その知らせが赤城の山に届いたのは、太陽がちょうど頭上を通過した辺りだった。
― A cold in summer 前編 ―
「藤原がカゼ引いたっ?!」
突如響き渡った声に周囲の雰囲気がざわりと動く。
「マジかよ・・・・・・・・。」
たった今その知らせを兄から聞いた啓介は、顔を青くしながら小さくそう呟いた。
「ついさっき連絡が入ってな。まぁ今のところ遠征の予定も入ってないし、ゆっくり休むようには言ったんだが」
「それで藤原は大丈夫なのか?!」
「あぁ。熱の割には声も元気そうだったし、あれならもう少ししたら良くなるだろう。」
「そっか・・・・。」
その言葉にあからさまにほっとした顔を見せる。
「お前は聞いてなかったのか?」
「え?あぁ、何だか最近仕事が忙しいらしくて、ここ2、3日電話してなくて・・・・・」
そう言ってから何を思ったのかじっと黙り込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「啓介?」
その声にはっと我に返る。
「・・・・・・・アニキ、俺ちょっと藤原んトコ行ってくるわ。折角練習に付き合ってもらう約束してたのに、ごめん。」
「別にいいさ。俺もおまえがそう言うだろうと思っていたしな。藤原に会ったらこれを渡しておいてくれ。」
「これって・・・・・・・」
手渡されたものを見て、僅かに目を見張る。
「俺からの見舞い品だ。それじゃあ、あんまり藤原に迷惑かけるんじゃないぞ。」
「分かってるよ。じゃ、行ってくる。」
そう言ってFDに乗り込むと、猛スピードで赤城の山を下っていく。
「涼介さんっ!!!俺も、俺も藤原のお見舞いに行って来ますっ!!!」
「ケンタか。」
どこかから話を聞いて来たのだろうか、息をきらせながら額に汗を浮かばせて現れた姿にどうしたものかと一瞬思考を働かせる。
「・・・・・・・・お前はダメだ。」
「な、なんでですかっ?!!!」
「実はお前に頼みたい仕事があってな。」
「えっ?で、でもその・・・行ってきてからでも・・・・」
「今じゃないとダメなんだ。」
「う゛・・・・・・・・。」
どうしようかと頭を悩ませるケンタに、ふうっ、と小さく溜息をつく。
「どうしてもダメなら仕方がない。・・・・・・・・お前にしか頼めないことだったんだがな。」
「!」
最後に言われた言葉に思わず目を見張る。
涼介さんが俺にしか頼めないことを頼むなんて、もしかするとこれは・・・・・・
―――――――Dのドライバーになるチャーンス!!!!!
「俺に出来ることならなんでもしますよ、涼介さんっ!!!!」
「そうか、悪いな。」
「で、何をすればいいんですか?!!」
「悪いがこれを史裕に届けてきてくれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そう言って手渡されたものを見た瞬間、ビシリと音を立てて体が固まる。
「あ、あの・・・・これ・・・・・この前、全員に配られてた遠征の予定表じゃ・・・・・・」
「あぁ、この間史裕にだけ渡すのを忘れてしまってな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「じゃ、頼んだぞ。」
「あっ!ちょ、ちょっと待って下さいっ!!!!」
慌てて声を上げるが、気付いた頃には既に涼介は傍に止めてあったFCに乗り込んでいた。
「ま、待って下さ~~~~~いっ!!!!」
FCの排気音が木霊する中、ケンタの悲痛な叫び声が赤城山に響き渡った。
ピピピピピという電子音を合図に、少し億劫そうに脇に挟み込んだ体温計を取り出すと、
そこに表示された文字に拓海は思わず溜息をついた。
「38.5分か・・・・・なかなか下がらないな。」
昨日仕事から帰るなり何故か体がダルくて熱を測ってみたところ、自分が予想していた以上の高熱で
そのまま倒れこむようにベッドに潜り込んだ。
熱で潤む目で天井をただぼ~っと見つめる。
その時、ふと視界に一つのシミのようなものが目に入った。
―――――――昔あの人が家に来た時、あれが人の顔に見えるとか言って何かぎゃあぎゃあ騒いでたっけ。
思わずその時のことを思い出して、小さく笑う。だが、その瞬間ふとあることに気がついた。
―――――――そう言えば・・・・・、
「最近声聞いてないな・・・・・・・・・。」
そう呟いた瞬間、部屋の扉が小さく叩かれた。
「おやじ?」
いちいちノックするなんて珍しいなと思いながらもそう呼ぶと同時に、部屋の扉がバンっと勢いよく
開き、そこに現れた姿に拓海は目を見張った。
「よっ!」
「け・・・・すけさんっ?!!!」
「お、何だ想像よりも元気そうじゃん。何か親父さんはちょっと出かけてくるってさ。お前のこと頼むって言われちまった。」
「ど・・・・してここに?」
「ん?アニキにお前がカゼ引いたって聞いてさ。見舞いに来た」
そう言って、ここに来る途中に買ってきたのだろうか、飲み物や果物が入った袋を見せる。
「あ、わざわざありがとうございます・・・・・。」
「別に。最近声聞いてなかったから俺もお前に会いたかったし。」
その言葉に拓海の頬が僅かに赤く染まる。
そんな拓海の様子を嬉しそうに見ながら小さく
「それにしても・・・・・」と呟くと、啓介はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「まさかお前がカゼ引くとはなぁ。」
その言葉に思わずむっと眉を寄せる。
「どういう意味ですか、それは。」
「いや、ほら良く言うだろ?夏カゼはバカが引くって、」
啓介がそう言うやいなや、ボスンと音を立てて拓海の枕が啓介の顔面に直撃した。
「いってーーーっ!!!」
「そんなこと言いに来たんですか、アンタはっ!!!」
「違ぇよ、言ったろ?お見舞いだって。あ、これアニキからだってさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・こ、これを涼介さんが?」
そう言ってバサリと花束が渡される。
入ってきたときから一体何を持っているのかと思っていたら、まさか自分へのものだとは・・・・・・・・・。しかもそれを平然と渡すあたり、この兄弟にとっては普通のことなのだろう。
―――――――この兄弟って、一体・・・・。
「あ?何驚いた顔してんだよ。ほら病人は寝とけ。」
「うわっ。」
投げられた枕をベッドに戻すと、そこに拓海をポスンと寝かせる。
「何かしてほしいこととかあるか?」
「あ、大丈夫です。」
「何かあったら遠慮なく言えよな。あ、そうだ!ちょっと台所借りるぞ。」
そう言って部屋を後にするが、すぐにドタドタという足音とともに戻って来たと思った瞬間、ひやりと冷たいものが額に当てられる。
「・・・・・・・これ。」
「まだ熱あるんだろ?冷やしとけ。」
「あ、ありがとうございます・・・・・・・・・。」
――――――――本当にお見舞いにきてくれたのか・・・・・
絶対にからかいに来ただけだと思っていたのに。
―――――――――・・・・・・・そう言えばこういうのって久しぶりだな
視界の端に映る額に乗せられたタオルをみてふと思う。
もともとあまりカゼを引かなかったというのもあるのだが、たまにカゼを引いても
なるべく迷惑はかけたくなくて
親父には何も言わずにただベッドに一人もぐっていることの方が多かった。
だから一人でいることも、一人で我慢することも苦痛だと思ったことは一度もないし、
物心つく頃にはすでにそれが当たり前だと思っていた。
だけどこういうのも・・・・・・、
――――――――悪くないかもしれない・・・・・・
いそいそと部屋の中を走り回る背を見つめながら拓海は気づかれないように小さく微笑した。
涼介はきっと弟が可愛くてたまらないんだろうなぁ。それでもって拓海も。
花束のくだりはただ単に私が書きたかっただけだったり。(笑
だって、ほら、何だかアニキって花束持ってきそうじゃないですか?
次回、黄金のゴールンデンペア(?)イツキ&池谷先輩も登場します。乞うご期待。(誰もしないって;;)