~君の名も魔王! 後編~



「信じらんねーっ!!」

どすどすと足音荒く、ユーリはコンラッドの手を引きながら森の中を駆けていた。

「どうしたんですか?ユーリ。何に怒っているんですか?」

分けがわからないといった様子で首を傾げるコンラッドにユーリは怒った様子で振り返った。

「何にって・・・っ!! 俺があそこで来なかったらあそこでアイツにキ、キスするつもりだったんだろっ?!!」
「まさか。」

予想外の言葉だったのかコンラッドは目を丸くして答えた。

「だってっ!!」
「あそこで、ユーリが来なかったら、締め上げてでも聞き出していたところでしたよ。」
「はっ?」
「だから、キスしようとしたんじゃ無くて、締め上げようとしてたんですってば」
しれっとした表情でコンラッドは答えた。
「し、締め上げ・・・・・・で、でもコンラッドそれはちょっとマズくないか? まだアイツらがどんな奴らかも分からないのに、」
「偽者だということはハッキリしていますからね、遠慮はいりません。だからわざわざ貴方にそんなところを見せないように離れたのに」
「そ、そうだったんだ・・・・・・。」

「貴方以外の誰かに俺がキスなんてする分けがないでしょう?」
「うん・・・・・。」
「まさかユーリ、俺を信じてなかったんですか? そう言えばあの後聞き忘れていましたけど、アイツとはいつ知り合ったんですか?」
「えっ?!」
突然変わった話題にユーリが焦ったような声をだす。
「どうなんですか?」
「い、いや、あれは・・・・・・・んっ?何だ、あれ」

何とか言いつくろおうとユーリが言葉を探そうと頭を巡らした時、森の向こうの異様な人だかりが目に入った。







「おいっ!!出でこいっ!!お前が偽者だって言うことは分かってるんだっ!!」
「そうだ、出でこいこの偽者っ!!」

今にも扉を壊さん勢いで男達が勢いよく扉を叩いた。



「な、なんで・・・・・・。」


ドンドンと激しく叩かれる扉の向こう側で、艶の失った黒髪に手を差し込みながら、魔王と名乗っていた少年はぶるぶると部屋の隅で震えていた。


―――――もうお前の芝居には付き合っていられない――――――



机の上の紙には簡潔に一文だけが記されていた。

「出でこいっ!この嘘つき野朗つ!!ネタはあがってるんだっ!!」
「そうだ、そうだっ!!」

そう言って扉の前で手を振りかざす男の手には一枚の紙が握られている。

“眞魔国日報”と書かれたその紙には、黒髪の青年と、金髪の天使のごとき少年がかわいい女の子と手を繋ぎながら笑っていた。

「全然違うじゃねぇかっ!!よくも俺らをダマしたなっ!!」



「わ、私は・・・・・・っ!!」
恐怖でがたがたと震えていると、ガシャンッと背後で勢いよく窓が割れる音がした。

「リオン様っ!!!」

窓から現れた男を目に留めつなり、リオンと呼ばれた黒髪の少年は目を見開いた。

「ガ、ガイっ!!」

隣の木からつたって来たのだろうか、カーキー色の軍服にはところどころに葉っぱが付いている。

「リオン様っ、ご無事でっ?!」

何とか体を狭い窓から体をよじって中に入れると、すぐさま座り込んだままの少年の下へと走りよった。

「リオン様っ??」

呆然としたまま一言も発しない少年に訝しんでガイは首を傾げた。

「なんで・・・・・・。」
「えっ?」
「何で、ここにいるんだ・・・・・・。」
「あっ、えと、すみません・・・。入ってきたら怒られるのは分かってはいたんですけど、その、」
「そうじゃなくて!!どうしてこんなところに来たんだっ!!他の奴らはみんな逃げたって言うのにっ!!」

その言葉に初めてそこに自分と彼以外誰もいないということに気がついた。

「俺を嘲笑いにきたのかっ?!」
「違いますっ!!俺は、俺は貴方を守りに来たんです。」
「お前みたいな奴に何が出来るっていうんだっ!!」

キッと目の前の青年睨みつけると、ふとその手が割れたガラスの破片で血まみれになっていることに気がついた。

「・・・・・・・・・・・。」
「確かに俺には何の取り得もありません。 こんな何の役にも立たない奴いっそいないほうが貴方の為になるのではないのかとも考えました。 でも、何も出来なくても俺にはこの体があるっ!もしかしたら貴方を飛び交う矢くらいからなら、 この体を生かして貴方を守れるかもしれないっ!!」

ドンっと厚い胸板を叩きながらガイと呼ばれた青年は声を張り上げた。

「こんなことで貴方にもらった恩を返せるとは思いませんが、これが俺に出来る唯一の貴方への恩返しです。」

その言葉を聞くなりすっと視線を落とすと、リオンはポツリと呟いた。

「何で・・・・・・・」
「えっ?」
「何で俺なんかにそんなことしてくれるんだ?俺はいつも自分のことばかりで、お前には酷いことしか言ってこなかったのに・・・・・。」

その言葉にガイはふっと視線を和らげた。

「俺は、俺の名前はガイ・カーティス。リオン様に生涯の忠誠を誓うものです。 何もなくっても、貴方の側にいられるだけで幸せなんです。」
「ガイ・・・・・・・・・・・。」
「貴方を愛しています。」
「・・・・・・・・・・・・・っ!!」

告げられた言葉にリオンが目を見開いたと同時に、扉の向こうから声が響いてきた。




「ちっ、出てこないな、おいっ!!火をつけるぞっ!!!!」



「「・・・・・・・・・・・・!!!!」」



二人が聞こえてきた言葉に目を見開いた瞬間、



「待てーーーーーーーーーっ!!!」



一人の少年の声が辺りに響き渡った。


「な、何やってるんだよっ!!」
群集を押しのけるように、その小屋の傍まで走って来ると、ユーリは今にも火をつけようとしていた村人の前に立ちはだかった。
「何って、知らないのかっ?!あの卑しくも魔王陛下の名を語ってた奴らが、偽者だったんだよっ!!」
「えっ?!ば、ばれちゃったの??」
「何っ?!!お前もあいつらの仲間なのかっ?!!!」
「えっ?!い、いや違うよっ!!」
慌てて否定するが、既に何も聞こえていないのか顔を真っ赤にさせながら村人はユーリの方を睨んだ。
「おいっ!!こいつもあいつらの仲間だぞっ!!!」
そう叫ぶと同時に、周りにいた村人が今にも殴りかからん勢いでじりじりと間合いを詰めてきた。

すかさずコンラッドがユーリを庇うように前に立つ。

「ちょっと待てよっ!!違うって言ってるだろっ!!!」

「よくも俺達を騙したなっ!!」

一人の男性がじりっと一歩踏み出すと、大きくその手に持っていた棒を振りかざした。

それに反応して、かちゃりとコンラッドの手が剣にかかる。



「駄目だ、コンラッドっ!!」



ユーリがそう叫んだ時、



「ユーリっ!!!!!!」



聞きなれた声が、背後から掛けられた。

その場にいた全員が何事かとそちらの方を振り返る。

群集の隙間から見えたその姿は、今ごろは実家にいるはずのヴォルフラムの姿だった。


「ヴォルフラムっ?!!」



「どうしたんだ?」
突如静かになったのを不思議に思い、リオンとガイはそっと扉を開け、外の様子を窺った。 すると、ちょうど天使のような少年がきらびやかな馬車から降りてくるところだった。



ふわりと地面に足を下ろすと呆然としている町の人たちの前を気にした様子もなくずかずかと歩き、ユーリの傍までくるとヴォルフラムはキッとユーリを睨んだ。


「この、尻軽っ!!僕のいない間にコンラートと二人っきりで旅行に行くなんてっ!!!しかも、何だ!この髪はっ!!せっかくのキレイな髪が痛むから、あれほど染めるのはよせと言っているのにっ!! グレタっ!!」
「はーいっ!!」
声がした方を振り替えると、グレタが馬車からやかんのようなものを持って降りてくるところだった。
「な、何だグレタまでいるのか?!」
「ありえないとは思うがもし帰りたくないと言った時の為にな、さすがに娘に頼まれて帰らない父親はいないだろう。」
「き、きたねーぞヴォルフ!うわっ!!あつい、あついからっ!!」
グレタから受け取ったお湯をなんのためらいもなくユーリの頭に掛けると、ヴォルフラムはごしごしとその頭を擦った。




「・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!」




太陽の光を浴びて現れた黒髪がキラリと光った。


その場にいた全員が目の前の状況に目を見開いている中、先程紙を握っていた男が、 それに書かれている絵と目の前の光景とを見比べると、真っ青な表情で呟いた。


「ま、魔王陛下・・・・・・・・っ。」


その言葉が合図と共に、全員がその場にひれ伏した。


「「「も、申し訳ありませんでしたっ!!!」」」



「えっ?!な、何?? あっ!!!!」

慌てて頭を隠そうとするが、既に遅く誰もが顔を上げるのも恐れ多いというような様子で頭を地に着けている。

「あ、あの皆さん顔を上げてくださいっ!!」

そうは言うが、声が聞こえているのか疑うくらいに誰もがただ恐怖で蹲っていた。

「どうしよう・・・・・・・・・・・。」

困ったように、そう呟いて視線をあたりに巡らした時、扉の隙間から覗いていた、二人と眼が合った。


「あ・・・・・・・っ。」


血の気の引いた顔でただ呆然とリオンは目の前の黒髪の少年を見つめた。


――――――ほ、本物の魔王陛下・・・・・・っ!!!――――――


その様子を気にした風もなくスタスタと二人の目の前まで足を進めると、ユーリはピタリと足を止めた。

「なぁ、何でこんなことしたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

真っ青になって何も言えずに只ぶるぶるとリオンが震えていると、横からすっと伸びてきた手にぎゅっとその手を握られた。

はっとして顔を上げると、ガイが優しげに微笑していた。

その顔を見た後、覚悟を決めたようにぐっと歯を食いしばるとリオンはポツリポツリと話し始めた。

「・・・・・・・私が住んでいた村はこの村よりももっと遠い、山に囲まれた土地にあります。そこは、人も訪れず、毎日つまらない日々を過ごしていました。でも、ある日王都から来た旅の人が、今の魔王陛下について話してくれたんです。」


いつも明るい魔王陛下。それをとりまく個性的な従者の方々。笑いの絶えない血盟城。


「その話を聞いているうちに、見たこともない魔王陛下への憧れが募って・・・・、気がつくと村の友人達を集めて、ここへ来る計画を立てていました。」
「そっか、人づてに聞いた情報だったからあんなに微妙だったんだ・・・」
「申し訳ありませんでしたっ!!」
「いや、そんなに謝らなくても理由が分かれば俺はもういいんだ。それよりも出来れば村の人達に謝ってくれ。理由は何であれ騙していたのは事実なんだからさ」

そうユーリが言い終わると、そっと小屋の中から二人で出てくると、二人は地面に膝を付き頭を下げた。


「すいませんでした。」



「許してくれるかな?」
その言葉を聞き終わるなりユーリがひょこっと村人の顔を覗き込むと、慌てたように村人は首を振った。
「は、ははははいっ!!何も取られたっていうわけでもありませんし・・・・・」
「そっか。」
にっこりと微笑むとユーリは再び二人に向き直った。

「だってさ、良かったな! いつかさ、今度は城にも遊びに来てよ、二人でさ、待ってるから」
「は、はいっ」

顔を真っ赤にさせながらガクガクと頷く元魔王を見た後、最後にその背後にいる青年に視線を移すと、ユーリはにっこりと微笑んだ。


「何だか、良く分からないが解決したのか?だったら行くぞっ!!」
微妙な空気の流れる二人の間にぐいっと割り込むと、ヴォルフラムはその腕を引っ張った。
「へっ?行くって何処に??」
「何を言っているんだ、ここには何しに来たんだ?旅行だろう?ほら、せっかく来たんだから観光して帰るぞっ!! あっ、そうだ、ユーリの為にわざわざビーレフェルトからの土産を持ってきたやったんだ。」

そう言って、馬車の中へ再び駆け込んでいくヴォルフラムの姿を確認すると、コンラッドはユーリの横に並んだ。

「結局、旅行らしい旅行できませんでしたね。」
「うん。・・・・・・でも、」

チラリと視線をしっかりと手を繋ぎあっている二人へと移す。

「来てよかったよ。」

「そうですか。」
満足気に笑うユーリにコンラッドも瞳を和ませた。だが、次に呟かれた言葉にコンラッドは言葉を失った。

「あいつらさ、確かにみんなあんまり似てなかったけど、あいつはコンラッドに少し似てたよ。」
「・・・・・・・・・・ユーリ、それどういう意味ですか?」
「さぁなっ! 行くぞコンラッド、ヴォルフラムがあっちで怒ってる!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

走り去っていくユーリの後姿を見ながら、コンラッドは何も言えずにその場に立ち尽くした。



小さな爆弾を残して、夏はすぐそこまで来ている。





おまけ


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