「ささやかな願い」
ユーリの地球での生活が気にならなかったことはない。
けれども、俺にはどうすることもできない。
そのようなことをウルリーケに言ったら、「ならば行って来ますか?」と言われた。
正直驚いたが、その後に「何かあちらの世界の珍しい物を持ち帰って来て下さいね!」という言葉に脱力した。
送られた場所は何と猊下の家の前だった。
「やぁ、ウェラー卿。話はウルリーケに聞いているよ。」
そう言うと何か袋を渡された。
「これは・・・?」
「服だよ。そんな格好でここら辺をうろちょろされちゃあすぐに職務質問されちゃうだろ。」
「それで、これがカードね。昔使ったことがあるだろ? それでウルリーケに何か買って行ってあげるといい。
どうせボブもちだから。そしてこれが、」
何か胸の中からメモの様なものを取り出すと、それを俺の手に握らせた。
「渋谷の学校への地図ね。」
「あ、ありがとうございますっ」
思わずぎゅっと握り締めると猊下は呆れたように笑った。
「まったく君らは熱いねぇ。まっ、お礼はいいよ。今度渋谷に何か奢ってもらうから。
それよりも早く行ったほうがいい。あまり時間が無いんだ。おそらく渋谷に会うとすぐに
あっちに帰らなくてはいけなくなるだろう。それを覚悟していてくれ。」
「分かりました。」
「それじゃあウェラー卿、健闘を祈るよ。」
そう言って見送られたのが今から30分程前。
学校の近くにある小さな果物屋でメロンを購入すると、俺は足早にユーリの学校へと足を急がせた。
門の前に着くと既に何人かの生徒が出てきていた。
ゆっくりと足を止めてユーリが出てくるのを待っていると何か視線のようなものを感じた。
ちらりと視線をそちらに向けると、慌てて視線が外される。
・・・・何だ?
幾分気にはなったものの、考えをめぐらそうとするのと同時に、視界に捜し求めていた人物の姿が写った。
「こ、こここコンラッド!」
「ユーリ。」
驚きを含んだ顔でユーリが見つめる。どこか息が切れているように感じるのは急いで来たせいだろうか。
自然と浮かぶ笑みを抑えて、ユーリの元へ近づこうと一歩足を進めた。
その時。
「渋谷君の知り合いなんですかぁ?」
先程、目が合った女子生徒の一人がにっこりと笑いながら話しかけてきた。
「えっ?えぇ。」
とりあえず、頷く。
途端に、きゃあっという歓声が上がる。
――――何なんだ一体――――
そう思いながら周りを見つめていると、先程の女子生徒が顔を赤らめながら近づいてきていた。
「あの、もし良かったらこの後一緒にお茶でも行きませんか?」
何を言い出すんだと、思いながらもどう断るか必死で頭をめぐらす。
一緒に居られる時間は僅かしかないというのに。
「えっと、ちょっと今は」
断ろうと口を開きかけたとき、ぐいっとユーリに腕を引っ張られた。
「ダメだっ!!」
そう言い残すとユーリはその場から俺の手を掴んだまま立ち去った。
ちらりと振り返った先では、誰もが動こうともせずに呆然としたままであった。
誰も、追いかけてこようとする者はいなかった。
「だいたいコンラッドは愛想が良すぎるんだっ!!」
手を握ったまま、ユーリは先程から何度目かになる台詞を口にした。
「聞いてるのか?!」
くるりとユーリが振り返る。
「何笑ってるんだよ?!」
その言葉で自分が笑っていたのだということに初めて気がついた。
「もしかしてやきもちやいてくれたんですか?」
ありえないと思いつつも口にした言葉にユーリの顔が真っ赤に染まる。
自然と笑みは深くなった。
その様子にユーリが呆れたように肩を竦める。
「・・・はぁ、なんかもぅどうでもよくなってきた。そういえば、何でコンラッドここにいるんだ?!」
くるくると表情を変えてユーリが問いかける。
「実は、ちょっとウルリーケにお願いしまして」
「はぁ?それだけで来れたの?」
「えぇ、陛下のあちらでの様子が見て見たい。あっちに行かせてくれ。行かせてくれたら何かお土産を持って帰るからって。」
「・・・・お土産??」
不思議そうに首を傾げているユーリに先程購入したメロンを見せる。
「メロンです。」
そう呟くとユーリの肩からはぁぁという溜息と、共に力が抜けていった。
「・・・言賜巫女って、・・・それで、いつまでここにいられるんだ?」
ゆっくりと顔を上げて呟かれた問いに一瞬息が止まる。
――――おそらく渋谷に会うとすぐにあっちに帰らなくてはいけなくなるだろう――――
先程言われた猊下の言葉が脳裏に浮かんだ。
「それが・・・もう行かなくては」
そう呟くなり体を淡い光が包み込む。
「コンラッド?!」
どこか悲しみを含んだ表情でユーリが驚きの声を上げる。
そっとその頬に手を伸ばす。
「すいません・・。本当はもっと貴方といたかった。」
「なんだよ、それっ!!それならそうと早く言えよっ!そしたらもっと話だって出来たのにっ!」
悔しそうに下を俯いたユーリを軽く引き寄せると、耳元でそっと囁く。
「・・・すいません。でも、貴方に会えただけでも俺は幸せでした。あちらでは見ることの出来なかった貴方を知ることが出来て・・・。」
名残惜しそうに体を離すと、まっすぐに漆黒の瞳を見つめる。
「・・・・それでは、あちらでお待ちしております、貴方が来るのを。」
その言葉に、ようやく笑みを浮かべるとユーリは深く頷いた。
「あぁ。」
ゆっくりと二人の影が重なる。
その時、全身を眩しい程の光が襲った。
「・・・・・ユーリ?」
ゆっくりと目を開けるとそこには誰もいなかった。
視界に写るのはどこか見慣れた風景。
――――帰ってきたのか・・・――――
「お帰りなさいませ、ウェラー卿。」
「・・・・・・ウルリーケ。」
振り返った先の人影を見て、コンラッドは気づかれぬよう小さな溜息をついた。
「陛下のご様子はどうでしたか?」
「あぁ、元気にしておられましたよ。」
「そうですか・・・・、」
ちらり、とウルリーケの視線が手元に向けられる。
「・・・・どうかしましたか?」
「い、いえ、その・・・・・・な、何か珍しい物はありましたか?」
「あぁ、そういえばそのような事を言っていましたね。」
すいません、と申し訳なさそうにコンラッドが肩を竦める。
「それが、ちょうど珍しいものを見つけて買おうとしていたときにこっちに戻って来てしまったので、残念ながら・・・・・。」
「・・・・・な、何もないのですか?」
「はい、残念ながら。あともう少しでも長くいることが出来たら、珍しい甘い果物をお届けすることが出来たんですけど、」
「あ、甘い・・・・。」
「えぇ、すっごく甘くておいしいんですよ。大きさはこれっくらいで、中には実がぎゅっと詰まっていて、
切ったときに零れる汁も言いようが無いほど甘くて美味しいらしいです。」
「・・・・・・・・。」
「もし、今度再び行けたら、今度こそは持ち帰って来れるのんですけどね。」
にっこりと笑って一礼をした後、ウルリーケの傍を通り抜ける。
――――あの、様子なら近々またいけそうだな・・・――――
呆然と固まったまま動こうとしないウルリーケの気配を背後で感じ取り、コンラッドはそう確信した。
二つの世界は遠いようで、案外近いものなのかもしれない。