだけど、俺あんなにかっこよくないよ。」
「変なこと言わないで下さい。魔王陛下は貴方一人です。それにユーリの方が何倍もかわいいですよ。」
「かわいいって言われても嬉しくないから・・・・、って、あれってもしかしてヴォルフラム?!」
馬車の中の魔王陛下の横に鎮座している金髪の少年を指差してユーリは言った。
「・・・・・のつもりらしいですね。」
「やっぱり?でも、こっちは本物の方が美少年かもな。んっ?あっちはもしかしてグウェンダル?!!あっ、あっちの奥はギュンター?!勇気あるなぁ。俺ならギュンターの役はちょっと引け目感じちゃってできないよ。」
次々と現れるそっくりさん達にユーリはどこか楽しそうだ。
「んっ?そういえばコンラッドは――――・・・・・・」
ぐるりと、コンラッドのそっくりさんを探すべく視線を巡らしたが、それらしき姿を目にとめるなりユーリは言葉を失った。
「ぷっ・・・・・・」
思わず漏れてしまった笑い声に我慢していたものがあふれ出す。
「あはははははっ!!」
「・・・・そんなに笑わなくても。」
「ご、ごめんっ、だってあれ・・・・。」
ふるふると震える指でユーリが指した指の先にいたのは。
今にもはちきれんばかりの軍服に身をつつみ、歩く足音はどすどすという音を奏で、見ただけでは誰のものまねか分からないが、さらりと揺れる茶色の髪と、カーキー色の軍服が判別を可能にしていた。
「あ、あれがコンラッドっ・・・・!!」
未だ収まらない笑いにふるふると肩を震わせて笑っていると、ふと馬車が目の前を通り過ぎるときに、中の魔王陛下らしきコスプレをした人物と目があった。
「や、やばいよコンラッド目があっちゃた。笑ってたのばれちゃったのかな?」
「かもしれませんね。」
「なぁ、でも俺がいてあいつらが魔王陛下御一行っていうことは、もしかしてあいつらって偽者??」
「もしかしなくてもそうです。」
「だよなぁ。俺がここにいるんだもんな。んっ??でもあいつらの目的って何なんだろ?まさかなりきり仮装パレードだけが目的だとは考えにくいんだけどな」
「それは俺にもよく分かりません。とりあえず少し探ってみないと。」
「そうだよなっ!!ということは本物としてここは一つ調査が必要だよなっ?!んじゃ当分はまだここにいなくっちゃいけないというわけで、まだここに居てもいいんだよな?!」
「そうですね。」
にっこりと微笑しながらコンラッドが答える。
「やったー!!んじゃ、まずはさっきの料理食べに行こうぜ!ほら、早く、コンラッド!!」
「えぇ、でも一つだけ約束して下さいね。」
差し出された手を取りながらコンラッドが答える。
「えっ?何?」
「陛下はあの者達に近づかないで下さい。」
「えぇ?!でも、」
「調査は俺がします。あいつらの目的が何か分からない今、陛下は絶対にあの者達に近づかないで下さい。」
「でもそれじゃあ!!」
「お願いです、これだけは約束して下さい。でなければここをすぐに去らなければ行けません。」
真剣な表情でそう語るコンラッドの姿を見ると、反論したくても出来ない。
「・・・・・・・・分かったよ。」
その言葉にほっと息を吐くと、コンラッドはそっと、その手を引き寄せた。
「出来るだけ早く終わらせますから。」
「・・・・・・・・うん。」
胸に顔を埋めながらユーリが答える。ふと、脳裏に先程の光景が浮かんだ。
「でも、あのコンラッドとは少し話ししてみたかったなぁ。」
ピシリと音を立ててコンラッドは固まった。
次回は「ふとっちょコンラッド、ピュアならぶストーリー」をお届けする予定です。。ちなみに書いている本人はふとっちょラブですvv
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