「ごめんなヨザックにまでつき合わせちゃって。」
すっぽりと被ったフードの下から申し訳なさそうに謝る。
「そんな坊ちゃん達だけで行かせるわけないでしょう。行く場所は危険地帯から 離れていると言ってもほんの少しなんですから。あぁ、それよりも今から行く村 は小さな集落なので宿とかはありませんので、その村の村長の家に世話になるこ とになっています。そこでは俺たちは王都から来た旅人ということになっていますのでくれぐれも注意してくださいね。」
「分かったよ。」
「おい、見えてきたぞ!」
一人先頭を行っていたヴォルフラムが一点を指差して声を上げた。

木々に守られるようにポツンポツンと家屋が立ち並んでいる。


――――――あそこにコンラッドが・・・・・・・


+++++++++++++


「おぉ、ようこそお越しくださいました。何もないところですがゆっくりしてい ってください。」
村に着くなりこの村の村長という人物に案内されて、三人はそのまま部屋の中へ 案内された。
垂れた目尻から彼の人の良さが伝わってくる。
「もう少ししたら娘も帰ってくるとおもうのですが、・・・」
そう言うなり、玄関の扉がバタンっと大きな音を立てて開き、一人の少女が駆け 込んで来た。
「ただいま、父さんっ!」
「おぉ、カリダ!遅かったじゃないか!」
「ごめんなさい、ちょっといろいろあって。あ、もしかしてそちらの方達が?」
そう言ってちらりと視線を向けた後、ペコリと頭を下げてにっこりと微笑む。
「はじめまして。娘のカリダです。」
ツェリ様やアニシナさんの綺麗さとは違うけれど、そう言って笑う姿は純粋に可 愛いと思った。
しかし、そんな考えは次の瞬間見事に吹っ飛ばされた。

「はじめまして。シュアンです。」

呆然と三人が固まる中、突如現れた青年はそう言って小さく頭を下げた。



~忘却と混迷の果てに 第五話~




―――――――今、 何て言ったんだ・・・・?



目にした姿だけでなく今耳にした言葉が信じられず、全員が呆然とその場に固ま る。

「・・・・・何を言ってるんだっ!」
「ダメですっ!!」

ふと一番最初に我に返ったヴォルフラムがヨザックの制止も聞かずその胸ぐらに とびかかる。
しかし、青年は何のためらいもなくその猛然と向かってくる体をふっとばした。

「!」

派手な音を立てて、ヴォルフラムが床に倒れこむ。

「っ!!何をする!!」
床に手をつきながらギッと睨みつける。

「もしかして・・・・・分からないのか?」

呆然とその様子を見ていたヨザックが目を見張ったままぽつりと呟いた。
自分がよく知る幼なじみはこの可愛いらしい末の弟を心底可愛いがっていたはず だ。

その言葉に青年の眉がピクリと動く。

「・・・・・・・・・誰だ?」

無表情に自分達を見下ろすその瞳にその場の誰もが凍りついた。


+++++++++++++



「どうも奴は崖から落ちた後ここに流れ着いて、それをさっきの主人達が拾ってここにつれてきたみたいです。」

あの騒ぎの後三人は一旦あてがわれた部屋へと戻り、情報を集めて来たヨザックから話を聞くことになった。

「かなり衰弱してはいたようですが、傷も浅く大事にはいたらなかったようです 。しかし・・・・・・・・・」

一旦言いにくそうに言葉を区切ってから、意を決したように口を開く。

「どうも記憶をなくしてしまっているようです。」
「何だって?!!」
「・・・・・・・」

叫ぶウ゛ォルフラムに対して、ユーリはただ黙って身動き一つせず話を聞いている。

「今のところはまだこちらの状況も分かりませんし、少し様子を見ながら動きましょう。」
「そんなもの構うことはない!!殴ってでもとにかく連れて帰ればいいんだ!後はギーゼラがどうにでもしてくれる!」
「誰が隊長に勝てるんですか・・・・・」

ぷんぷんと怒るヴォルフラムに小さく溜息をつくと、そっと視線を先ほどから身じろぎ一つしないユーリに向 けた。

「陛下。」
「・・・・・。」
「大丈夫ですか?」
彼にしては珍しく心配そうな顔色を隠すことなく浮かべている。
「大丈夫だよ。ありがとな、ヨザック。」
それでも以前心配そうな顔を崩さないお庭番に苦笑を浮かべる。
「本当に大丈夫だよ。だってコンラッドは生きてた。それだけで本当に嬉しいんだ。」
そう、コンラッドが生きててくれたことは確かに嬉しい。でも、それよりももっ と頭を離れないものがあった。

あの時、ヴォルフラムがコンラッドに飛びかかった時、さっとその傍らに立つ少 女を守るように立ったコンラッドの姿。



―――――――いつも自分が見てきた背中が、今は違う誰かが見ている



その考えにズキリと胸が痛む。


「・・・・・ごめん、ヨザックちょっと外行ってくる。」
「散歩なら俺もついて行きますよ。」
「ごめん、一人になりたいんだ。」
このままここにいたらあまりにも情けない姿を二人に見せてしまいそうで、そう言い残して部屋を飛び出した。
後ろでヴォルフラムの叫び声が聞こえたが、ヨザックが止めてくれているようで追ってくる気配はない。


扉を開けて外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
気がつかないうちに、大分時間が過ぎていたらしい。

しばらく歩く内に、小高い丘の上に一本の木を発見し、そっとその下に座りこむ。
ひんやりと冷たい草の感触が心地よい。


――――――――ちょっと前までは生きててくれさえすればいいって思ってたのにな・・・・


脳裏に浮かぶのは、敵意の篭った目で自分を見つめるコンラッドの姿。


どう見ても部外者は自分達のほうで、幸せな再会を望んでいただけに胸が痛い。



――――――――俺は一体・・・・どうすればいいんだろう・・・・・・?



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コン コン コン

「どうぞ。」
軽いノックの後、そっと扉の隙間から覗いた姿にシュアンは瞳を細めた。
「あの・・・・ちょっと・・・いい?」
「いいよ。」
その言葉に、するりと体を部屋の中に滑り込ませるとカリダはそっと口を開いた 。
「あの・・・昼間のあの人達・・・知り合いなの?」
「・・・・・・・・・・・分からない。」
「もしっ!もしもよ!あの人たちがシュアンに・・・・帰って来いって言ってき たら・・・・どうするの?」
今にも泣き出しそうな顔でそう尋ねる少女に、自然と微笑が浮かぶ。
「・・・・・・行かないよ。」
「ほんとっ?!!」
「あぁ。」
その言葉に急にぱっと明るくなった少女に思わず苦笑が漏れる。
「あ、何がおかしいのよ!!」
「いや。さ、今日はもう寝た方がいい。明日早いんだろう?」
「あ、そうだった!じゃあね、シュアンおやすみなさい」
そう言ってどこか晴々とした表情で立ち上ると、慌しく部屋を出て行く。




完全に少女の気配が消えるのを感じてから青年は小さく溜息をついた。

さっきは知らないと言ったが今日来た三人・・・恐らくは知り合いなのだろう。
自分を見る目が、態度が、とても初対面の人間に見せるそれとは違っていた。


それに・・・・・・・、


呆然と自分を見つめる少年が、部屋を出て行くときに見せた、悲しげな顔。
何故だかあの表情が忘れられない。


――――――― 一体あの少年は・・・・・


そう思うと同時に、先ほどのカリダの今にも泣きそうな表情が脳裏に浮かぶ。

「・・・・・・・・・・・・・・。」


―――――――やめよう・・・・


何かを振り切るように思考を断ち切ると、青年はそっと席を立ち部屋を後にした。


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「はぁ・・・・・・・・」
一人夜空を見上げながら小さく溜息を一つ。
どれだけ考えようとも、これからどうすればいいのかなんて答えは出ない。

「そろそろ帰んないとヨザックが心配するかな。」

そう思い腰を上げようとした瞬間、ふとこちらへ向かってくる足音が聞こえてき た。


―――――――誰だ・・・・?


疑問に思い、立とうとしていた足を止める。
その間にも足音は近づいてきて、段々とその姿が明瞭になってゆく。

「「!」」

闇の中から現れた姿に、二人同時に目を瞠る。


そこに現れたのはたった今まで頭に思い描いていた人物だった。




(07.4.23)

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