「お前が・・・を・・・に・・・・のは」
扉を叩こうとした瞬間、ふとその向こうから聞こえて来た言葉にユーリは伸ばしかけていた手を止めた。
―――――――今のって・・・・・ヨザック・・・・・?
一体何故ヨザックがここにと思った瞬間、次に聞こえて来た言葉にユーリは言葉を失った。
「それでも、俺は・・・・ここから離れることは出来ない・・・・」
「!」
忘却と混迷の果てに 第七話
あの後、泣きじゃくるカリダを何とか宥めながら部屋まで送り、ようやく自分の部屋に戻るとユーリは崩れるようにベッドに倒れこんだ。
『 シュアンは行かないって言ってくれた! 』
先程のカリダの言葉が何度も脳内を駆け巡る。
「・・・・・・・・・・・・・。」
―――――コンラッドが・・・ずっとここにいる・・・・・・・。
俺のことも、城のことも、全部忘れて、ここで一生暮らす。
コンラッドが記憶を無くしたと知った時から、そうなるかもしれないとは思っていたけれど
どこかまだ現実として受け止められない。
でも、
―――――もしも本当にそうなったら・・・・俺は・・・・。
「~~~~~~~~って!こんな風に悩むのはらしくないよな!!」
段々と暗くなっていく思考を一旦打ち切ると、何かを決めたようにがばっとベットから飛び起きる。
「本人に直接聞いてこよう!!!」
そう叫ぶなり、部屋を飛び出しコンラッドの部屋へと向かう。
場所は一応ヨザックから聞いていたのと、さほど大きい家でなかったために迷うことなく目的の場所へと着いた。
小さく息を吐き、いざドアを叩こうとした瞬間、ふと話し声のようなものが聞こた気がしてユーリは思わず伸ばしかけていた手を止めた。
―――――――今のって・・・・ヨザック・・・・?
何故ここにヨザックが?と不思議に思いつつも、ヨザックがいるのなら丁度いいと、再び手を伸ばそうとしたが、
次に聞こえて来た言葉にユーリは思わず息をするのも忘れて固まった。
「俺は・・・・ここから離れることは出来ない・・・・・・」
「っ!」
―――――今のってコンラッドの声・・・・だよな・・・・・・
扉越しに聞こえて来たのは先ほどのカリダの言葉を裏付けるもの。
夢が一気に現実になる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
頭の中は真っ白になり何も考えられなかったが、とにかくこの場を去らなくてはという一念で、そっと音を立てないように静かに踵を返すと、
部屋から離れ、何の音も聞こえなくなった辺りまでくると全速で走り抜ける。
――――ここに来る前はコンラッドが生きていてくれさえすればそれでいいと思っていた。
――――ここに来てコンラッドが生きてるって分かった時、心のどこかでは記憶がなくなってもコンラッドならって
・・・・そう、思っていた。
ツンとした痛みが鼻を襲う。
――――それなのに、
何かを堪えるかのようにぎゅっと唇をかみ締め曲がり角を曲がった瞬間、ドンという音と共に向こうから曲がって来た人物とぶつかった。
「・・・・っ。」
「おや、どうしたんだい?」
その声に、そっと顔を上げる。
「お・・・じさん。」
見るとがこの家の主人が心配そうな顔で立っていた。
「ん?」
「あの・・・いえ・・・その・・・」
「あぁ、もしかして眠れないのかい?だったらおいで。」
「あっ、いえ!!!」
「いいから。さ、こっちへおいで。」
にっこりと微笑みながらユーリの手を引き台所まで連れて行くと、
傍にあったテーブルにユーリを座らせ、暖められたミルクが入ったコップをそっと机の上に置いた。
「あ・・・・ありがとうございます。」
何も喉を通す気にはなれなかったが、とりあえずお礼を言って一口だけ口に含む。
その時、ふと視線を感じて顔を上げると、おじさんがにこにこと笑みをこっちを見ていた。
「あ、あの?」
「おぉ、すまんね。何だか君がカリダに少し似ていてね。」
「カリダさんに?」
「あぁ、あの子もつい最近までは眠れないと言ってはわしの部屋へ来て、それを飲んでから眠っていたものだったんだよ。」
「そうなんですか・・・・・。」
心なしか気持ちが沈んでしまうのを隠し切れない。今は彼女の名前を聞くだけで胸がズキリと痛む。
「あぁ。じゃが、彼、〝シュアン〟が来てくれてからは・・・・・、」
その言葉にユーリに体が一瞬ビクリと揺れる。
「シュアンが来てくれてからは、夜眠れないこともなくなったし、・・・・・・よく笑うようになった。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
嬉しそうに話す主人とは対照的に、カップをぎゅっと握り締めながら、じっと黙って話を聞く。
「実は、去年となりの村で起こった抗争に巻き込まれて、妻を亡くしてね。ここ最近だよ、あの子の笑顔を見れるようになったのは。」
「そう、だったんですか・・・・・。」
「まだまだ隣の町の争いは・・・酷い。わしだって明日には内争に巻き込まれて死ぬ身とも限らん。」
「そんなっ!!!」
「いいんじゃ。本当のことだから。だから・・・シュアンがこの家に来てくれたときは本当に良かったと思ったんじゃ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「わしが死んだらカリダは一人になってしまうから・・・・・んっ、どうかしたかね?」
じっと黙り込んだまま、何も言わなくなってしまったユーリに、どうしたのかと不思議そうに視線を向ける。
「・・・・・いえ・・・・あの・・・俺、そろそろ戻ります。ごちそうさまでした。」
「どういたしまして。あったかくして寝るんじゃよ。」
その言葉に小さく頭を下げるとユーリはそっと部屋を後にした。
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カチャリと静かに音を立ててドアが開く。
「ユーリ!!!!一体どこに行っていたんだ!!!!ずっと探してたんだぞ!!!」
と、同時に部屋の中からヴォルフラムが飛び出してきて、その胸倉を掴んだ。
しかし、すぐにその様子がいつもと違うことに気づき、そっと手を離すと、その瞳を覗き込む。
「ユー・・・リ?・・・どうしたんだ?何かあったのか?」
「・・・・・・・・なぁ、ヴォルフ・・・・・帰ろうか。」
「!」
予想外の言葉に目を見開く。
「な、何を言ってるんだ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・ユーリ?」
「・・・・・・・・このままそっとしておいた方がいいんじゃないかと思って。」
ヴォルフラムの視線から逃れるように視線を外すと、小さく呟く。
「俺・・・・今でも時折さ、コンラッドが昔の戦争で死なせてしまった人達の事で苦しんでるの知ってるから。
今コンラッドが幸せならそっとしておいた方がいいんじゃないかと思って。」
脳裏に浮かぶのはカリダを守るように立つコンラッドの姿。
「コンラッドが生きててくれて、幸せなら・・・・俺はそれで十分だよ。」
「っ何を言ってるんだ!!」
それまでじっと聞いていたヴォルフラムが声を荒げて叫ぶ。
「記憶っていうのは絶対に忘れてはいけないものなんだ。それがどんなにツライものでも。記憶を消すということは、そのものの存在を消すということなんだ。」
「・・・・・・・分かってる。分かってるんだ。それでも、・・・・・それでも俺は・・・・・・・・・・」
苦しげに呟かれたユーリの言葉に、思わず何も言えずに黙り込む。
「・・・・・・・・・・・・・ユーリが決めたことなら僕は文句は言わない。」
「ヴォルフラム・・・・。」
数秒間の沈黙の後静かに言われた言葉に、そっと顔を上げる。
「僕の主はお前だ。お前の好きにすればいい。」
そう言ってプイっと向けた背に、ユーリはすまなさそうに小さく呟いた。
「ごめんな・・・・ヴォルフラム。」
(07.10.22)
次回「おいてけぼりのコンラッド」
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