ハッピーニューイヤー! -後編
「高耶さん一体どこに…っ!」
すっかり見失ってしまった高耶の姿を探して直江は境内を彷徨っていた。
「やっぱりこんな人込みの中に高耶さんを連れてくるべきじゃなかったっ!」
そこにいるだけで万人を引き付けてしまう彼だから、もしかすると今頃は変な男
どもに囲まれ大変なことになっているかもしれない。
その考えに直江の顔から一気に血の気が下がる。
(た、高耶さんっ、無事でいて下さいね!)
「ぁの~もしかして橘さん、ですか?」
背後からの声に一瞬高耶かと思い、直江は勢いよく振り返った、しかし、実際そこにいた姿に肩を落とした。
「………浅岡さん。」
「やっばり!こんな所で会うなんて奇遇ですね。」
「…そうですね。」
嬉しそうに騒ぐ彼女とは違って、直江は静かに溜息をこぼした。
彼女は直江の会社の同僚で、名前を浅岡麻衣子と言った。肩までの髪が愛らしく社内でも人気の彼女であったが、直江にとっては同僚以外の何者でもなかった。
「あの…どうかしたんですか?何だか元気がないような…」
「いえ、ちょっと人と逸れてしまいまして」
「あぁ、それなら!」
そう言うと麻衣子は、遠くにある高台を指差した。
「あそこの高台に登って探されたらいいですよ。私も小さい頃逸
れた時よくそうやって探したんです」
「そうですか!ありがとうございます。」
礼を言って、駆け出そうとした時、ふと麻衣子の違和感に気がついた。
「…そういえば今日は巫女の格好をしているんですね。」
「えぇ。実はここの神主さんとは親戚で毎年お手伝いに来ているんです」
「よく似合ってます。」
にっこりと微笑を浮かべて言われた言葉に麻衣子の顔が真っ赤に染まる。
「あ、あ、ありがとうございますっ!」
「でわ、私はこれで」
そう言って直江が踵を返した時、ふと視界の端に走り去っていく黒髪の後ろ姿が
目に留まった。
(あれは……っ)
「高耶さんっ!!!」
「橘さんっ?!」
急に走り出した直江に目を見張る麻衣子の前を、気にも止めずに走り抜ける。
「高耶さん待って下さいっ!」
押し寄せる人込みを掻き分けながら高耶に叫ぶが、気付いているのか、いないの
か高耶は立ち止まるそぶりすら見せる事なく走り続けた。
「高耶さんっ!」
「………っ!」
人垣かられた境内の後ろの方で、ようやく直江は高耶の腕を掴んだ。
「離せっ!」
だがその手を強く振り払うと、高耶は再び逃げ出そうとした。
だがそんなこと直江が許すはずもなく、尚も逃げようとする高耶の身体を強く抱きしめ、押さえ込んだ。
「どうして逃げるんですか」
ジタバタともがく高耶の耳元へ問いかける。
「…が……い……ろ。」
「え?」
「お前が悪いんだろっ?!俺は必死でお前のこと探してたのに、お前は巫女さんと
いちゃいちゃ話し込みやがって!!」
「な、なんのことですか?」
その言葉に直江の目が丸くなる。それをきっと睨みつけると、高耶は怒鳴った。
「とぼけるんじゃねぇ!俺は見たんだ、この目でっ!」
「と言われましても、私はあなた以外といちゃいちゃしたいと思いませんからね
ぇ。」
平然と言う男に、思わず聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。
「い、いちゃいちゃはしてなくても、デレデレはしてただろうがっ!」
「あなた以外にどうして私がデレデレするんですか。 もしかしてさっきの浅岡さんと一緒の所を見ていたんですか。
彼女は只の会社の同僚ですよ。いちゃいちゃもデレデレにも関係ありません。私はあなた一筋ですから。」
「・・・・・・・・嘘だ。」
「私があなたに嘘をつくはずがないでしょう? それとも、私の言う言葉が信じられませんか?」
じっと高耶を見つめる直江の視線を、真正面から受け止め、その琥珀色の瞳をじっと見つめる。
「・・・・・・・・・・・・お前を、信じる。」
「ありがとう高耶さん。」
そう言ってにっこりと微笑む直江の肩越しに、ふと、見知った姿を捉えて高耶は目を瞠った。
「!な、直江っ!!」
「はい?」
「これ被れっ!!」
そう言うと、高耶はポケットから毛糸の帽子を取り出した。
「これは・・・・・帽子?」
「そうだ、それでもって、コートはお前の渋いコートよりはマシだろ。これを着ろ。」
そう言って、高耶は自分が着ていたダッフルコートを差し出した。
「???・・・・・一体どうしたんですか、急に?」
「いいから、早くしろっ!!!」
理由も言わずにそれらを直江に装着させると、出来上がった姿を見て高耶は思わず唸った。
「う・・・・、ま、まぁそう見えなくないつったら、見えないかもしれないけど、見ようによっちゃあもしかすると・・・・・」
「高耶さん、これは一体?」
「黙れっ!!!」
不思議そうに声を上げる直江を一喝して、黙らせる。
「いいか、お前はこの後何があろうと喋るな。上を向くな。下を向いてろ。それでもって手はちょっとでも可愛らしく見えるよう前ででも組んでおけ。」
「か、可愛らしくですか・・・・・?」
「うわっ!!来た!!いいな、直江、見るな、しゃべる、可愛らしく、だぞ!」
高耶がそう言い終わると同時に、向こうの方からじゃりじゃりという音をさせて、一人の男が近づいてきた。
「うお~い仰木ぃ!!」
「よ、武藤。」
「お前の彼女なんだけどさ~それがまだみつか、・・・・・・ん?仰木お前の後ろにいるのってまさか・・・・」
「あ?あぁ、そうだ。見つかったんだ。悪いな。」
「いや、見つかったんならよかったんだけど・・・・」
高耶の背後に隠れるように立っている人物をまじまじと見つめる。
「どうした?」
「いや、その、想像以上に大きかったんだな、と。いうか、結構いいガタイしてますね。」
「あんまり言うなよ、本人も気にしてるんだから!」
そう言って、なるべく見られないように武藤の視線をさえぎる。
「そうだったんですか、それはすいませんでした。」
後ろの人物に向かって武藤が頭を下げると、背後の「彼女」はそれに小さく頭を下げた。
「・・・・でも仰木がこんなのがタイプだったとは以外だな。クラスでは結構小さめの女の子のこと可愛いって言ってたからさ。」
その武藤の一言で背後の空気が一変する。
「だからきっと彼女も小さくて可愛い感じなのかな、ってみんなと言ってたんだけど、違ったんだな。」
「む、武藤。じゃ、じゃあ俺今日はもう行くわ。みんなにもよろしく言っといてくれ。」
尚も何かを話そうとする武藤の言葉を遮って、高耶は声を上げた。
「なんだよ! 皆仰木の彼女を紹介してもらうの楽しみにしてたんだぜ?!」
「いや、今日はちょっと、こいつの調子が悪くてさ、・・・・また今度な!」
「ちぇっ、分かったよ、仲良くな!それじゃあ、また学校でな!」
バタバタと足音荒く去っていく武藤の姿が人込みの中に消えていくと、背後で不気味なほど静かにしていた直江が口を開いた。
「・・・・・・・・どういうことなんですか?」
「な、直江・・・・。」
「知りませんでしたよ、貴方がかわいらしい女性が好きだったなんて。」
そう言って皮肉気に微笑を浮かべる。
「いや、さっきのはアレだぞ。その、クラスでお前どっちの女子が好き?みたいな。両方興味がないなんて言ったら、
女に興味がないなんて異常だ!みたいなこと言われるから仕方なく言っただけのやつだぞ。」
「それでも、どちらかと言えばかわいらしい女性がタイプなんですね。」
「いや、その、それは」
「詳しいことはベッドの中で聞かせてもらいましょうかね。」
「な、なおえ」
高耶の顔がその言葉に青ざめる。
「時間はたっぷりありますし。」
にっこりと微笑を浮かべる直江の背後に、ただならぬものを感じて高耶は頬を引きつらせた。
その後、神社を出た後ズルズルと引きずられるように寝室に流れこんだまま、朝日が昇っても寝室からベットの軋む音と、高耶の嬌声が止むことはなかった。
次の日、直江のマンションではすっかり腰の立たなくなった高耶をかいがいしく世話をする直江の姿があった。
なにわともあれ、ハッピーニューイヤー!