『初詣に行きませんか?』
そんな直江のささいな一言から始まった。
ハッピーニューイヤー! -前編
12月31日、大晦日。
「うっわ、予想以上に人が多いな。」
「そうですね。もう少し早く来たほうが良かったでしょうか。」
境内に入るなり人で溢れかえる神社を見て、二人は唖然とした表情を浮かべた。
「初詣は毎年人が少なくなってきた頃を見計らって行ってましたからこんなに混んでいるとは・・・・・」
「ま、来ちまったもんは今更仕方がねーし、折角だしお参りしてこうぜ。」
「・・・・・・・・・すいません。」
「ん?」
その声に振り返ると、しょんぼりとした表情を浮かべた直江がいた。
「私がわざわざ日付が変わる瞬間にあなたと初詣がしてみたいって言ったばっかりに。」
「いいって、俺だって来てみたかったし。」
「でも・・・・・・・・」
その後高耶が何を言おうが直江はでも、とか、そうですが、と言ってずっと目を伏せてばかりいた。
周囲を幸せそうに腕を組んで歩いていく恋人たちや、楽しそうに騒ぎあう高校生の集団などが過ぎ去っていく。
(ちっ、新年早々こんな始まりかよ)
そんな直江の様子に小さく舌打ちすると、高耶はきょろきょろと周囲を見渡した後、さっと直江の手を取った。
「た、高耶さんっ?!!」
突然の高耶の行動に直江が目を瞠る。
「お前が結構遠い神社まで連れて来てくれたから知り合いもいねーだろうし、今日くらいは、な。」
「・・・・・・っ!!!」
*************
「やっと、着いたな。でも、来てみればそんなにも時間もかかんなかったな。」
「そうですね。」
すっかり機嫌を良くした直江がにこにこと笑みを浮かべながら頷く。大事そうにその手は握り締めたまま。
「やっぱ正月って言ったら甘酒だよな。甘酒。いや、でもおみくじも大事だよな。」
「順番にやりましょう。時間はまだまだありますし。」
「そうだな。あっ!ちょっと、まっ・・・、直江。靴紐が・・・」
そう言って高耶が直江の手を離ししゃがみ込んだ瞬間、もの凄い人だかりが二人の間を通過した。それに押されて必然的に二人の体もその流れに流される。
「た、たかやさぁ~んっ!!」
「直江っ!!」
必死で手を伸ばすが、その人だかりの前には届くはずも無く、人ごみに流され、それが収まる頃にはお互いの姿かたちも見えなくなってしまった。
「マジかよ・・・・・」
呆然とした表情で高耶が呟く。
(新年早々迷子っていうことか・・・・・?)
「ん? なぁなぁあれ仰木じゃね?」
呆然と立ち尽くしていると、背後で見知った声がして振り向くとそこにいた人物の姿に高耶は目を瞠った。
「武藤っ!!」
「あーやっぱ仰木じゃん! おーい皆、仰木がいたぞー!!」
「えー本当にっ?!!」
「あー本当だ仰木くんだっ!」
「えっ?うそうそっ?!あー本当だっ!!」
その声に反応して続々と同じクラスの見知った顔が現れる。
「お前らなんでここに・・・・。」
「何でって、仰木も誘っただろ? 同じクラスの奴等で集まって年越そうぜ、って。」
「そういえば言ってたような気がしねーでもねぇけど・・・・だからって何でこんな遠い神社まで着てんだよ。」
「折角来るなら近場より、遠いほうがいいじゃん。 そういう仰木だってこんなところで何してんだよ。俺らには予定あるって言ってたのに。」
「いや、おれは、その」
「もしかして噂の彼女かっ?!!!・・・・あれ、でも姿が見えねーけど?」
「いや、彼女じゃねーけど、その・・・・・連れとは今はぐれちまって。」
「なにぃっ?!!!!」
驚いたように目を見開くと、武藤は後ろのクラスメイトに向き直った。
「聞いたか、お前ら! どうやら仰木が彼女とはぐれちまったえらしいんだ!ここは一つみんなで探してやらないか?!!」
「な・・・・・・・・っ!!!」
その言葉に驚いたのは高耶だけで、残りのクラスメイトは「オーっ!」と言いながら拳を振り上げた。どうやら少し酒も入っているようだ。
「じゃあ、仰木。お前の彼女の特徴とか。教えてくれ。髪は?短いか?長いか?」
「いや・・・・・その、短い方だと思うけど。」
なんとなく雰囲気に圧倒されしどろもどろに答える。
「髪は短いらしいぞー!! じゃあ仰木、色は?髪の色。」
「色はー・・・・結構色素が薄くて、綺麗な茶色、かな?」
「じゃあ最後に可愛い感じか?それとも綺麗めな感じ?」
「ど・・・・っちかつぅと綺麗めなほうかも」
(まともな顔してれば、の話だけど)
「くうっ、いいなぁ、仰木! ショートヘアーの似合う、さらさらブラウンヘアーのきれいめなお姉さん。ようし、みんな聞いたか?! この情報を頼りに探せっ!!」
その武藤の声が合図に、四方八方にみんな駆けていく。
「良かったな、仰木。これでお前の彼女もきっと見つかるって。でも、そんときはちゃんとみんなに紹介しろよ! 仰木の彼女を見てみたいって言う奴大勢いるんだからさ。」
「・・・・・・・・・わ、分かった。じゃ、武藤、お、俺も探しに行って来るから。」
「おぅ。俺は連絡係としてここに残ってるから、見つけたらちゃんと来るんだぞ。」
「あ、あぁ。分かった。じゃあな。」
そう言い残し、直江の姿を求めて神社の中を猛スピードで走り抜ける。
(冗談じゃねぇ!!!!)
「あいつらに先に見つけられてたまるかよっ」
きょろきょろと辺りを見渡す。だが多すぎる人ごみに思うように前に進むこともままならない。
「ちっくしょ、直江の奴一体どこ行きやがったんだっ!」
高耶がそう歯噛みした時、ふと視界の端に見覚えのある人物が移った。
「直江っ!!!!!」
そう言って、直江の元へ足を踏み出そうとした時、ふと直江が誰かと話をしていることに気がついた。
「あれは・・・・・・。」
よく見るとそれは巫女装束を身にまとった、遠めにも可愛らしい女性だった。
どこか入りにくい雰囲気を感じ取り、それを遠くから見つめていると直江が何か言ったのか、直江の言葉に顔を赤く染めると女性は恥ずかしそうに真っ赤な顔をして下を向いた。
「・・・・・・・・・っ!!!」
その光景を見るなり、気がつくと高耶はその場から走り出していた。
何も考えず、ただひたすらに脳裏に焼き付いた先ほどの光景から逃れるかのように。