朝靄立ち込める、秋名の峠。
「好きだ・・・・」
地を這うような低い声が響き渡る。
冗談だと笑い飛ばせるような雰囲気でもなくて、何も考えられなくて訳が分からずぼおっとしている内に、
「・・・・・・・・・ごめんなさい。」
そんな言葉が出ていた。
それにほんの一瞬傷ついたような表情を浮かべた後、小さく「そうか・・・」とだけ呟いて、ぱっと上げたあの人の顔にはいつもの笑みが浮かんでて、無意識の内にほっと胸を撫で下ろした。
これでよかったんだと、そう思った。
間違ったことは何一つない、そう思っていたのに・・・・・・・・。
When you lose it... 第1話
これで何日になるんだろう・・・・。
一人隅に隠れて指を折る。
「1、2、3、4、5、・・・・・今日で6日目か。」
思わず溜息が漏れる。
あの日、秋名の峠であの人に告白されてから丁度6日が経とうとしていた。
あの後、これからどう接しようか悩みながら峠へ足を運んだ俺にこっちが拍子抜けするぐらい何事も無かったようにいつものように笑みを向けてくれて、ほっとしたのもつかの間、すぐにその異変に気がついた。
いつ気がついたんだろう・・・・
あの日から啓介さんは一度も俺を見ない。必要最低限の挨拶はするけれど、それだけなのだ。会話をしていてもその視線があわされることもなければ、名前を呼ばれることもなくなった。
仕方がない。
言い聞かせるようにそう呟いて、一人ハチロクに体を預ける。静まり返った山の中でどこか遠くであの人の笑い声がする。
そう言えばDに入ってからは、気づくといつも啓介さんが傍に居て、一人になったことはなかった。
だけど、あの日から啓介さんは必要な時以外俺の傍に来ない。
思い知らされる。どれほどあの存在に救われていたのかを。
どれほど、大切にされてきていたのかを。
―――――――――何を今更・・・・・・・
自嘲するかのように小さく笑みを落とすと拓海はそっとハチロクから体を離した。
―――――――――全部終わったことだ
逃げるようにハチロクに乗り込むと、拓海は静かにエンジンを回した。
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「・・・く・・、・・・みっ!・・・・・拓海ってば!!」
「え?あ、イツキ。」
ぼーっと窓の外を見つめていた拓海は、その声にはっと我に返った。
そんな拓海の様子を心配げに見つめる。
「お前最近どうしたんだよ。ぼーっとしてるのはいつものことだけど、最近のはなんか尋常じゃないぞ。」
「・・・・・そうか?いつも通りだよ。」
そう言って俯く姿もどこかいつもと違って、ますますイツキは心配げな表情を浮かべた。
「何かあったのか?」
「・・・・・・・・何もないよ。」
イツキの言葉に一瞬ビクリと肩を揺らせたが、何事もなかったかのように小さく呟く。
「バイトあるしそろそろ帰ろうぜ」
「あ、ま、待てよ!!!」
どこか逃げるようにそう言ってそそくさと歩き出した拓海の背を焦って追いかける。その時、
―――――――拓海の背中ってこんなに小さかったっけ・・・?
いつもはどんなにぼーっとしていてもしっかりと前を向いていた背中が、ふと、今にも崩れそうなほど脆く感じられ、イツキは思わず足を止めた。
―――――――こんな状態で、Dの遠征行って事故とか起こさなければいいけど・・・
一人胸中でそう呟くと、イツキは再び足を進め、前を行く背を追いかけた。