第一話 ~獅子との出会い~
ふわりふわりと桜が宙を舞う。
その中をゆっくりと歩いていると、ふと前方に見知った人物を見つけ、ユーリは声を上げた。
「おーい、村田っ!」
「あぁ、おはよう、渋谷」
背後からの声に振り返ると、久しぶりの友人の姿に村田は笑みを浮かべた。
「春休みの間何してたんだい?」
「んっ?俺? そりゃあ野球見に行ったり、チームの練習に参加したりしてたよ」
「渋谷らしいね」
聞くんじゃなかったと肩を竦める友人の横に並ぶと、ユーリは歩調を合わせた。
「今日から俺らも高校生だな」
そう呟いてゆっくりと視線を頭上に咲く桜に向ける。
以前ここを通ったとき、自分はまだ中学生だった。
しかし〝高校生〟になったからと言って着ている学ランの校章以外変わったところはない。
小学生の頃は〝高校生〟と聞けば、もの凄い大人のイメージだったのに、今の自分とのギャップに少々悲しくなる。
(いや、でもこれからだよな・・・!)
そう思いながら歩いていると、ふと門を通るときに隣を歩く友人があっと声を上げた。
「んっ?どうした村田。」
横を見ると友人の視線は隣にある大学に移っていた。
「獅子サマだ。」
「はぁ?」
よく見ると友人の視線は構内を歩いている一人の学生に向かっていた。
「なんだよ、その獅子さまって。」
「あれ、渋谷知らなかったのかい?“ルッテンベルグの獅子”。隣のルッテンベルク大学で秋に行われる学祭で毎年ミスターとミスルッテンベルグが決定されるんだ。彼はその3年連続の優勝者だよ。だから彼についたあだ名が“ルッテンベルグの獅子”。」
「ふうん・・・・・・。」
再び視線をその人物に向ける。確かに遠めにも整った顔立ちをしているのが分かった。
でも………
「そんなにいいかな……」
ポツリと呟くと友人が驚いた視線を向けた。
「なんだよ。」
「いや、別にぃ」
何か含みのある笑いを浮かべながら友人は視線を前へと戻した。
「さ、急ごう。早くしないと遅刻するよ。」
「あっ、そうだった。おい、村田急ぐぞっ!」
そう言って走り出した友人の背中を村田は面白そうに眺めていた。
***************
――――ルッテンベルグの獅子かぁ…
昼休みになっても机から立ち上がろうともせずに、ユーリは先程からずっと朝見た人物のことばかりを考えていた。
確かに男の自分から見ても素直にかっこいいと言えるような顔立ちをしていた。
でも、そのときに見た瞳がどうしても忘れられなかった。
――――冷たい目をしてた…
脳裏に浮かぶのは何もかもを拒否するかのように冷め切った冷たい瞳。
一体彼はどうしてあんな目をしていたのだろうか。
いつもあんな目をしているのだろうか。
次々と浮かんでくる疑問に頭を悩ませていると、突然扉の方から誰かに呼ばれた。
見るとそこにはクラスメイトと、見たことのない一人の男が立っていた。
仕方なく思考を一旦中断してそちらの方に行く。
「何だよ?」
「お客さん。お前に用があるんだって」
それだけ言うと、クラスメイトの男は用が済んだとばかりに自分の席に戻って行った。
「えと、何か俺に用事?」
いまいち状況が分からずにそう尋ねると、目の前の少年はボッと顔を赤らめた。
「あ、あの、用事っていうか、だ、大事な話があるんだけど、ちょっと来てくれないかな?」
「えっ? いいけど。」
途端にパッと表情を明るくした男に、よく分からないままユーリはただその少年の後につづいて教室を出た。
****************
「実は僕前からずっと渋谷くんのことが好きだったんだ!」
校舎のはずれにつくなり少年は大声でそう言った。
ガーンと頭を木槌で殴られたような衝撃が走る。
(いや、高校生っていったら恋愛だろうけど、これは・・・・)
「あの・・・俺、男なんですけど・・・。」
「かまわないんだ、そんなこと!!」
ボソリと呟いたユーリの言葉に、少年は強く言い放った。
どうやらそれくらいで引き下がるようなタイプじゃないらしい。
―――――― 一体どう言って断ろう・・・
男に告白されるのは別にこれが始めてじゃないから別に
とびぬけて驚きもしないが、やっぱり理解は出来そうも無い。
そう思いつつもユーリがどうしたものかと頭をひねっているとふと視界の隅にある人物がはいった。
――――――あれは・・・・・
脳裏に今朝の映像が思い出される。
――――――ルッテンベルグの獅子!!
フェンス越しに見えるその人物は確かに自分が今朝見た人物に違いなかった。じっとそちらの方に目を向けているとふとそのルッテンベルグの獅子がこっちを向いた。
バチリと視線があう。
そんな様子に気づく様子もなく、目の前の少年はなおさら声を荒げて叫んだ。
「僕は本気なんだっ!!僕は本気で渋谷君のことが好きなんだっ!!」
じっとルッテンベルグの獅子はこちらの様子をみている。
――――――うわぁ・・・!!
思わず頬が熱くなる。
「わ、悪いんだけど、お、俺男に興味ないからっ!!」
慌ててそれだけ言うとユーリはその場から逃げるように走り去った。
「し、渋谷君っ!!」
背後で少年が叫ぶように名前を呼ぶ。だけどそれには振り返らずにユーリはただ走った。
だから、そのルッテンベルグの獅子がじっとその背中を見ていたことにユーリは気づかなかった。
NOVEL 次へ