『のぅ、シュアン。』
『どうしたんですか?折り入って話したいことがあるというのは』

深夜遅く、その家の主人に呼び出された青年は怪訝な顔で問いかけた。

『・・・・・・それがカリダのことなんじゃが』
『?』
『できればこのままずっとあの子の傍にいてやってくれないか?』

突如言われた言葉に目を見張る。

『どうして・・・・・・・』
『ここはまだまだ安全な場所とは言えん。隣の町では月に一回は争いが起こっておるし、わしもいつそれに巻き込まれて死ぬかも分からん。』
『何を言っているんですか』
『いいんじゃ事実じゃから。それでも・・・・・もしわしがいなくなったらあの子は一人になってしまう。だから、 出来ればこれからもずっとあの子の傍にいてやってくれないか?あの子のほうも君に懐いとるようじゃし。』
『しかし・・・』
『頼むっ!』

そう言って主人が深々と頭を下げたので青年は焦った。

『顔を上げてください!』

しかし依然下げたま顔を上げようとしないないその主人の様子に諦めたように溜息を付いくと、青年は小さく呟いた。

『・・・・・・・・分かりました。』

記憶のない自分を拾い、あまつさえいろいろと世話を焼いてくれた恩人の頼みをどうして断ることができるだろうか。

それに、


―――――どうせ記憶のない自分に出来ることなど何一つないのだから






・・・・・・・・・あの時は確かにそう思っていた。




―――――けれど、




~忘却と混迷の果てに 第八話~



「あ、おはようございます坊ちゃん。」
「おはようヨザック。」

ゴシゴシと瞼を擦りながら階段を下りると、既に朝食を終えた様子のヨザックが目に入った。

「珍しく遅い起床ですね。わがまま閣下は何してるんですか?」
「昨日あんまり寝れなくてさ・・・・。ヴォルフラムならまだぐーすか寝てるよ。」

そう言ってから、ちらりと周囲を見渡す。

「・・・・・・・・・・・コンラッド達は?」
「何でも山へ食材調達へ行っているそうです。お弁当まで持参して行ったので夕方までは帰りませんよ。 主人は朝から村の会合があるとかで出かけています。暇ならロードワークにでも付き合いますが?」
「や、それもいいんだけど・・・・・・・・それより」
「どうしました?」

急に真剣な表情になったユーリにヨザックがどうしたのかと不思議な表情を浮かべる。

「実は・・・・・」

小さく息を吸うと、ユーリは昨日の夜考えたことを打ち明け始めた。



++++++++++++++++++++++




「シュアンー見てみて!!!おっきいキノコ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・。」

見つけたそれを指差し、嬉しそうに手を振る。しかし、どうにも相手にはその声は届いていないようだ。

「~~~~っシュアンってば!!!!!」
「え?あぁ、どうした?」
「何よ、聞いてなかったの?!!!!!」
「すまない・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」

直ぐに謝るがそれが余計に気に入らなかったのか、少女はキッと瞳を吊り上げると目の前の人物を睨んだ。 しかし直ぐに表情を崩すと、悲しそうに瞳を歪める。

「・・・・・・昨日の人たちのこと考えてるの?」

その言葉にピクリと青年の肩が揺れる。

「・・・・・・・そうじゃない。」
「嘘っ!!!!」

突如少女が激しく叫んだので、その初めて見る姿に驚く。

「シュアン・・・・・昨日行かないって言ったよね・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「行かないって言ったよねっ?!!!!」

じっと自分を見つめてくる視線から目を逸らすと、青年は小さく呟いた。

「俺は・・・・・・・・行かない。」
「~~~~~~~バカぁっ!!!!もう知らない!!!!今日は私あっちの方探してくるから来ないでね!!!!」

そう言って怒った様子で去って行く背を見つめる。


本当ならここは追わなければいけない所だということは分かっている。
しかし、どうしてか動く気になれず、青年はただその場に立ち尽くした。


「俺は・・・・・・」


脳裏に浮かぶのは、以前交わした主人との会話。



『これからもずっとあの子の傍にいてやってくれないか?』
『・・・・・・分かりました。』



その言葉に頷いたのは自分だ。



―――――けれど・・・・・



何かをこらえるかのように瞼を伏せると、青年は苦しそうに呟いた。


「・・・・・・・・・・・・俺は、約束を破るわけにはいかない」



例え心が『違う』と訴えていようとも。



++++++++++++++++++




夕日が沈む頃、あの後一言も口をきかないまま二人は家へ戻った。

「おや、どうしたんだい?」

そんな二人の微妙な空気を察知したのか、帰ってきた二人を見て主人が怪訝な顔を向ける。

「ケンカでもしたのかい?」
「そんなんじゃないわ!!!!私ちょっと疲れたから上で休んで来るわね!」

そう言ってドンっと手に持っていたカゴをテーブルの上に置くと、 逃げるように部屋へ駆け込んで行ったカリダの様子にさらに不思議そうな顔を浮かべる。

「?????本当にどうしたんだい?・・・・と、あぁ、そうだシュアン」
「・・・・・・・なんですか?」

自分も部屋へ行こうとしていたところを呼び止められ思わずギクリと体がこわばる。

「預かり物じゃよ。」
「・・・紙?」
「あの坊やからじゃよ。お前が帰ったら渡すように頼まれていたんだ。」

〝あの坊や〟という語に表面上は冷静さを保ちながらも、渡された1枚の紙切れを素早く開ける。


「・・・・・・・・・・っ!」
「何て書いてあったんじゃ?」

そこに書かれた文字を見て息を呑んだコンラッドの様子に主人が不思議そうな視線を向けてくる。 だがその質問には答えず、すぐに紙をポケットにしまうと、青年は慌てた様子で玄関の方へと向かった。

「シュアン?!!どこに行くんじゃ?!!!」
「すいませんちょっと出かけて来ます・・・・・っ!!!!!」



++++++++++++++++++++




昨日見つけた木の下に一人座っていたユーリは、突如聞こえてきた足音に顔を上げると そこに現れた人影を目に止めて小さく微笑した。

「悪いな、呼び出して」

そう言って闇の中から現れた人物に手を上げる。

「忙しかったんだろ?」
「・・・・・別に構わない。それよりも一体いつからここにいたんだ?」
「ん~・・3、4時間くらい前からかな?」
「どうして・・・・っ!!!!家で待っていればいいだろう?!!」
「まぁ、それはいいからさ。座れよ」

まだ何かいいたそうなコンラッドの姿に小さく笑うと、ユーリはポンポンと自分の隣を叩いた。
それに一瞬言葉を詰まらせたが、青年はゆるゆるとそれに従った。

隣に腰を下ろしたコンラッドを見ながら、気づかれないようにほっと溜息をつく。

「あ~えっと・・・その・・・キノコはいっぱい採れた?」
「・・・・・・あぁ。」
「そっか・・・・・・あの・・・さ・・・」
「何だ?」
「や・・・その・・・・こ、ここの生活は楽しい?」

その質問に一瞬沈黙した後、間を空けてから答える。

「・・・・・・・あぁ。」
「そっ・・・・か、それは良かった。」


それを最後に再び沈黙が訪れる。


「・・・・・あの、さ・・・カリダさんってすごくいい人だよな」
「・・・・・・・・あぁ。」
「だよ、な・・・・・。」

分かっていた答えなのに何故か胸がズキリと痛む。



―――――――――やっぱ実際に言われるとちょっとキツイな・・・・・



「・・・・・・・・なぁ」
「ん?」

数分間の沈黙のあと、ユーリは静かに口を開いた。
その語調とは裏腹に手は強く握ったままで。


「・・・・・・・・・・・最後に・・・・これで最後にするから、一つだけ聞かせてくれないか?」


そう言うと、まるで全てを目に焼き付けるようにユーリは目の前の青年をじっと見つめた。




月下の下でも鮮やかに光る美しい瞳。
ふわりと風になびく琥珀色の髪。

何度も見た。触れた。

服の上からでも分かるしなやかに筋肉のついたたくましい腕。


この腕に幾度と無く守ってもらった。
この腕に幾度と無く抱かれた。


その大きな背に守られることが当たり前だと思っていた、あの頃。




―――――――――何も変わっていないようなのに、今はこんなにも遠く感じる。




「あんたは今・・・・・幸せか?」



搾り出すように声を上げる。



「・・・・・・・・・・・・あぁ。」



ざあっと大きく風が吹き、木々を揺らす。



「そうか・・・・・・・・・・・。」



風が二人の間を通り抜ける。


「んじゃ、俺そろそろ行くわ。」


どこへ、とは言わずにユーリは静かに立ち上がった。


「・・・・・・・・・・・・・・。」
「じゃあな!」
「・・・・・・・・・・・・・っ!」

今までの思いを全て断ち切るようにそう叫ぶと、逃げるようにその場から走り去る。


「・・・・・・・・・っ!!!」


思わず立ち上がり、その背を追いかけそうになるが、しかし堪えるようにその場に踏みとどまると、コンラッドはただ傍にあった木に拳をたたきつけた。




(07.12.4)




段々カリダが嫌な奴になってきました。
当初ではもう少し良い扱いをする予定だったのに…どこで間違ったかな?(汗


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