~君の名も魔王! 中編~




「うぅ、暇だ~・・・・」

誰もいない部屋でユーリは一人ベッドに突っ伏したまま唸った。

あの後、部屋に着くなりコンラッドはすぐに調査の為に部屋を出て行ってしまったので、部屋にはユーリだけが残された。

「はぁ。」

枕に顔を埋めながら小さく溜息をつくと、ふと窓の外から人の声のようなものが聞こえてきた。

「んっ??」

不思議に思って窓の外を眺めると、そこには一心不乱に剣を振る、昼間行列の中で見た"コンラッド"の姿があった。

「なにしてるんだ、こんな時間に・・・・?」

ぶんぶんと剣を振り回している姿は、明らかに剣に振り回されていて、お世辞にも上手いとは言えない。 と言うか、もしかしたら初心者の俺よりも下かも知れない。

そう、ユーリが頭を巡らしていると、"コンラッド"が足元にあった石につまずき、派手な音を立てて、前のめりに倒れた。

「うわっ、痛そうっ!!」

その痛さを想像し、ユーリは思わず顔を顰めたが、"コンラッド"はそっとその土を払い、 痛みに耐えるように立ち上がると、再び猛然と剣を振るい始めた。


膝から血を流しながらも一心不乱に剣を振るうその姿からは、彼が悪人だと言うことは微塵も考えられなかった。

「・・・・・・・・・・・。」

その姿を見た後、彼の周りに他に人が誰もいない事を確認すると、ユーリはそっと部屋を出た。






「何やってるんだ? こんな時間に。」

突如背後から掛けられた声に、大げさなくらい"コンラッド"の肩が大きく揺れる。

「君は・・・・・・・?」

振り返った先の少年を見て、"コンラッド"は首を傾げた。だが、その様子を気にしたふうもなく、つかつかとユーリは傍に歩み寄った。

「剣の練習してたのか?えらいなぁ、でも、宿に戻らなくていいのか?アンタの陛下を守らなくて大丈夫なのかよ」

その言葉に"コンラッド"はあからさまにしょんぼりとした表情を見せた。


「・・・・・・・あそこには俺よりも、よっぽどしっかりとした奴らが守っているから大丈夫だ、それに・・・・」

一瞬泣きそうな表情を作った後、コンラッドはポツリと呟いた。

「・・・・・・・・入れてもらえないんだ。」
「はっ?」
「お前は場所とるからって、いるだけで部屋の温度が上がるからって、」
「そ、それはなんとも・・・・・・でも、なんでそんな事言われてまで、その人に仕えてるんだよ? いやにならないか?」
「それは、」

さっきまでの情けない表情を一変させて、コンラッドは瞳を柔らかく細めた。

「俺の両親が死んで、親戚からも見放され、路上での生活をしていた時に、拾ってくれたのが、あの人だったんです。」



――――何やってるんだ、こんな所で―――――



脳裏に浮かぶのは何時まで経っても色あせること無い、あの日のこと。


「ボロボロの姿の俺の手を握ってくれて、」



――――行くところがないのか、だったら俺と一緒に来ないか?――――



「あの方がいなかったら俺はきっと、今生きていない。なんの取り柄もない俺だけど、あの人の傍にいたいんだ。だから、」

最後の方は何処が自信なさげに、コンラッドは視線を外した。

「・・・・だから、こうやって練習してるんだけど・・・・・・、何時まで経っても上手くいかなくて」

そう言って握り締めていた剣をゆっくりと力なく下ろした。

その瞬間、ユーリはその開かれた手の中にいくつもの豆が出来ていることに気がついた。



「そっか・・・・・」

ポツリとそう呟くと、ユーリはにっこりとコンラッドに微笑んだ。


「頑張れよ、絶対上手くなるって。じゃあ俺もう行くから、」

ドンと汗で濡れるその厚い胸板を叩いて、ユーリはそっと踵を返した。




その背が見えなくなるのを確認してからコンラッドは再び剣を猛然と振り回し始めた。






「・・・・・リ、・・・・、ユーリ!」
「えっ?な、何!!」

名前を呼ばれて、はっと辺りを見回すと、コンラッドが怪訝な顔をして立っていた。

「どうしたんですか? なんだか眠そうですね、目も少し腫れているような、・・・・昨日ちゃんと寝ましたか?やっぱりもう少し寝ていた方が、」
「いやっ!!だ、大丈夫っ!!旅行だからって一日でもさぼったら体がなまる、あっ、それより昨日はどうだった?何か分かったりした?」
ロードワークの為に、準備運動をしながら、ユーリはコンラッドに問いかけた。
「いえ、それが、詳しいことはまだ何も」
「そっかぁ・・・・・一体何がしたくて来たんだろうな?そんな悪い奴には見えなかったのに、アイツ・・・・」
「アイツ?」
「へっ??あっ、いや、あの人たちっ!!あの人たちだよっ!!昨日見た限りじゃあ、あんな美形が悪いことしなさそうだなぁ~って思ってさ」
「ユーリ?」
にっこりと笑顔を浮かべ、だが、目は決して笑っていないコンラッドがジリっと距離を詰めて来た時、背後の草ががさりと音を立てた。すぐさま、コンラッドがユーリを庇うように前に立つ。


「やぁ、また会えたね。」


草むらから現れたのは、昨日あの行列の中で見た、黒髪、黒目の"魔王陛下"だった。その後ろには、昨日の夜に会った、コンラッドもいた。

「何でこんなところに?」

ユーリが首を傾げていると、その横を、すっと通り抜けて、魔王陛下はそっとコンラッドの腕に自身の腕を絡めた。

「なっ・・・・!!」


「昨日あの馬車の中から一目貴方を見たときから、ずっと貴方のことが気になっていたんだ。どうだい?このあと一緒に散歩でも。」

一瞬状況が掴めず呆然としたコンラッドだったが、数秒後、にっこりと微笑むと、その腕をとった。

「そうですね。魔王陛下と朝を一緒に過ごすなんてそんな栄誉のあること、断る理由がありません。」

「ちょちょちょちょっと待ったっ!!!」

そのまま、二人で歩き出そうとしたので、慌ててユーリが手を伸ばそうとしたとき、コンラッドがその耳にそっと呟いた。

「情報を集めてきます。すぐ戻りますから、貴方は宿で待っていって下さい。」

そういい残すと、コンラッドは颯爽と森の奥へと消えていった。




「~~~~~~~っ!!!そんなんで納得できるわけないだろっ!!」

そう叫ぶとユーリは同じように取り残されていた"コンラッド"へと手を伸ばした。

「行くぞっ!!」
「えっ?行くって・・・・」
「決まってるだろ?!二人の後を追いかけるんだよ!好きなんだろ?あいつのことが、アンタは。」
「えっ?!!なんで知って!!」
「あんな嬉しそうな顔して話してたら、誰でも分かるよ、それよりも、早く追いかけるぞ、見失っちまう!」

ぎゅっと、その手を握り、引っ張ったが"コンラッドは動こうとしなかった。

「何やってるんだよっ!!」
「・・・・・・俺は行けない。」
「なんで?!」
「・・・・・こんな何の役にも立たない俺なんかよりも、あの男と幸せになった方が、あの人の為になると思うから。だから、」
「何言ってるんだよっ!!」

ばっとその手を振り払うとユーリは叫んだ。

「じゃあ何で今も夜な夜なあんな剣の練習なんてしてるんだよ!!アイツに見合う奴になりたいから努力してんだろ?!アイツが好きだからしてるんだろ?! 自信が無くたって、なんだって、言ってみなくちゃ分からないだろっ?!そんな言う前から諦めててどうするんだよっ!!」

それだけ、一気に言い切ると、ユーリは荒く肩で息を付いた。

「・・・・・・・それが、あんたのしたい愛し方なのか? とにかく俺はもう行くから。」

そういい残して、ユーリはその場から駆け去った。

何も言えずに俯いたままの彼だけが残された。





森の中を、歩きながら、辺りに二人しかいないことを確認すると、コンラッドは口を開いた。
「ここへは一体何しに来たんですか?」
「変なことを聞くんだね、王が自分の治める国を見に来るのに理由なんて必要かい?  でも、そうだな確かにちょっとした思いがあって来たのは確かだね。」
「それは、どんな?」
「ふふふ、知りたいかい? だったら口付けをしてくれたら話してあげよう、どうだい?悪い話ではないだろう?魔王陛下の唇に触れたとあれば君も鼻が高いだろう?」

数秒間考えた後、コンラッドはそっとそのまま瞳を閉じている魔王陛下へと一歩近づいた。

二人の影が、重なる。


その時、


「だめだっ!!!」

向こうから、突如声が上がり振りかえると、駆けてくるユーリの姿があった。


「なっ!!!!!」
「こいつは渡せないっ!!」
二人の傍に辿り着くなり、ユーリはコンラッドの手を握り締めた。

「行くぞっ、コン、じゃなかったカクさんっ!!」

「なっ、おいっ!!!」
慌てて手を伸ばすが、既にユーリに引きずられるように二人は背を向けて走り去っていた後だった。


その場には、行き場をなくした彼だけが残されていた。







その頃町ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

「お、おおおおおおおいっ!!」

一人の男が、酒場に一枚の紙を握り締めながら駆け込んできた。

「んっ?どうした??」
「こ、これ見ろよ、城下に住んでいる知り合いから送られてきたんだけど、こ、ここっ!!」
「んっ?この紙がどうかし、・・・・・こ、これはっ!!!」







「ゆ、許さないからなっ!!魔王である僕を馬鹿にしてっ!!!」

ずかずかと足音荒く、部屋への道を歩きながら、"魔王"は呟いた。

「カーティス、クレス、レイス!!あいつらに目にもの見せてやる!!」

バンと、扉を開け、中にいるものに声をかけるが、返答はない。

「??????」

「カーティス?クレス?レイス??」

きょろきょろと辺りを見渡しながら、名前を呼んでいるとふと、机の上に一枚が紙が置いてあることに気がついた。

そっと、それを持ち上げたとき、


激しく、扉が叩かれる音がした。




ちなみにカーティスはグウェンダル、クレスはギュンター、レイスはプーを指しています。

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