第十話 ~Final Story~
「あ、渋谷おはよう!」
「はよ、村田」
次の日、教室に入るなり村田が声をかけてきた。
「あの後ちゃんとウェラー卿とは上手くいったのかい?」
「な、なななな、別に何もねえよっ!!」
一瞬にしてユーリの顔が赤く染まる。
「はいはい。上手くいったんだね。まったく君程分りやすい人間もいないよ。
あ、そういえば2組の『柳田』って知ってるかい?」
「柳田・・・・・?」
その言葉に一瞬首を傾げてから、あの裏庭に呼び出された日のことが蘇った。
『あの…僕…2組の柳田って言うんだけど…』
『はぁ…』
『実は僕ずっと前から渋谷くんのことが好きだったんだ!』
(余計なところまで思い出しちまった…)
あの後、コンラッドとバッチリ目があってしまったことまで思い出してユーリは顔を赤くした。
「何だかあいつ転校するらしいよ。」
「うそっ?!」
「まじ」
「いつ?!!」
「それが今日だってさ。ほんと急だよね。そう言えば渋谷この間あいつに告白されたとか言って…って、渋谷?!」
その言葉を聞き終わる前にユーリは教室から飛び出した。
「っおい!!」
校門を出ようとしていたところを呼び止められ、振り返った柳田は、そこにいた姿に息を呑んだ。
「し、ぶやくん……」
じわりと目元を潤ませると、柳田はその視線から逃げるように下を向いて、謝った。
「昨日はご、ごめんなさい……。こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、
本当にあんなことするつもりはなかったんだ……」
「あぁ。分ってるよ」
あの時、ナイフを握る手が震えていたことを知っていた。
それに間に入って勢いを殺すことも出来なかったわりに、コンラッドの受けた傷はそんなに深いものではなかった。
もしかすると本当に傷をつけるつもりはなかったのかもしれない。
「本当にごめんっ!!」
「いいよ、別に。それに謝るなら俺にじゃなくてコンラッドに謝ってくれ」
「うん。本当にごめん……。最初は……ただ好きだったんだ。だから告白して、ダメだった時も、
『男に興味がない』なら仕方ないかなって諦めたんだ…。でも、渋谷君がルッテンベルグの獅子と歩いてるのを見たら、
嘘つかれたとか、いろんな考えで頭がいっぱいになって……」
「う゛っ」
『男に興味がない』確かにそんなことを言って断ったような覚えがある。
―――でも……
「ごめん…でもあの時は嘘じゃなかったんだ。それに今も。ただ…コンラッドが特別で…」
ノロケのような言葉に、柳田は小さく苦笑した。
「うん…昨日のことでよく分かった。それに……僕が渋谷くんにふさわしくないってことも」
腕にまだ残る、人を刺した感触。
流れる落ちる血に、初めて自分がしたことの大きさを知った。
そしてその後、逃げることしか出来なかった自分の卑怯さも。
「僕は渋谷君にふさわしくない…」
まっすぐで、明るくて、皆を惹き付けるような渋谷君には。
「コンラートさんには、今度改めて謝りに行って来るよ。……今まで、ありがとう」
そう言って踵を返すと、ゆっくりと歩き出す。
しかし、一歩、二歩と足を踏み出すたびに、何故か涙が溢れた。
初めて好きになった人だった。
ずっと、仲の良い友達もいなくて、休み時間も一人で過ごしてばかりだった中学生の時、
『なぁ、お前今暇?』
『え?』
図書館で本を読んでいた時、急に声を掛けられ驚いて声の方を見ると、
窓の向こう側から渋谷君がニコニコ笑っていた。
『今さぁ、野球してんだけどメンバー足りなくてさ』
『……で、でも僕野球はよく分からなくて…』
『よし!やる気はあるんだな! 行こうぜ!ちゃんと教えてやるからさ』
『えっ?!』
ぐいっと手を引かれ、そのまま窓から外へでる。
上履きのまま地面を踏みしめると、太陽の光が痛いほど目に刺さった。
例え、人数あわせだったとしても、
例え、僕以外の誰でもよかったとしても、
――僕は本当に嬉しかったんだ。
「柳田!」
突然名を呼ばれ、ビクリと体が揺れる。
足を止め、ゆっくりと振り返ると、にっこりと笑みを浮かべたユーリがいた。
「転校先、決まったら教えろよ!」
「!」
「その…お前の恋人にはなれないけど、友達にはなれるからさ」
「っ!」
お前がよかったらだけど、と少し照れたように言われたユーリの言葉に、グッと涙を堪えるように眉根を寄せた後、しかし、耐え切れずに柳田は声を上げて泣き出した。
「お、おい大丈夫か?!」
泣き出した柳田にユーリの方が慌てだす。
「い、嫌だったのか? ごめんな」
謝るユーリに、フルフルと首を振ると柳田は消え入りそうな声で、
「ありがとう」
と呟いた。
「でさ、あいつ転校したんだよ。…ってコンラッド知ってたのか?」
「えぇ」
てっきり驚くと思っていたのに、にこにこと微笑むコンラッドにユーリは不思議そうに尋ねた。
「もしかして、コンラッドが昨日言ってた何とかするってこういうことか? ってことはアイツの転校ってコンラッドが?」
「はい。やはりあのままアナタの傍に置いておくわけにはどうしても出来ませんでしたから。 怒ってますか?」
「別に怒ってないけど……どうしてそんなことできたんだ??」
「あれ? 言ってませんでしたっけ??あの学校の理事長は俺の兄なんですよ。」
「うそーーーーっ?!!!」
「本当です」
さらりと言われた事実に、口を開けたまま固まる。
「し、知らなかった……え? でもたしか理事長とコンラッドって名前違うよな?」
「えぇ。兄とは父親が違うので。」
「そっかぁ~……コンラッドのお兄さんだったのか。」
(ということは、成績とかって知られたりしてないよな…)
思わずユーリが青くなった瞬間、
「こ、ココココンラッド??!!!!!」
不意に抱きしめられ、思わずバタバタと身じろぐ。
しかし、
「………嘘みたいです。」
小さく呟かれた言葉に、ピタリと動きを止める。
「……こんらっど?」
怪訝な声でユーリが尋ねると、コンラッドはゆっくりと体を離し、じっとその目を見つめた後、意を決したように口を開いた。
「あなたに言わなくてはいけないことがあるんです。」
「……何?」
「ジュリアのことを。」
「い、いいよ。それは、もう……」
聞きたくない、と顔を背ける。
「聞いて下さい。あなたには聞いてほしい。」
「………」
真剣なコンラッドの声に、ユーリも恐る恐る視線を合わせる。
一瞬痛みを押し殺すように目を細めた後、コンラッドはゆっくりと語り始めた。
「……ジュリアは、俺の母の知り合いの子で、小さい頃からずっと一緒でした」
「………」
「俺の父親は異国の放浪者で素性もしっかりしておらず、母親が結婚すると言った時一族全員は反対したそうです。
それでも母は反対を押し切り父と結婚して、俺を生んだのですが……その一族の恥さらしのような男の
子供ということで母の見ていないところでは親戚中からあまりいい扱いをうけませんでした」
「なんだよ、それ!」
思わず怒鳴ったユーリに、「昔のことですから」と微笑むとコンラッドは話を続けた。
「それでも…それでも俺がそんな中やってこれたのは…ジュリアが居てくれたおかげなんです」
「っ」
コンラッドの言葉にズキリと胸に鈍い痛みが走る。
「俺の居場所はちゃんとあるのだと、教えてくれた…」
「………」
俯いてしまったユーリに小さく笑うと、その髪をさらりと掬う。
「大学に入ってからも彼女と俺は同じ大学で、何かあれば話をしたりしていたのですが
……2年前に交通事故でなくなったんです」
「っ!」
「あの日俺は、」
「も、もういいよコンラッド!!!!」
「大丈夫です。あなたには聞いて欲しいんです」
そう言って笑うと、コンラッドは話を続けた。
「あの日俺は大学へ行く時で、その途中通りを歩くジュリアの姿を見かけたんです。
彼女は目が不自由だったのですが、日常生活はほとんど一人でこなせていました。
その日も信号待ちをしていたジュリアを俺はただ向こう側から見ていました。
やがて信号が青になって、ジュリアが歩き出し、俺も声を掛けようと踏みしめた瞬間、信号無視のトラックがそのまま彼女に向かっていって、そして…
」
苦しそうに眉をしかめると、耐え切れずコンラッドは俯いた。
「俺がもっと周りを見てれば、俺がもっと早く気付いていたら…ジュリアは死なずにすんだかもしれない」
俯くコンラッドを、ユーリも辛そうに瞳を歪ませながら見つめる。
「あの日から毎日自分を責め続けていました。いっそこのまま死んでもいいと思って日々を過ごしていた時に…」
ゆっくりと顔を上げると、コンラッドはふわりと微笑した。
「あなたに会ったんです」
「俺?」
きょとんとした顔で聞き返すユーリにコクリと頷く。
「彼女に生きろと、そう言われた気がしました」
そう言うとコンラッドは、ユーリの首から下げられたペンダントへ視線を向けた。
「そのペンダントも、彼女がくれたものなんです」
「これ?! え、そんな大事なものなら返すよ!」
「いいえ、あなたに持っていて欲しいんです」
コンラッドの脳裏に、いつかのジュリアとのやり取りが蘇る。
『これ、あげるわ』
『なんだよ、これ』
『お守りのペンダントよ。これはね、持ち主を守ってくれるの』
『別にいらない。ジュリアが持ってればいいだろ?』
『いいから。あなたがこれを渡したくなるような子に出会うその時まででいいわ』
『………』
『あなたがちゃんと生きる意味を見つけるその時までの代わりに』
『そんな奴…絶対出来ない』
――ずっと、そう思っていた…ユーリに会うまでは。
「俺はその石に代わるものを見つけたから、もういいんです」
「?」
不思議そうなユーリに、小さく微笑むと、押さえきれずにその体を引き寄せる。
「なっ!」
驚いたユーリの声と共に、太陽の香りが鼻腔を掠める。
――ジュリア、君はなんて言うだろう……
ユーリの体を抱きしめながら、一人胸中で問いかける。
――俺にもこんな風に人を愛せただなんて知ったら君は驚くだろうか
「・・・こんらっど?」
黙り込んでしまったコンラッドに、ユーリが不思議そうに首を傾げる。
――いや、君のことだから当たり前だと言って笑うんだろう……
見上げてくるユーリニ小さく微笑を浮かべると、そっとその頬に手を伸ばし、赤く染まった耳元に唇を寄せ、全ての思いを込めてそっと囁く。
「………あなたを、愛しています」
ようやく終わりましたー!
まったくここまでくるのにどれだけかかったんだろう……。
長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。
感想等ありましたら、お聞かせ下さい^^