忘却と混迷の果てに 第四話
「早くユーリに知らせないと!!」
「待て。」
ドアに駆け寄ろうとしたヴォルフラムの肩をがしっと掴む。
「何故ですか兄上っ!」
離そうとしない兄の手を振り払って叫ぶ。
「まだ確証があると分かった訳ではない。後でそれが間違いだと分かったとしたら、それは傷口に塩を塗るようなものだ。」
「でも、そんな・・・・折角、もしかするとコンラートが生きているかもしれないと分かったのに・・・・っ!」
そう叫んでからヴォルフラムはある一点で視線を止めたまま大きく目を見開いてポツリと呟いた。
「ユーリ・・・・。」
弟の言葉に慌てて視線の先を見ると、いつのまにか開かれていた扉の間から呆然と目を瞠るユーリの姿があった。
「いつからそこにいた。」
「さっき・・・・・・・・中にいたら外から話し声が聞こえたから。」
その言葉に内心舌打ちしてしまう。扉が開いたことにも気づかなかったとは
自分でも気づかぬうちに相当動揺していてしまっていたのだろう。
「ユーリ。聴いていたのなら分かるだろう?たった今コンラートらしき人物を見かけたという連絡がはいった。」
聞かれてしまったのでは仕方がないと、グウェンダルも止めることなく話を聞く。
「コンラッドが・・・・・・」
掠れた声で呟く。
「僕はこれからそのコンラートが目撃されたという村へ確かめに行こうと思う。ユーリはどうする?」
「おれは・・・・・・。」
「もちろん行くだろう?」
真っ直ぐに視線を合わせるヴォルフラムから逃れるように下を向くとユーリは静かに呟いた。
「俺は・・・・・・行かない。」
「どうして?!」
「行ってもまた何も変わらないかもしれない。俺はもうコンラッドが・・・・・なんて聞きたくないんだ。」
消え入りそうな声で呟かれた言葉にヴォルフラムの肩がぶるぶると震える。
「こ、の・・・・・っ!!」
「へ?」
「へなちょこがーーーーっ!!!」
「いってーーーーっ!」
ボカリといい音をさせてヴォルフラムの拳がユーリの頭に直撃する。
「な、何するんだよっ!!」
ひりひりと痛む頭を抑えて、潤んだ瞳でギッと睨みつける。
「うるさいっ!いいか、よく聞けっ!!」
あまりの迫力に何も言えずに押し黙る。
「例え今この情報が間違っていたとしても今の状況は変わるか?何も変わらないだろう?これ以上悪い状況なんてどこにある!お前がやっているのはただの逃げだ。現実を受け止めているようで、これっぽっちも見ていない。」
「・・・・・・・・・・。」
「少しでも可能性があるのならもがけばいい。もがいて、もがいてそれでもダメだったとしてもお前がもがいたことで悪くなるようなことは何一つないんだ。」
「ヴォルフラム・・・・。」
「だから、しっかりしろ!!お前はこの眞魔国の魔王なんだからな!!」
そう言って、照れたように顔を背けるその横顔をじっと見つめる。
―――――――前まではただのわがままプーだと思ってたのにな・・・・――――――
いつのまにこんなに成長したのだろうと思うユーリには、それが自分の影響だとは分からない。
「ありがとな、ヴォルフラム・・・・・・・。」
その優しさを噛み締めるように、優しく呟く。
「忘れてたよ、野球は九回裏からだってこと。」
「ユーリ・・・・。」
久しぶりに光の宿った主の瞳にほっと息をつく。
「行こう、ヴォルフラム!」
「あぁ!」
―――――待ってろよ、コンラッド・・・・・っ!――――――
+++++++++++++++++
「どうしたのシュアン?ぼーっとして。」
その少女の声に青年ははっと我に返った。
「いや。・・・・・・一瞬誰かに呼ばれたような気がしたんだが。」
そう呟くと同時にピトリと額に少女の小さな手が当てられる。
「・・・・・・なんだ?」
「いや、熱でもあるのかなって思って。」
そう言ってくすくす笑うを少女を見ていると、怒る気持ちも失せて自然と笑みが浮かんだ。
その時、
(・・・・・・・・・ッド!)
「・・・・・・・っ!」
頭の中で誰かの笑い声が少女の笑い声とかぶって響きわたった。と、同時に頭にズキリと鈍い痛みが走る。
「シュアン?どうしたの?」
「いや・・・・なんでもない。」
「うそ!だって顔真っ青よ!!」
心配気に少女がその頬に手を伸ばそうとした時、
「カリダに近づくんじゃねぇよ!!!」
「ブランカ!!」
見るといつの間に現れたのか、目の前に一人の少年が立ちはだかっている。
年齢は少女と同じくらいだろうが、がっしりとした体格から幾分上にも見える。
「急に村に現れたと思ったら、ちゃっかりカリダの家に居座りやがって!どうせ記憶喪失とか言うのも全部嘘なんだろ!!」
「違うわ!ブランカ!!」
カリダの叫びには一切耳をかさず、目の前の青年をギッと睨みつけると、ブランカと呼ばれた少年は持っていた二本の剣のうち、一本を青年の方へ投げつけた。
「拾えよ、勝負だ!負けたらお前には村から出て行ってもらう。」
「・・・・・・俺が勝ったら?」
「その時はお前の言うことをなんでも聞いてやるよ。」
「お願いやめてシュアン!ブランカは前に軍にいたこともあって、村じゃ一番の使い手だって言われてるんだから!!」
「もう遅いっ!!!」
始まりの合図も無しにスタートをきって、ブランカが猛然と攻め込んでくる。
渡された武器をさっと拾い上げると、それで一撃目をはねのける。
キイィンという金属音が響き渡り、予想外の反撃にブランカの体が大きくよろめく。
それを見逃さず大きく踏み込むと、刃を返しその腹部に二撃目を放つ。
「かは・・・・っ!」
僅かに唸り声を上げて、ブランカの体が地面に倒れる。
「きゃあシュアン、凄いっ!!」
それまで、見守っていたカリダが喚声を上げ青年の元へと駆け寄る。
「くそっ・・・・!」
それを見つめながら悔しそうに地面に手を叩きつける。
「絶対許さねぇ・・・っ!!」
ギリっと唇を噛み青年を睨みつけると、誰にも聞こえぬほどの小さな声でボソリと呟いた。
「覚えてろ、いつか絶対追い出してやる。」
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「びっくりした!シュアンって剣も使えるのね。」
「・・・・・・・・・・・。」
その言葉に青年はじっと黙って自分の両手を見つめた。
あの時、何も覚えていないのに体が勝手に動いた、
それどころか剣を握り締めた瞬間、懐かしいとさえ思ってしまった。
―――――――忘れた記憶、か・・・・・――――――――
「シュアンってば!」
強く名前を呼ばれはっと我に返る。
「どうした?」
「もう、しっかりしてよね!今日は大事なお客さんが来るんだから。」
「客?」
「そう、なんでも王都のほうから来た旅人さんらしいわよ。魔王陛下のお話とかいろいろ聞けるかもしれないわね!」
「まおう・・・へいか・・・?」
その響きに記憶の片隅で、何かが小さく音を立てた。
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「お父さんただいまっ!」
「おぉ、カリダ!遅かったじゃないか!」
「ごめんなさい、ちょっといろいろあって。あっ、もしかしてそちらの方達が?」
家に入るなり部屋の奥のほうにいるフードをかぶった三人組を視界に止めて、カリダは尋ねた。
「あぁ、そうだった。紹介が遅れました。娘のカリダです。」
「はじめまして。」
にっこり笑って挨拶をすると、三人もそれに小さく会釈を返す。
「あ、そしてこっちが・・・・・・」
キイッという音を立てて扉が開き、そこに現れた姿にフードをかぶった一団ははっと息を呑んだ。
「はじめまして『シュアン』です。」
瞳に銀の虹彩を散らせた青年はそう言って、小さく会釈した。
私は自分で名前をつけるのが苦手で、苦手で・・・・。
自分でつけときながらシュアンって何だい、と一人突っ込みしながら書いてます。
同じことを思った方、どうぞ自分の好きな名前に変換してお読み下さい。私もしてます。
(07.4.17)
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