― A cold in summer 後編 ―
「あー、もうこんな時間か。」
ふと呟かれた言葉に一瞬ビクリと拓海の体が固まる。
時計を見るとすでに数時間が経過していた。窓から見える空は既に闇へと変わっている。
カゼを引いているせいなのか、会うまでは別に一人でいることなんて全然平気だったのに何故か今は・・・・・・・・、
―――――― もう少し一緒にいたい・・・・・・
だが、もちろんそんなこと言えるわけもなく口から出たのは、
「そうですね・・・・・・・早く帰らないと涼介さんも心配するんじゃないんですか?」
その言葉に啓介は何も言わずにじっと拓海を見つめた。
「な、なんですか?」
「・・・・なぁ、お前明日仕事は?」
「えっ?丁度休みですけど。」
「そっか・・・・・・・・。」
そして再び何かを考え込むようにじっと黙り込む。
「啓介さん?」
「なぁ、泊まってったらダメか?」
「え?」
予想外の言葉に一瞬返答に詰まる。
「ダメか?」
「え、いえ、その・・・・・・・・りょ、涼介さんとか家族の人とか心配するんじゃないですか?
俺は一人でも大丈夫ですから、別に気にしないで下さい。」
「別にこんなことでいちいち心配しねぇよ。それに、お前自分のことになるとどっか抜けてるし、
もしお前に何かあったらって考えると怖くて、どうせ家にいても寝れねぇだろうから、それならお前の近くにいたい。
・・・・・・ダメか?」
どこか縋るような目つきで言われた言葉に、一瞬間をあけた後、ただ何も言わずにプイっと背を向ける。
「・・・・・・・・・・啓介さんバカだから絶対カゼうつっちゃいますよ。」
「あぁっ?!!」
そう叫んだ瞬間、ふと真っ赤に染まった拓海の耳が視界に入り、啓介は瞳を細めた。
「・・・・・・・お前のカゼなら別に構わねぇよ。」
ふわりと拓海の髪を梳きながら、そっと耳元で囁く。
「バカ同士丁度いいじゃねぇか。」
「・・・・・・俺はバカじゃありません。」
「分かった、分かった。言いたいことがあるならカゼ治してから言ってくれ。」
宥めるように優しく頭をポンポンと叩く。
「今日はずっとここにいるから、もう少し寝とけ。」
「・・・・・・・・・・・・・・はい。」
既に眠気を感じていた拓海は、その言葉に導かれるようにすっと夢の中へと落ちていった。
「早く良くなれよ。」
そう呟いてその寝顔に誘われるように啓介も眠りについた。
その頃、二つの人影がそーっと階段を登っていた。
「おい、そーっとだぞ!!」
「分かってますよ。池谷先輩こそ、階段ギシギシいってますよ!!!」
ぼそぼそと小声で言い合いながら
静かに一段ずつ階段を登ると、見慣れた部屋の前で足を止め、二人同時に小さく息を吸ったかと思うとバンッ勢いよく扉を開ける。
「たっくみーーー!!!カゼ引いたんだって?!お見舞いに、」
そう叫んだ瞬間、視界に飛び込んできた光景に思わず無言でバタンっと戸を閉める。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」
扉の前で二人無言で顔を見合わせると、何も言わずに今来た階段を出来るだけ静かに、そして猛スピードで駆け下りる。
そして、ようやく店の外の前まで来ると、小さく息を切らしながらお互いに何も言えずにただ目を合わせる。
「・・・・・・・・・・な、なぁ・・・・・お、俺の見間違いじゃなかったら、その・・・・あそこに誰かいなかったか?」
「はい・・・・その・・・俺も、見間違いかもしれないんですけど、もしかしたら誰かいたような・・・・・」
そう呟いてからまたしても二人同時に黙り込む。
「じ、じゃあ、せーの、で誰が居たか言わないか?」
「い、いいですね!」
「じゃあ行くぞ、せーのっ!!!」
二人同時にすうっと息を吸う。
「「高橋啓介っ!!!!」」
闇の中二人の声が響き渡る。
「ぎゃあああーやっぱり高橋啓介っ!!!!」
「落ち着けイツキ!!!二人に聞こえるだろっ?!!!でも、どうして高橋啓介が拓海の部屋に・・・・・。」
思わずありえないことを想像してしまい、一瞬にして顔から血の気が引く。
「・・・・・・・・・・池谷先輩。」
「イツキ?」
急に低くなった声に思わず振り返る。
「実は俺ずっと黙っていたんですけど・・・・・」
「?」
「実は、実は俺、・・・・・・・・・昔拓海の家から朝早くに高橋啓介
が出て行くの見たことあるんです。」
「お、おま、何言って、見間違いだろ??それかプロジェクトDの打ち合わせとか。」
「でも一度や二度じゃないんですよ?!!!もしかして、あの二人・・・・・・・・・。」
「な。ななな何言ってんだよ!!そんなことあるはずねぇじゃねぇか!!!相手はあのモテモテの高橋啓介だぜ??拓海だって女の子に人気
あるし、彼女だっていたし。」
「でも・・・、」
「今日のはあれだ、あれ!!!ほらっ、プロジェクトD!!!きっと俺らが見ていないだけで絶対他にも誰かいたんだよ!!!な?!」
「そ、そうですよねー!きっと皆でお見舞いに来てたんですね。あっ!!じゃあ高橋涼介も居たのかな?あ~残念見たかったなぁ。」
拓海の家の前には一台のFDしか止められていないのだが、それには何も触れずに話を進める。
「じゃあ、きっと今俺らが行っても邪魔だな!」
「そ、そうですね、帰りましょうか池谷先輩。」
「そうするか!」
「なーんだやっぱりあれは俺の勘違いだったのか。」
「そうだそうだ。そんなことあるはずないだろ?」
あははははというどこか引きつった笑いを浮かべると、何かから逃げるように二人は早足でその場を後にした。
「ん゛っ」
何やら人の気配のようなものを感じて拓海はゆっくり瞼を上げた。
「今誰か来たような・・・・・・・・。」
そう思ってキョロキョロと辺りを見回した瞬間、ふと自分の足元にいる姿に拓海は目を見張った。
「・・・・・・・・・・・・。」
小さくスピーという寝息をたてながら、ベッドにうつ伏せで眠る啓介。
―――――――――子供みたいな顔して・・・・・
「どっちが年上だか分かんないな。」
そう呟いてそばにあったブランケットをその背にふわりとかける。
「今日は・・・・・ありがとうございました。」
小さくはにかむように微笑すると、その寝顔をじっと見つめる。
「カゼ、引かないで下さいね。」
そう呟くと再び吸い込まれるように拓海は眠りに落ちた。
数日後、そんな拓海の希望を裏切って見事に拓海のカゼを貰い受け啓介がカゼを引いたのは言うまでもない。
ゴールデンペアもっと頑張らんかぁ!!!
一瞬部屋に乗り込ませようとも思ったのですが・・・・・この二人には無理そうだなと思いヤメました。(笑
ちなみにカゼを引いた啓介は、この後兄ちゃんの熱烈な看病を受ける予定です。
耳元で子守唄歌ったり、子供の頃の恥ずかしい話を延々とされたり、「もう止めてくれ、アニキ!!」って言うまで続きます。
うふふふふ、啓介イジメはクセになりそうですv