忘却と混迷の果てに 第九話



「本当に良かったのか?」
荷物をまとめながら、どこか不安そうにヴォルフラムが尋ねる。
「あぁ」
それに軽く頷くと、ユーリもまたカバンに荷物を詰め込んだ。
「全く・・・これでは一体何をしに来たのか分からんな」
「全然違うよ。コンラッドが生きてることが分かって、幸せだってことも分かった。それで十分だよ」
荷物を詰め込んでパンパンになったカバンを、満足そうに叩きながら答える。


それを少し離れた部屋の隅からじっと見ていたヨザックが、彼にしては珍しく眉根に皴を寄せながら口を開いた。
「・・・・・・・・口を挟むようですがね」
「ヨザック?」
「さっきからあいつが幸せそう、幸せそうって言ってますが、俺から見れば今のアイツは全然幸せそうじゃないですよ」
「な、にいって・・・・・。」
ヨザックの言葉にユーリに表情が僅かに歪む。
「俺からしてみれば、陛下と一緒に城にいたときの方が今よりもずっと幸せそうな顔をしてましたけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「本当にアイツを置いて行っちまうんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

何も言えずに押し黙ってしまったユーリをじっと見つめる。
「だって・・・・・コンラッドが幸せだって・・・・」
「あいつがそんな素直に言うわけないじゃないですか」

ヨザックと同じ意見なのか、ヴォルフラムは口を挟もうとはせず、ただじっと黙って二人のやり取りを見ていた。

「・・・・・・・俺だって、本当は・・・・・」

しばらくの沈黙の後、ユーリが小さく呟いた瞬間、

「支度は出来ましたか~?村の外れまでお見送りしますよ」
控えめなノックの音とともに聞こえてきた主人の声に、ユーリはぐっとその言葉を飲み込むと、再び明るい笑顔を作り、リュックを担いだ。

「もう、決めたんだ!ほら、行こうぜ!」

精一杯明るくふるまいながら部屋を後にするユーリの姿に小さくため息をつくと、ヨザックも仕方がないといった様子でその背に続いた。


(どうして二人してこんなに素直じゃないかねぇ・・・・・)


++++++++++++++++++


「長い間ありがとうございました」
「いえ、こちらこそなんのお構いも出来ませんで、申し訳ないくらいです」
そう言って頭を下げる主人を見ながら、ちらりとユーリはその傍らに立つ青年の方に視線を向けた。
何の表情も浮かべずに立つ青年の隣には、彼に寄り添うように少女が立っていた。


――――これで、いいんだ・・・・


ズキリと鈍い痛みを胸に感じながら、振り切るように視線を主人に向ける。

「王都の方へ来られた時はまた声を掛けてください」
「はい、是非そうさせてもらいますね」
「・・・・・それじゃあ」

そう言って最後にもう一度、視線を青年の方へと向ける。
最後に声を聞きたかったが、青年は結局一言も口を開こうとはせず、それどころか一度も視線を合わせようとさえしなかった。

少し惜しみながらも踵を返そうとした瞬間、ふとコンラッド達の背後にある茂みの中がキラリと光った気がして、ユーリは足を止めた。


―――――あれは・・・っ!!!


「コンラッドっ!!!!!!」
「ユーリっ?!」
「陛下?!」

突然駆け出したユーリに、ヴォルフラムとヨザックが驚いた声を上げる。
と、同時に先ほどの茂みが大きく揺れたかと思うと、中から手にナイフを持った一人の少年が飛び出してきた。

「よそ者は出て行けーーーーー!!!!」
怒声と強烈な殺気を感じてコンラッドが振り返った視線の先にいたのは、

(こいつは確か・・・)

「ブランカっ!!!!!」
カリダの叫び声に、以前刀を交えた時のことを思い出す。

しかし思い出した時には既に間合いが迫り、当たることは避けられないと悟り、せめて急所に当たらないようにとかわそうとした瞬間、
「なっ?!!!!」
突然のドンっという横からの強い衝撃に、目を瞠る。


「・・・・あっぶね!」
気がつくと、ユーリと二人倒れるように地面に膝を付いていた。

隣を見るとオレンジ色の髪の男に既にブランカは捕らえられていて、殴られたのか、気を失ったようピクリとも動こうとしなかった。


けれど、今はそんなことよりも・・・


「シュアン大丈夫だ、」
「何をするんだ!!!」

慌てて駆け寄ろうとしたカリダは、その怒声にピタリと伸ばしかけた手を止めた。

「こんな、危険なこと・・・・・・」

どこか苦しそうに眉根を寄せながら、青年はじっとユーリを見つめた。

「どこかケガは?」
「な、ないです・・・・・」
あまりのコンラッドの剣幕にビクビクしながら答える。
「・・・・・・・・・・・よかった」
ユーリの言葉にほっとしたように力を抜くと、コンラッドは崩れるようにその肩口に顔を埋めた。

そのコンラッドの様子に、本当に心配をかけてしまったのだということに気づき、
「・・・・ごめん」
とユーリが呟いた瞬間、バチリとこちらを見ていたカリダと視線が合った。

「っ!!あ、え、えっと・・俺もう行かなきゃ!」
「!」
ドンっと突き放すようにコンラッドから離れ、逃げるようにその場から駆け出す。

と、その時

「ユーリそっちは!!!」
「へ?」
焦ったようなヴォルフラムの声に首を傾げた瞬間、足元がぐらりと揺れたかと思うと同時に、急速な浮遊感が全身を襲う。

「うわぁぁぁ!!!」

派手な水しぶきを上げて、崖下に流れる川の中へユーリの体が呑みこまれる。
「陛下っ!」
小さく舌打ちすると、気を失っているブランカを放り投げ、自分も飛び込もうとヨザックが息を吸い込んだ瞬間、その隣を人影が通りすぎた。
「コンラッド?!!!」
驚いて横を見た時にはもう、コンラッドの姿は水中へと消えていた。

「・・・・・まったく、いいとこばっかり持っていきやがって!」
そう言いながらもヨザックは嬉しそうに笑った。しかし、すぐに表情を引き締めると背後を振り返り、
「この川を先回り出来る場所はあるか?!」
「あっ・・・」
真っ青な顔をして、身動きすることすら出来ずその光景を見ていた少女に叫ぶ。
「聞いてるのかっ?!!」
「あ・・・む、向こうの橋を渡って、下流の方に行けば・・・」
その言葉が言い終わらないうちに、指差された場所下へ駆け出す。


その光景をどこか呆然とした表情で見つめながらカリダは小さく呟いた。


「・・・・・・・・・・”へいか”?」




(07.4.4)




長くなりましたが次で終わります。
もう少しだけお付き合いお願いしますm(_ _)m



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