― 遠い存在 後編 ―
「お前は・・・・・・・・。」
視線を合わせたまま目の前で固まってしまった高橋啓介に、塚本の胸がドキリと跳ねる。
―――も、もしかして俺って有名だったのかぁ?!!レッドサンズへの誘いだったらどうしよう!!!
思わず浮かぶ笑みを噛み殺しながら勢いよく頭を下げる。
「こ、こんばんっ」
「藤原じゃねぇか!!」
―――・・・・・・・えっ?
言われた言葉が理解出来ず固まる。だが、そんな塚本には見向きもせずに、嬉しそうな表情を浮かべた啓介は拓海の元へと歩み寄った。
「何してんだよ、こんなところで。」
「いえ、その・・・・今日は先輩と一緒に見学に。」
「先輩ぃ??」
そこでようやく視線がそのすぐ後ろに立つ人物に向けられる。
「藤原の先輩っつーことはお前も上手いのか?」
「え?お、おおおおお俺ですかっ?!俺はまぁ自分では結構いいせんいってるんじゃないかとは思っているんですが。」
「ふーん。」
その答えに興味はないとばかりに視線を外すと、再び拓海に向き直る。
「んなことよりも、今日は走ってかないのか?」
「いえ、その、今日は車持ってきてないんで。」
「ちぇ、折角バトルしようと思ったのにな。」
さりげなく呟かれた高橋啓介の言葉に塚本の目が見開く。
―――た、高橋啓介とバトルだってぇぇぇぇ?
「何をしてるんだ啓介。」
「アニキ!」
その声とともに闇の中から現れた姿に、思わず息が止まる。
―――あ、赤城の白い彗星、高橋涼介ーーーーっ!!!
「あれ?藤原も来てたのか。 珍しいな。」
「あ、こ、こんばんはっ!」
緊張した表情で慌てて拓海が頭を下げる。
「てめー藤原、俺ん時と全然態度が違うじゃねぇか!!」
「そんなことありませんよ。」
しれっとした顔でそう答える拓海に憤る高橋啓介。
目の前の見慣れない光景に塚本は目を白黒させた。
――――――――どうなってんだ一体っ???
さっきは会ったことないと言っていたはずなのに、しかし、この親しそうな雰囲気はとても初対面のそれとは思えない。
「た、たたたたた拓海?これ一体どういうことなんだよ?」
拓海の耳元に顔を寄せ、ひっそりと問いかける。
その光景を見ていた啓介のただでさえ切れ長の瞳がさっと細められる。
「・・・・・・・・・・そいつは?」
「え?あ、この人は俺のサッカー部の時の先輩で、」
「あっは、はじめましっ、」
「えっ?!お前サッカーなんてしてたのか?!!」
塚本の言葉を途中で切ると、驚いた表情で拓海のほうを見つめる。
「・・・・・・・してましたけど?何か??」
「いや~なんか意外だなぁ~と思って。」
「どういう意味ですか・・・・それ。」
「だってお前あんまり運動出来なさそうじゃん。」
啓介がそう言うと同時に、拓海の足が啓介の足を踏み潰した。
「ってーーーーっ!!!!!っにすんだっ!!!」
「まぁ、今のは啓介が悪いな。」
「ですよねっ!」
「それに運動神経で言うならバトルで負けているんだからお前の方が悪いはずだろ」
―――な、ななななな何ぃ?!!!!!
さらりと言われた彗星の一言に無言でただ目を見開く。
「アニキっ!」
「本当のことだろう?」
拗ねたような顔でつっかかる高橋啓介を、さらりと受け流す高橋涼介。そしてその隣に、まるでそこにいるのが自然のように立つ拓海の姿・・・・――――。
―――い、一体何がどうなっているんだ・・・・・・・
どこか入り込めない雰囲気を感じ、輪に入ることも出ることも出来ず、そっと様子を窺う。
「ちぇっ、まぁ、とにかく今度は車持って来いよ。バトルとかじゃなくてさ。一緒に走ろうぜ。」
「・・・・・・・まぁ、いつか。」
小さく呟かれた拓海の言葉に、ふわりと啓介が瞳を細める。
―――うっわ!!!!マジかっこいいっ!!!!
思わずその顔を正面から見てしまい、顔が熱くなる。
男の自分でさえ思わず顔が赤くなってしまうのだから、あの顔で女を口説けば一発なのだろう。
「そう言えば、お前この後時間ある?」
「え?」
「俺らもう少ししたらメシ食いに行こうと思ってたんだけど、お前もどうだ?」
「いや俺は今日先輩と来てますし、それに・・・・・・・レッドサンズの人達の邪魔になるし。」
「来るのは俺とアニキだけだ。それに、」
そう呟くと、啓介の視線が拓海の隣に立つ人物に向けられる。
―――う゛っ!!!!
じっと睨まれ思わず冷や汗が浮かぶ。
「あ、あーっ!!お、俺これからここで友達と待ち合わせしてるんだったー!」
「え?」
突如声を上げた塚本を驚いた表情で見つめる。
「わ、悪いな拓海。そーいうことだから俺のことは気にせず行って来いよ」
「え?ま、まぁ、そういうことなら・・・・・・あ、でも俺帰りどうしよう。」
「俺が送ってってやるよ。」
「えっ?いいんですか?」
「別に構わねぇよ。」
「じゃ、じゃあそーいうことで!!!またな拓海っ!!!!!」
逃げるかのようにそう言うと、踵を返し猛ダッシュでその場を離れる。
「な、何だったんだ一体・・・・・。」
ようやく駐車場まで来ると、ぐったりとした様子で車に寄りかかる。と、同時に向こうからやって来る友人の姿が飛びこんできた。
「塚本―っ!」
「本田っ!聞いてくれよ今な!」
「お前いつから秋名のハチロクと知り合いだったんだよ!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
突如言われた友人の言葉に、たっぷりと間を空けてから間の抜けた返事をする。
「だーかーら!お前いつの間に秋名のハチロクと知り合いだったんだよ!そんなビッグニュース黙ってるなんて人が悪いぞ!」
「な、なななな何言ってんだよ、あいつは俺の後輩で、免許だってこないだ取ったばっかって言ってて・・・・」
「いーや、あいつに間違いねぇよ。俺この間の秋名でのバトル見に行った時に、横に藤原豆腐店って書かれた白黒のパンダトレノ乗ってるところ確かに見たもん」
「ふ、藤原・・・・・・?秋名のハチロクって藤原って言うのか・・・・?」
さあっと音を立てて顔から血の気が引く。
「ん?おい塚本どうした顔色悪いぞ?塚本っ?!!!」
ふと、友人の異常に気づき声を上げる。
「塚本?どうしたんだ???塚本―――――っ!!!!」
―――レッドサンズ、高橋兄弟、秋名のハチロク、群馬最速・・・・・・。
様々な単語が脳内を駆け巡る。
―――お、俺には大きすぎる・・・・・。
どこかで友人の叫び声を聞きながら、塚本はガクリと意識を手放した。
暗闇の中、光の玉が次々と後ろへ流れていく。
前を走るFCのテールランプを見つめたまま啓介は口を開いた。
「お前さ、さっきの奴と仲いいの?」
「え?」
それまでずっと窓の外に視線を向けていた拓海が、さっと運転席のほうを振り返る。
「サッカー部の先輩とかいうやつ。」
「塚本先輩ですか?別に・・・・そんなには・・・・この間学校帰りに歩いてて
友達に言われて偶然思い出したくらいですけど・・・・それが何か?」
「・・・・・・べつにー。」
「?」
不思議に思いつつも、何だか話し掛けるのもためらわれ、拓海は再び視線を窓の外へと向けた。
―――なんで、あいつが藤原のことを名前で呼んでたくらいでこんなに動揺してんだ、俺・・・・・
先ほどのことを思い出し、小首を傾げる啓介。一方拓海も、
―――なんで俺こんなに緊張してんだろ・・・・
うっすらと汗の浮かぶ手のひらををぎゅっと握り締める。
そんな悶々とした考えのまま、二人を乗せたまま車は道路を走り抜ける。
二人が進展するのはほんのもう少しあと・・・・。