大量の水が容赦なく体を襲う。
息が出来ない。

その中で必死に言葉を紡ぐ。


「・・・・・リっ!!」



忘却と混迷の果てに 第三話




空には雲一つなく、青々とした空が広がっていた。

短く切られた茶色の髮を風に靡かせながら一人の青年が川を見つめていた。

「シュアン!」

背後から聞こえてきた声に反応して青年が振り返る。

「またここにいたの?」

そう言って声の主である少女はくすりと笑った。

肩まで伸びた栗色の髪とくりっとした目が印象的な可愛い顔立ちをしていた。
おそらくあと4、5年もしたら振り返らない者がいないくらいの絶世の美女になる だろう。


「向こうで父さんが呼んでたわよ。」
「分かった。」

頷く青年を見ながら少女はどこかおびえたようにおそるおそる尋ねた。

「・・・・やっぱり何も思い出せない?」
「・・・・・・・・。」

その言葉に何も答えることが出来ず、青年はただじっと黙った。

青年には記憶がなかった。ここ数日よりもその先の記憶が全て。
「シュアン」と言う名は川に流れ着いていた青年を拾ってくれた彼女と彼女の父親が付けてくれたものだ。

「気にすることないわよ!まだまだ人生長いんだしこれからこれから!新しく作 っていけばいいじゃない」

黙ったままの青年の背中をポンと叩きにっこりと笑う。
その少女の笑顔に青年も思わず微笑を浮かべる。

「そうだな。」
「そうよ。ほら早く行きましょ!」

そう言ってぐいぐいと背中を押す少女の笑みを見ていると、記憶喪失という問題もあまり大きなものとは思えなくなるのが不思議だった。

記憶も全て失って、一からここでやり直す・・・・・。



――――――――それもいいかもしれない・・・・・・――――――――



++++++++++++++++++++++++



コツコツという足音が廊下に響き渡る。
大きな扉の前までくると、そこに立つ人影に青年は足を止めた。

「入らないのか」
「兄上・・・・・。」

いつもは強く輝いている、エメラルドの双眸が不安げに揺れるようになったのはいつからだろうか。

「あやつはどうしている。」
「いつも通りです。今日もずっと朝から執務をこなしています。」
「そうか・・・・・。」

本来ならば喜ぶべきことなのに、今はどうしても喜ぶことが出来ない。

「コンラートがいなくなってからもう2週間か・・・・。」

その言葉にピクリとヴォルフラムの肩が揺れる。

「確かにあれ以来魔王としては十分働いている。けれどあれでは・・・・・」



――――――感情のない機械のようだ・・・・―――――



いや、感情がないのではない。感情を必死で押し殺そうとしているのが分かるからこちらとしても何も言えないのだ。

人当たりのいい弟の死を悲しみに思うものは多い。

今や城全体が魔王を中心として悲しみにくれている。こんな時にあやつだけでも笑ってくれさえすれば、みな希望を見出せるのだが・・・・。



―――――――無理、なのだろうな・・・・・―――――――



「閣下!!」

突如向こうから一人の兵士が走り寄ってきた。

「どうした。」
「それが・・・その・・・・」

よほど慌てて来たのだろう、ぜぇぜぇと息を切らしながら絶え絶えに言葉を紡ぐ。

「おちついてからでいいぞ。ゆっくり息を吸え。」
「それが・・・こ、コンラート様が・・・っ!」
「コンラートがどうかしたのかっ?!!」

その言葉に先ほどまで黙っていたヴォルフラムが猛然と兵士の襟元を掴んだ。

「こ、コン・・・・が・・・」
「おい、放せヴォルフラム。それでは話したくても話せんではないか」

仕方なくゆっくりと手を離す。

「で、どうしたんだ、一体。」
「それが・・・・コンラート様らしき人を見たという連絡が入ったんです。」
「「!」」


その言葉に二人は何も言えずにただ目を瞠った。



なかなか書きたいところまで行きません・・・。
一応七話完結予定です。頑張ります。
(07.4.13)

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