「お前が・・・っ!!」
鋭く王座を睨むが、少年は怪しく微笑したままだ。
「はじめまして、ユーリ陛下。お会いできて光栄ですよ。」
金色の髪を揺らして少年が答える。
「陛下のことは俺たちの国でも有名でしたよ。名君として。」
じれったい位の速さでゆっくりと少年は傍らのグラスに手を伸ばした。
「羨ましい位でした。」
「何の為にこんなことをしたんだっ!!!」
怒りで肩が揺らしながら王座の少年に問いかける。
「やっぱり噂は本当だったんですね。」
質問には答えず、少年は手の中でグラスを回した。
「でも、予想以上でしたよ、その魔力の強さは。」
「答えろっ!!」
「もしあなたの魔力が後少しでも足りなかったら、あなたも苦しむことなどなかったのに。」
「・・・・っ!どういうことだっ!」
「そのままの意味ですよ。」
「やっぱりお前が原因だったんだなっ!」
「何を今更。」
王座の少年は浅く笑った。
「計画道理行けば貴方も含めた、この国全ての魔族が貴方のことを忘れ、新しい魔王を迎え入れるハズだったのに。」
初めて少年が眉をひそめる。
「思ったよりも貴方とこの国の魔族の絆は強かったようだ。」
ふと昨日の事が頭をよぎる。確かにみんな俺の顔は忘れていたりしたけれども、だれも俺の存在は忘れていなかった。
「本当ならあの時点で貴方を消して、俺が貴方のフリをしようと思っていたのに。」
ちっ、と舌打ちをする。
「ウェラー卿が余計な手出しをしたせいでっ!」
少年は数拍の後に冷静さを取り戻すと、先程の微笑を浮かべた。
「まぁ今貴方がここでいなくなれば全てが上手くいく。」
そう言うと懐から赤い石を取り出した。
「これは、過去に偉大な法術師達が各々の力を固めて作った法石。」
法石は赤く不気味な光を放っている。
「伝承では、一万人の魔族の魔力に匹敵するとか。」
赤く輝く法石を目の前に突き出す。
「貴方を消して俺は貴方になるっ!!」
叫びと共に法石から突風が巻き起こり、鋭い槍となってユーリを襲う。
「うわっ!!」
反射的に目を閉じる。
風の槍が近づく。
「ユーリっ!!!」
どざりという音と共にコンラッドが床に倒れる。
「・・・・コ・・ンラッ・・・ド?」
目を見開いた先にいたのは、全身きり傷だらけのコンラッドだった。
「や・・ぁ、ど・・してっ!!」
王座の少年が忌々しげに舌打ちをする。
「ウェラー卿め、何処までも俺の邪魔をする。」
その声を気にも留めずにユーリは倒れているコンラッドに近づいた。
「コンラッド!!」
傷だらけのコンラッドの手をとる。
「・・・・ユ、ーリ?」
「コンラッド!!」
ゆっくりと目を開けたコンラッドは、傍らに立つユーリに視線を向けた。
「・・・すいませ・・ん。・・あな・・たを一人・・にし・て・・・。」
「コンラッド、記憶がっ!」
頷く代わりにゆっくりと瞬きをする。
「・・・・良かった。」
ほっと息を付くのもつかの間、小さく呻き声が上がる。
「コンラッド!!」
「何をごちゃごちゃと話しているんだっ!!」
再び法石から風の槍がユーリ達をめがけて飛んでいく。
だが、その槍が二人に届く前に何か障壁のようなものに阻まれ霧散した。
「何っ?!」
「コンラッド・・・・。」
苦しそうに眉をひそめる最愛の人を見つめながらユーリは呟く。
「いつも、守ってもらってばっかりでごめん。」
ぽたりと滑り落ちた涙がコンラッドの頬に当たる。
「今度は俺があんたを守るから。」
そっと唇に触れるだけのキスをする。
「信じて。」
強くそう言い残すとユーリは王座に向き直った。
「・・・・なんでこんなことをするんだ。」
何の表情もこもらぬ瞳でユーリは王座を見つめる。
「そんなにその座に座りたかったのか?」
「別に王になりたかった訳じゃない。」
「・・・・?」
「あなたには関係のないことだっ!!」
答えを遮る様にそう叫ぶと、法石から鋭い槍がとびかかる。
「・・・・っ!!」
右手を前に突き出す。途端見えない壁が槍を阻み、衝撃が伝う。
「どうしてこんなことをっ!!」
衝撃に耐えながらユーリは叫ぶように問いかける。
「みなに愛されている貴方には分からないっ!!」
襲い掛かる槍が急に大きくなりユーリを襲う。
「く・・・・っ!!」
両手で衝撃に耐えていると、ふと視界にコンラッドの姿が映った。
―――――守るんだ、今度は俺がコンラッドを―――――
そう思うと同時に手の中から大きな力があふれ出し。王座を襲った。
「うわぁ!!」
とっさに顔を襲った少年ではなく、その力は少年の手元へと向かった。
パリン。
高く音を奏でて砕けた法石が、少年の手から崩れ落ちる。
「コンラッド!!」
法石が砕けるたのを確認すると急いで踵を返し最愛の者の元へと駆け寄る。相変わらず苦しそうな表情だが、命に別状はなさそうだ。傷ついた体に手をかざす。すると、傷がゆっくりと塞がっていった。
もう大丈夫だということを確認すると、ユーリはゆっくりと王座の方を振り仰いだ。
「ちょっと待っててね、コンラッド。」
「あぁ。」
少年の足元には粉々になった法石が散らばっている。ふとそこに影が落ち、顔を上げるとこの法石を砕けさせた人物が立っていた。
「ひっ!!」
恐怖で後ずさりをする少年を壁ぎわまで追い詰める。
「ゆ、許して下さいっ!」
表情を変えぬままユーリは一歩近づく。
――――――殺されるっ!!――――――
少年はそう思って瞳を閉じた。
「教えてくれるかな、なんでこんなことをしたのか。」
「えっ」
見上げたユーリの顔は困ったような、悲しいような顔をしていた。
そんなユーリの表情を見つめた後、観念したようにぽつり、ぽつりと少年は、語り出した。
「・・・実は、俺には実の両親がいません。育ててくれたのは親戚の叔母夫婦で、俺はそこでいつもあの人たちに殴られていました。 誰も俺を愛してくれませんでした。・・・そんな時貴方の話が耳に入ってきたんです。臣下だけじゃなく国中の人々に愛される魔王陛下の事を。その話を聞くたびに俺はいつも貴方が羨ましかった。そして、気が付いたらいつの間にか貴方のようになりたいと思っていた。」
「それでこんなことを?」
コクリと少年が頷く。
「その石は?」
「これは亡くなった両親が唯一俺に残してくれたものです。俺を守るための石だと言って。」
粉々になったカケラを拾い上げる。
「何をしていたんだろう俺は。」
つぅっと涙が少年の頬を伝う。
「貴方のようになんかなれるわけないのに。」
「確かに俺にはキミは絶対になれない。」
はっとしたように少年が顔を上げる。
「俺は俺にしかなれないから。だけど、キミにだってキミにしかなれない。」
じっと少年は話を聞いている。
「大丈夫絶対にきみを必要としてくれる人はいるから。もし、信じられないならまずは俺たち友達にならない?」
そう言ってユーリは手を差し出した。
「・・・・俺を許してくれるんですか?」
「許すとか許さないとかそんなの友達の間に関係ないだろっ!!」
ほらっと言ってユーリは再び手を差し出した。
少年はゆっくりとそれに手を重ねた。
ぎゅっと握られた手の熱さに涙が溢れる。
それは少年がずっと求めていたものだった。
「すいませんでした。」
「何が?」
今回の出来事をグウェンダルに報告した後、二人はいつものようにコンラッドの部屋に来ていた。
「あなたを、忘れてしまうなんて。」
「だから、それはもぅいいって。法石のせいなんだから仕方ないだろ。」
「よくありません。一瞬でも貴方を忘れてしまうなんて。」
「そういえば記憶がなかったときのことって覚えてるの?」
「ぼんやりとですが。」
そう呟くコンラッドの表情は本当に辛そうだ。
「なら覚えてるよな、記憶がなくてもコンラッドは助けてくれただろ?」
「あんなの助けた内に入らない。」
「あぁ!もうじゃあなんて言えばいいんだよっ!俺は、記憶がなくてもあんたが俺を信じてくれたことが本当に嬉しかったのにっ!」
「ユーリ」
「もう今日は寝るっ!!」
そう言って部屋を出ようとするユーリの体を後ろからそっと抱きしめる。
「ありがとう、ユーリ。」
「・・・・もぅ気にするなよ。」
「はい。」
そっとユーリの頬に手が伸ばされる。
そして二人は長いキスを交わした。
離れていた時を埋めるかのように。
後日、あの少年は実家に帰ることとなった。被害にあった人たちは何も覚えていないので、ユーリは別にいいといったのだが、本人の強い希望で少年は城を離れた。
「本当にいろいろと有難うございました。」
見送り見来てくれたユーリ、とコンラッドに向かって、少年は深く礼をした。
「また来いよなっ」
驚いて顔を上げる。そこには眩しいほどのえ笑顔を浮かべたユーリがいた。
「だって、俺たち友達だろ!」
少年は微笑んだ。
それは以前とは違う、見るものを温かくするような微笑だった。
きっともう故郷に帰っても上手くやっていける。少年の中には確かな確信があった。
愛情は求めるものではなく、作っていくものなのだから。
胸に下げられた小瓶の中で、赤い石のカケラが柔らかく輝いた。