~かぐや姫 後編~
日もすっかり暮れ、未だ月との戦いの為にぎゃあぎゃあと作戦を練っている間をそっと抜け出し、ゆーちゃんはそっと外に出ました。
いつの間にか外はすっかり暗くなっていたようで、空にはほんの少しかけた月がキラキラと輝いていました。
足早に昨日の公園まで行くと、ゆーちゃんはそっとベンチに腰を落としました。
まだコンラッドは来ていないようです。
小さく溜息を付くと、ゆーちゃんはそっと頭上に輝く月を見上げました。
(明後日になったら・・・・・)
「もう二度と、こっちの人と会えなくなるんだよな・・・・・」
(コンラッドとも・・・・)
そう思った瞬間、ゆーちゃんの胸にツキンと小さな痛みが広がりました。
「ユーリ。」
「うわぁっ!!」
背後から突然声をかけられ、ゆーちゃんは思わず飛び上がってしまいました。
「すいません、遅くなってしまって。待たせてしまいましたか?」
「や、俺も今来たところだから大丈夫。」
にっこりと笑いながらそう言うと、コンラッドも同じように微笑して、そっとその隣に腰を下ろしました。
「あぁ、今日は月が綺麗ですね。」
「っ! そ、だな・・・・・。」
何気なく言われた言葉にゆーちゃんは思わず、息を呑みました。
「どうかしましたか?」
「な、何が?」
「顔色が、あまりよくないようですね。」
「・・・・・・・・見えねーだろ。」
「見えなくても・・・・分かります」
そう言って、コンラッドはじっとゆーちゃんの瞳を覗き込みました。
「お、俺、明日っから!!!!」
「?」
思わず赤くなった顔を背けるように、俯きながらゆーちゃんはポツリと呟きました。
「明日から・・・・・遠くへ行かなくっちゃいけないんだ。」
「!」
「だから、もうコンラッドと会うのはコレが最後になる。」
「ユ、」
「短い間だったけど、コンラッドといるとすごく楽しかった。落ち着くっていうか、なんていうかその、・・・・・・すごく幸せだった」
「ユーリ・・・・・」
「変だよな、まだ会って2日しか経っていないのに。」
微笑を浮かべながらそう呟くユーリを、コンラッドは痛ましい目つきで見つめる。
「ありがとう。俺、コンラッドに会えて本当に幸せだったよ。」
そう言って、まっすぐと顔を上げてコンラッドに微笑みかけた時、ゆーちゃんの瞳からつっと、涙が伝いました。
「ユーリ!!」
「じゃあっ!!!!」
そう言って、別れの言葉を告げて、ゆーちゃんはその場から走り去りました。心の底のどこかで、コンラッドが追いかけてきてくれないかなという微かな希望を抱いて。
しかし、コンラッドの足音は最後まで聞こえることはありませんでした。
月との全面戦争当日、みながピリピリとした雰囲気の中、ゆーちゃんはどこか他人事のようにぼうっとそれを見つめていました。
あの日から思い出すのは、あの日、最後に見たコンラッドの驚いた表情だけ。
「はぁ・・・・・。」
「こら、ゆーちゃん、決戦前になんですかそのやる気の無い溜息は!!大丈夫よ、心配しなくても、月星人でも火星人でもママが退治してあげますからねっ!!」
「母上、射撃部隊の配置が完了致しました。」
「きゃあ、ありがとうヴォルちゃんv それじゃあ、次は、・・・」
いきいきと軍人に指示を出す母親の傍を、気づかれない様にそっと抜け出すと、
ゆーちゃんはそっと縁側の縁へと行き、腰を下ろしました。
「はぁ・・・・・」
「何をしているんですか?」
「うわぁ、ってコンラッドっ?!!!!・・・・・どうして」
予想外の姿にゆーちゃんは目を瞠りました。
「あんな別れ方されて、黙って行かせるわけないじゃないですか」
「・・・・・・・・どうして、このことを?」
「あれ?言っていませんでしたっけ? グウェンダルとヴォルフラムとは兄弟なんですよ。だから、ちょっと聞き出しまして。」
「きょ、兄弟ーっ?!!・・・・・・に、似てねぇ。」
「よく言われます。」
にっこりと微笑するコンラッドに視線を合わせられないまま、ゆーちゃんはボソリと呟きました。
「・・・・・・・どうして来たんだ? 俺のことなんて放っておけばいいだろ?! せっかく忘れようとしたのにっ!!!」
「好きだからです。」
「へっ?」
予想外の言葉にゆーちゃんの目が、見開かれる。
「好きなんです。あなたに始めて出会ったあの日から。」
「一目惚れでした。」
臆面もなくそう言うコンラッドにゆーちゃんは真っ赤になってしまいました。
「あなたは俺が守る。」
コンラッドがそう言うと、同時に、外の方から人々の叫び声が聞こえてきて、二人は慌ててそっちへと駆けて行きました。
二人が辿り着いてみると、ちょうど月から、牛車、というか、羊が引くソリのようなものが月から降りてくる所でした。
「な、なんだ、あれ、・・・・羊車?」
すると、その時です、ゆーちゃんの姿を目に止めた羊車の上の人物がブンブンとゆーちゃんの方へ手を振りました。
「やっほー!渋谷、元気にやってる?」
「はっ?」
「やだなー僕だよ、村田健。通称ムラケン。 って言っても僕が一方的に知っているだけだから知らないか。」
そう言っているうちに、その羊車は、ポスンと音を立てて、渋谷家の敷地内に着陸しました。
未だ驚きで固まっている周囲をムシして、ムラケンはソリから降りると、ゆーちゃんの方へ手を伸ばしました。
「んじゃ、早速行こっか」
「あ、おれ・・・・」
「この人を連れて行かせはしない!」
ばっ、とゆーちゃんの前に立ちはだかると、コンラッドは刀を向けました。
「「ウェラー卿っ!!!」」
ヴォルフラムとグウェンダルが予想外の人物の姿に目を瞠る。
「キミは?」
剣を向けられても、慌てた様子もなく、ムラケンは尋ねました。
「ウェラー卿コンラート。」
「ウェラー卿ね・・・・。」
キラリと妖しく、村田の眼鏡が光り、後ろに使えていた部下がそっと腰の剣に手を伸ばしました。
それを目に留めるなり、ゆーちゃんはばっと前に立つコンラッドの前に回りこみ、両手を広げました。
「駄目だっ!!コンラッドを傷つけたら許さないからなっ!!!」
それに少し驚いたように、ムラケンは眉を動かしました。
「俺は月には帰らないっ!!! 俺・・・・・、俺コンラッドが好きなんだっ!!!」
ゆーちゃんのその言葉に、グウェンダルは驚きに僅かに目を瞠り、ヴォルフラムは口をパクパクと開けて固まり、ギュンターは泣き崩れ、美子さんはどこか嬉しそうに色めき立ちました。
「だから、どうしてもって言うんなら、」
「いいよ。」
「へっ?」
思わず聞き間違いかと思うような、言葉にゆーちゃんは目をまん丸にしました。
「い、今なんて言った?」
「だーかーら、別にいいよって言ったんだよ。」
「そ、そんな簡単でいいんデスカ?」
「そんなもんだよ。」
そう言って、ムラケンはにっこりと笑いました。
「渋谷が笑っていることが、僕達の幸せだからね。こっちに飽きたらまた来ればいいさ・・・・・って聞いていないし。」
見ると、すでに二人の世界に入り、見つめ合っている二人の様子にムラケンは呆れるように肩を落としました。
「ユーリ、今の言葉本当ですか?」
「う゛・・・・・。」
「ユーリ。」
じり、っとコンラッドは真っ赤になっているゆーちゃんに詰め寄りました。
「・・・・・嘘じゃない。」
真っ赤になりながら、ポツリと呟いたユーリの一言に、コンラッドは幸せそうに微笑みました。
「ユーリぃ!!!!これはどういうことだ!!!」
「そうです陛下、何故にコンラートなんかとっ!!!」
「い゛っ!!!」
見ると、ようやく驚きから立ち直ったギュンターとヴォルフラムがすごい形相で追いかけてくるところでした。
「きっちりと説明してもらうからなぁー!!!この尻軽がっ!!!!」
「む、むむむ村田、し、しばらく月に非難させてくれっ!!」
「えー僕知らなーい。渋谷が浮気なんてするのがいけないんだろ?」
「浮気なんてしてねぇよっ!!!」
「逃げるな、このへなちょこがっ!!!!!」
「へなちょこ言うなーっ!!!!」
深夜の住宅街に、悲痛なゆーちゃんの叫び声が響き渡りました。
とまぁ、そんなこんなで、ゆーちゃんは月に帰らなくなくてもよくなり、コンラッドと二人幸せに末永く暮らしました。時折、ヴォルフラムが押しかけてきたり、ギュンターが贈り物攻撃をしてきたり、グウェンダルが子猫の里親探しにやってきたりなど、いろいろありましたが、とりあえず平和に暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
おわり
どたばたとしていますが、ようやく終わることが出来ました。当初の予想よりかなり長々としてしまいましたが、最後までお付き合いして頂き、本当にありがとうございました。(06.10.7)