忘却と混迷の果てに 第六話
「君は・・・・・」
目を瞠ったまま青年が呟いた言葉にユーリの胸がズキリと痛む。
――――――『君』か・・・・。
「こんな時間に何をしているんだ?」
「・・・・・・・・そっちこそ。」
予想外のことに何を話せばいいのか分からず、思わずそっけない返事になってしまった。
「俺は少し風にあたりに来ただけだ。」
「・・・・俺もだよ。」
「そうか・・・・・。」
そう呟くと青年は一瞬迷った後、そっとその隣に腰を下ろした。
お互いに何も言えないままどこかギクシャクとした雰囲気が辺りを覆う。
「えと、こ、ここへは良く来るのか?」
沈黙に耐え切れずにそう尋ねると、青年のほうもどこかほっとしたような表情を浮かべた。
「時折。何か考え事をしたい時とかに。」
「そっか・・・・・。」
その言葉が最後に再び沈黙が辺りを襲う。だが、先程とは違ってどこか柔らかな雰囲気が二人を包んでいた。
ふとその時、夜風が二人の間を通り抜け、その風にのってふわりと懐かしい香りがユーリの鼻腔を掠めた。
と、同時に脳裏に蘇るのは以前同じように、
ギュンターの講義を抜け出して、コンラッドと二人木の下に座り込んでいつまでも話し続けたあの頃。
――――――もう二度と出来ないことだと思ってたのに・・・・
じんわりと目元が熱くなる。
――――――――やっぱりコンラッドが生きててくれて嬉しい・・・
「・・・・・どうした?」
「え?」
その声に振り向くと、コンラッドの手がすっと伸びてきてユーリの目元を掠めた。
「泣いているのか?」
「な、泣いてなんかねぇよ!!」
その時初めて自分の目元が濡れていることに気づき、ゴシゴシと目元を擦る。だが、一度溢れた涙は留まることを知らず、後から後から湧いてくる。
「ちくしょう・・・・なんで止まらないんだよ・・・・・」
声を出さないように必死で涙を押し殺す。
ふと、その姿を見ていたコンラッドは思わずその震える肩に手を伸ばしかけて、それが触れる寸前で、はっと我に返った。
―――――――俺は今一体何を・・・・・・・・・
「・・・・・・今日はもう帰った方がいい。」
「!」
いつもより低い声に、ビクリとユーリの体が揺れる。
と同時に冷静な思考が戻ってきて、今の自分の姿にかあっと頬が熱くなる。
「あ、そ、そうだな。ヨザックも心配してるだろうし」
そう言ってごしごしと荒っぽく目元を拭き取ると、コンラッドのほうを見ないように素早く立ち上がる。
「じ、じゃあな!」
そう言い残しもの凄いスピードで走り去って行く背を直視することが出来ずに、その足音が聞こえなくなるまでコンラッドは身じろぎ一つせず、ただじっと黙ってそこに座り続けた。
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「あれ、ヨザックもヴォルフラムもいないのか・・・・」
あの後涙が止まるまでそこらへんを歩き回った後ようやく部屋に戻ったが、心配しているだろうと思っていたヨザックもヴォルフラムもいないのを目に留めてユーリは首をかしげた。
てっきり部屋の中にいるものだとばかり思っていたのに。
疑問に思いながらも、ポスンと側にあったベッドへ倒れこむ。
泣きすぎたせいか、閉じると瞼が少し痛い。
――――――――きっと変な奴だって思われただろうな・・・・・・・
ふと、先ほどの光景が脳裏を掠め、ユーリの顔が熱くなる。
何も知らない奴が何もしていないのに急に泣き出したんだ。きっと分けの分からない、変な奴って思われたんだろうな。
そう考えながらユーリがはぁとため息をついたと同時に、ふと扉が叩かれる音がしてユーリはガバリと体を起こした。
「ヴォルフラムか?」
扉まで歩み寄るとそう言って小さく扉を開ける。と同時にそこにいた姿にユーリは目を瞠った。
「君は・・・・」
「夜遅くにごめんなさい。・・・・ちょっといいかしら?」
その言葉に慌てて扉を開けるとその人物を中へと通す。
「えっとカリダ・・・さんだっけ?」
「カリダでいいわ。」
昼間の姿とはうって変わって、今はどこか険しい目つきをしている。
「・・・・・・・正直に答えて欲しいの」
数秒間の沈黙の後、カリダは静かに口を開いた。
「シュアンを・・・・・連れ戻しに来たの?」
「!」
何も言えずにただ目を見開いたユーリの姿からそれを肯定と取るやいなやもの凄い勢い
でユーリに詰め寄る。
「お願いシュアンを連れて行かないで!!」
「・・・・・・・・・。」
今にも泣き出しそうな少女の言葉に何も言えずにただ黙り込む。
「シュアンがいなかたらわたし・・・わたし・・・・」
「・・・・・・それは俺が決められることじゃないよ。」
「シュアンはさっき行かないって言ってくれた。」
「!」
「でも・・・・・・・」
誰にも聞こえないように小さくそう呟く。
「とにかく、お願いだからシュアンを連れて行かないで!!お願いっ!シュアンがいなかたらわたし・・・わたし・・・・」
そう言って泣き出した少女に何も言うことが出来ずに、ただユーリはその場に立ち尽くした。
++++++++++++++++++
コン コン コン
「こんばんは~v」
「お前は・・・」
思わず開けてしまった扉の先にいた人物に青年は目を見張った。
がっしりとした体格に、燃えるようなオレンジの髪。自分の記憶が確かならば確か少年と一緒にいた人物のはずだ。
「よぉ、久しぶり。つっても分かんねぇんだっけ?まぁ、いいわとにかく入れてよ。」
そう言って返事も聞かずにズカズカと中へと入ると、ヨザックはぱっと辺りを見渡した。
何もないのは昔と同じだが、よく見ると窓辺に一輪の花が挿してあった。おそらくさっき見た少女が置いていったのだろう。
「まったく、こっちは身も削れるほど心配してたっていうのに、いい暮らししてたみてぇじゃねぇか。」
「なんなんだお前は。」
「やだぁ!!忘れちゃったのぉ?グリ江のこと??」
くねっと体をくねらせて言われた言葉に、青年はただ冷めた視線を送る。
「ちっ、そこらへんは全く変わらねぇんだな。ま、ここからが本題だ。」
そう言うと、ヨザックは先ほどとはうって変わって真剣な表情を浮かべた。
「お前、どうするつもりなんだ?これから。気づいているだろうけど、俺たちはお前の知り合いだ。亡くなった記憶ってやつのな。」
やはり、という表情を浮かべるコンラッドを無視して言葉を続ける。
「で、聞きに来たってわけ。帰るのか、帰らないのかを。あんまり長居は出来ねぇんだ。今頃は俺の上司が仕事に追われてるころだろうからな。」
「俺は・・・・・・」
「帰るんだろ?」
「・・・・・・・・・・。」
じっと黙りこんでしまった青年に、はぁと盛大溜息をつく。
「お前があのお嬢ちゃんを大切にしていて、ここを離れられないのは分かる。助けてもらった礼もあるだろうからな。でも、そんなのは愛情でもなんでもない。」
そう言って真っ直ぐに幼馴染の目を見つめる。
「ただの同情だ。」
分かってるんだろう。と視線をなげると、その視線から逃れるように青年は下を向いて苦しそうに呟いた。
「それでも俺は・・・・・・・・・ここから離れることは出来ない。」
「坊ちゃんが、どうしてもって言っても?」
「!」
その言葉に青年の瞳が見開かれる。
「・・・・・・彼は一体何者なんだ。」
「それも自分で思い出すんだな。お前の為なんかじゃねぇ、坊ちゃんの為にな。あぁ、それから今の話坊ちゃんには言うなよ。そんじゃあ、邪魔したな。」
すっかり黙り込んでしまった青年を一人残し、スタスタとヨザックは部屋を後にした。
―――――――――まったく、帰りたきゃ帰りたいって言えばいいのに
どれほどの恩があるのかは知らないが、こうウジウジとした幼馴染を見るのは正直イライラする。
「さぁって、どうしたもんかねぇ・・・・」
そう呟いて思考を働かせているヨザックには、今の会話をある人物が聞いていたことに気づかなかった。
(07.6.28)
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