When you lose it...  第8話




「っ!」
バシャリと頭上から水を掛けられ、拓海はゆっくりと瞼を開けた。

「よぉ、どうだ気分は?」
体を起こそうとしたが、両手が背後で縛られていることに気づき、体を捻って声がした方へ視線を向ける。

「あんたは・・・・」
ぼんやりとした視界に写ったのは、一瞬知らない人物かと思ったが、よく見れば以前啓介に会った時にその隣で見かけた・・・
「啓介さんの・・・知り合い?」
拓海がそう言うなり、男の足が勢いよく拓海の頭を蹴り上げた。
「…っ!」
頭に衝撃が走り、一瞬意識が飛ぶ。
「知り合い?じゃねぇよ。 俺と啓介は親友だよ」
苦痛に眉を顰める拓海を忌々しげに見下ろすと、腹部へともう一度蹴りを繰り出す。
「ぐっ!」
「・・・・いや、だった、って言うべきだな」
ピタリと足を止めると、男は薄く笑うように言った。

「お前らが俺から啓介を取ったんだ。プロジェクトDかなんかしんねーけど、どうしてお前らに俺からあいつを奪う権利があるんだよ! なぁ?!! 何様だよ、お前!」
そう叫びながら、いままでの鬱憤を晴らすように次々と蹴りを繰り出す。

それを歯を食いしばって堪えながら、拓海は霞む視界の中ぼんやりと思った。 


―――何を言ってるんだ、この人・・・


そもそも何故こんな状況になっているのか頭が追いつかない。自分はただ啓介を探しに来ただけなのに。


それに・・・・


―――啓介さんを俺が取ったって・・・あの人は俺のそばになんていないのに・・・・



だけど、そんなことよりも


「・・・・さっきから何言ってんのかわかんねーけど、俺が取っても取らなくてもお前なんか啓介さんの親友になれねぇよ」
血の味がする唇をぐっと噛み締めると、視線を上げ頭上の男を睨みつける。
「!なにを・・・・っ!!!」
「てめーみてーな卑怯な真似は、啓介さんはしねーって言ってんだよ」
その言葉に焦ったように男が一瞬足を止める。



多分付き合いで言えば、俺なんかよりもこの人の方がずっと啓介さんと一緒にいて、いろんなあの人を知っているんだと思う。
だけど何故か、こんな不意打ちで相手の自由を奪ってから殴るなんてことはあの人は絶対にしないだろうと思った。
もし何かあってもあの人ならきっとこんな回りくどいことせずにきっと正面からぶつかってくる。

あの日も・・・。

あの日もあの人は俺を真っ直ぐに見て、俺から視線を逸らそうとはしなかったから。


―――俺とは違って・・・・


緊迫した空気の中、無言のまま睨み合う。
しかし、耐え切れなくなったのか、視線を外すと男は視線を拓海から周囲へと向け、
「・・・おいっ!」
と声をかけると、その声に反応して、周囲からぞろぞろと人影が現れた。
4、5、6・・・・10人はいそうだ。


「ふん。なぁ、お前プロジェクトDのドライバーなんだろ?」
さすがに焦った顔をした拓海に満足そうに笑みを浮かべると、そっとその耳元に顔を近づけ男は嬉しそうに囁いた。
「手、折ったらどうなるんだ?」
「っ!」
その言葉に手を隠すように拓海が身を捩った、

その時、

「藤原っ!」
大きな鉄の扉が勢いよく開き、そこに現れたのは、

「け・・すけさん・・・・」
驚いた表情でそこに現れた人物を見つめる。
「良かったここにいたのか、」
ようやく見つけた姿に安堵し駆け寄ろうとした瞬間、そこにあった光景に啓介は言葉をなくした。

「お前ら・・・何してんだよ・・・・」
目を見張ったまま、分けがわからないと言った様子で呟く。

「な、何だよ、卓也!啓介さんは絶対来ないって言ってただろ?!!」
「そうだ!約束が違うじゃねぇか!!!!」
先程とは一変してどこか脅えたように次々と卓也に詰め寄る。

「何してんだって聞いてんだよ・・・・っ!」
「ひっ!」
啓介の怒声に悲鳴に近いものを上げると、それが合図に次々とその場から逃げ出す。

それには目をくれずに啓介は表情を崩さないまま、拓海の傍まで歩み寄るとそっとその場に膝を付いた。
「けいすけ、さん・・?」
不思議そうに見上げてくる拓海を、何も言えずにただじっと見つめる。


うっ血した肌。
体中の至る所に滲む血。

「・・・・・・・・・っ卓也ぁ!!!」
「っ!!!!」
勢いよく立ち上がると、その胸倉を掴みあげる。
気がつくと先程までいた人物は全員逃げてしまったようで、倉庫の中には卓也しか残っていなかった。

「なんでだよ!何そんなに怒ってんだよ!!お前の友達は俺だろ?!!そいつじゃねぇだろ?」
「・・・・・・・・・っ!」
苛立たしげに唇を噛むと、そのまま右手を振り上げた。その時、

「ダメだ、啓介さんっ!!!」
「・・・っ!」
突如倉庫内に響いた拓海の声に、思わずピタリと手を止める。
「殴っちゃ・・・だめだ・・・」
「何でだよ!!!」
「今の啓介さんの手は・・・誰かを殴る為にあるんじゃない・・・・」

その言葉にハッとしたように、目を開く。

「ダメだ・・・・」
「・・・・・・・・」
拓海の言葉に、悔しそうに唇をかみ締めると、ゆっくりと手を下ろす。

「はっ・・・つまんねぇ! いつからんな腰抜けになったんだよ!」
嘲るように笑みを浮べる。

「卓也」
「あ?」
「それ以上喋るな」
「・・・・・・・・・・・」
卓也の顔から笑みが消える。

啓介は何も言わずに拓海の傍に膝を付くと、腕の縄を解き、その手を肩に回した。
「・・・・じゃあな」
そういい残して、歩き出す。

「ま、待てよ!」
焦った卓也の声に、啓介は振り返らず足だけを止めた。
「おれは・・・俺はただ・・・お前ともう一度、昔みたいに友達に戻りたかっただけなんだ・・・・」

下を見つめたまま、独り言のように呟いた卓也の言葉に、静かに目を伏せると啓介は悔しそうに呟いた。

「お前はそう思ってたのかもしんねーけど・・・俺は・・・俺はお前のことずっと友達だと思ってたんだぜ・・・・・」
「・・・・・・」

その言葉に大きく目を見張った後、グッと拳を握り締めると、再び歩き出した啓介の背を今度は止めることはなかった。



+++++++++++++++++++++



その後、ケガをした拓海を連れて啓介は自宅へと戻った。

「アニキは・・・いねーみてーだな」
キョロキョロと周囲を見渡しながら、手に持った救急箱を机の上に置くと、拓海の隣に腰を下ろした。
「・・・大丈夫か?」
「あ、はい」
擦り切て血の滲んだ腕に消毒液をかけながら、啓介が尋ねる。
けれど、久しぶりに近くで見た姿に思わず、返事が上ずってしまった。


――――そう言えば、こんな風に近くで話すのは随分久しぶりな気がする・・・・


そう思うと自然と心拍数が上がる。

「悪かったな・・・こんなことに巻き込んじまって」
「え?いえ・・・そんなに傷も深くありませんし」
すまなそうに呟かれた言葉にぶんぶんと軽く首をふる。
と、同時に啓介を探していた理由を思い出して、思わず顔が熱くなる。


――――どうしよう・・なんてきりだせばいいんだ・・・っ?!


「・・・やっぱ、俺じゃだめだな」
「え?」
ポツリと呟かれた啓介の言葉にハッと我に返る。
「俺じゃ、お前に迷惑をかけるだけで・・・フラれて当然だな」
「・・・・・何言って、」
「やっと、気持ちの整理がついた。悪かったな、今まで」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!!!!」
焦ったように声を上げた拓海に、不思議そうに啓介が視線を向ける。
「拓海?」
「その・・・俺、別に迷惑だとか思ってませんよ?」
「いいよ、気使わなくて。悪かったな、痛かっただろ?」
「そうじゃなくて!」
悲しげに笑う啓介に、焦れたように拓海はその目をじっと見つめた。
「俺は本当に迷惑だなんて思ってないし、痛いのも平気です。俺は・・・・」

一旦言葉を切ると軽く息を吸い、その目を真っ直ぐに見つめる。

心臓はこれ以上ないほどバクバクいっている。
もしかしたらもう二度と、こんな風に自分を見てくれなくなるかもしれない。


だけど、


多分今一番辛いのは自分のはずなのに、それでも俺を心配してくれるこの人を、俺は・・・


「俺は・・・・啓介さんが好きなんです」
「?!何言って・・・」
「もう、俺のことなんてどうでもいいって思ってるのも分かってます。今更こんなこと言われたって迷惑だなんてことも分かってる!だけど、どうしても言いたくて」
例えもう二度と自分を見てくれなくなっても、それでも逃げないと決めたから。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・すみません迷惑ですよね」
何も言おうとしない啓介の様子に、耐え切れず俯く。

「・・・・・今の・・本当、か?」
擦れた声で啓介が尋ねる。
それにコクリと小さく頷く。と同時にそのまま啓介の腕に抱きしめられる。

「け、啓介さん?!」
「・・・・・・・・・信じらんねぇ」
ぎゅっと腕に力を込めて引き寄せると、そっとその耳元に呟く。

初めて聞く啓介のどこか震えるような声に驚きつつも、その抱きしめる腕の強さに、何も言わずに拓海もそっとその背に腕をまわした。


気持ちは・・・聞かなくても腕から伝わった。



+++++++++++++++++++



「いつから俺のこと好きだったんだよ」
傷の手当も終わり、並んでソファに座りながら啓介が尋ねた。
「多分・・・啓介さんに言われたのよりもずっと前からだと思います」
「はぁ?!じゃあなんであの時、ダメだって言ったんだよ!」
「それは・・・今の関係がちょうど良くて・・・それが壊れるのが怖くてですね」
「・・・・・・じゃあ俺はずっと一人で空回りしてたってことか」
そう言うと、がくりとうな垂れる。
「あ、あの・・・っ!」
そんな啓介に焦って拓海が口を開こうとした瞬間、 心配そうに覗き込んできた拓海の唇をさっと啓介のそれが掠めた。
「~~~~~~~~~っ?!」
思わず真っ赤になって後ずさる。けれど、下がろうとするその手を啓介はぱっと掴み、
「もう逃げんなよ」
「!」
「ま、逃げても離す気ねぇけどさ」
ニヤっと笑いながら、耳まで赤くしている拓海を見つめる。


――――なんでこいつこんなに可愛いかな・・・・


そう思いながらぐいっと手を引き胸元まで引き寄せると、そっと抱きしめる。


ずっと願っていた、大切で誰よりも愛おしい存在。
手に入らないと思っても、それでも諦められなかった。


――――それが今は、腕の中にいる・・・・。


「もう、離さねぇ・・・・」

柔らかく耳元に呟かれた言葉を聞きながら、幸せそうに拓海も小さく微笑した。


Fin.



長らくお付き合いありがとうございました。
一応これで完結となります。

ご意見、感想等ありましたら教えて頂けると幸いです^^
それでは!

(08.4.5)



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