― 薄れゆく記憶の中で 3 ―
逃げるように病院を後にした拓海は、車に乗り込んだはいいが、エンジンを回すこともせず、ステアに手をのせたまま力なく俯いていた。
『誰だ、お前』
凍るような目や、声に、思わず体が震えた。
(初めて見た、あんな目…――)
ふと、まるで子供みたいに笑う啓介の姿が頭に浮かび、慌てて拓海は首を振った。
「これで、いいんじゃないか…」
これであの人は俺に近づかなくなる。
もう、二度と俺を好きだなんて冗談みたいなこと言わなくなるだろう。
掛かってこない電話を待つことも、会って何を話そうかなんて、そんなことでいちいち悩まなくてすむ。
「これでいいんだ…」
自分に言い聞かせるように呟くと、ぎゅっと瞳を閉じる。
ズキリと痛んだ胸の痛みには気付かぬふりをして。
涼介も帰り一人になった病室で、特に何をするわけでもなく啓介はただぼーっと外を見つめながら、先ほど会った人物のことを思い出していた。
『誰だ、お前』
そう言った途端に、今にも泣き出しそうに琥珀色の瞳が揺れた。
アニキの後ろに、まるで隠れるようにぴったりとくっついていたのが何だか気に食わなくて、ついキツイ口調になってしまったのは、自分でも認める。
(でも、だからってあんな顔しなくてもいいじゃねぇか…)
まるで自分が物凄く悪いことをしたような気分になり、啓介はムッと眉を寄せた。
(何だって俺がこんな風に思わなくっちゃいけねぇんだ)
ただでさえあちこち傷だらけでツイてないっていうのに。
それに…
『せめてあいつのことだけは思い出してやってくれ』
涼介の言葉が脳裏をよぎる。
「思い出すって、何をだよ…」
呻くように呟くと、もどかしそうにガシガシと頭を掻く。
「くそっ!」
苛立たしそうに吐き捨てると、バタッと体を倒し横になる。
「“あいつ”って……誰だよ」
一瞬、あの泣きそうな顔をした人物の顔が浮かんだ。けれど、すぐに違うと打ち消す。
「あんな奴今まで見たことねぇし…」
もし見ていたとしたら、忘れるわけがない。何故かそんな確証があった。
現に今もさっき一度見ただけにもかかわらず、あの姿が目に焼きついて離れない。
「俺が一体誰を忘れてるっていうんだよ、アニキ……」
ここにはいない涼介にそう問いかけると、疲れたように啓介は瞼を閉じた。
すいません、短いですがここでキリます。
話がなんにもすすんでない…っ!
にしても、すっごい前作とデジャヴが…。
こんなつもりじゃなかったのに。。。