「ユーリぃ!!」
声を荒げてヴォルフラムは一人キョロキョロと視線を彷徨わせながら長い廊下を歩いていた。
「一体何処に行ったんだ、もぅとっくに時間は過ぎたというのに。」
正確には探し始めてから、すでに二時間が過ぎていた。
「隠れているなら出て来いっ!!」
そう叫ぶが返答はなく、廊下はただシンと静まり返っている。
その時、ふと視界に一つの部屋がうつった。どうやらそこが行き止まりらしい。
「初めて見る部屋だな。」
ゆっくりと足を進めると、室内は不気味なほど静まり返っていた。
その暗闇の中で鈍く輝く何かに目が留まる。
「・・・鏡?」
魔鏡~遠い地で俺は再びキミに恋する 2~
急速な浮遊感が終わると同時にいきなり地面に叩きつけられた。
「いったぁ・・・・・。」
腰をさすりながら上体を起こすと、視界に写ったのは土と空。
「あれ、俺確か城の中にいなかったけ?」
そう言いながら視線を巡らすと、遠くに血盟城が見えた。
「えっ?!!ここどこ??」
注意深く周りを見ると、そこはいつもロードワークで走っているところだった。でも、何かが微妙に違う。
「木が・・・・・。」
視界にうつる木は全て無残なほど枯れていた。それだけじゃなく、辺りには草一つ生えていない。
――――――汝の望みし時に、汝を導かん――――――
脳裏に先程の言葉が蘇る。
あの時思ったのは――――――・・・。
「もしかして・・・・20年前?」
呆然と辺りを見渡す。
「・・・・・・・・・本当だったんだ。」
視界に写るものは全て自分の知るものと微妙に違う。木も建物も、全体を包む雰囲気さえも。
――――――俺は本当に20年前に来たんだ――――――
頭には念の為に落ちていた布を被り、ユーリは通りに向かった。
いつもは人で賑わっている通りは、店は全て閉じ、ぼろぼろの服を着た人たちが虚ろな表情で彷徨っているだけだ。
――――――これが、20年前・・・・――――――
思わず目を逸らしたくなるような光景を歯を食いしばってジッと見つめる。
その全てを目に焼き付けるように。
その時、ふと何か引かれる感じがして下を見ると、小さな女の子が一人服のすそを掴んでいた。
着ている服はところどころ穴が開き、至る所に巻かれた包帯は茶色く変色してしまっている。
「どうしたの?」
そう言ってしゃがんで視線を女の子に合わせる。
「おにいちゃん偉い人?だってすごく綺麗な格好してるから。」
着ているのはいつも城下へ遊びに行くときに来ている普通の服だ。
「ねぇ、だったら分かる?どうして“せんそう”は終わったのにツライのは終わらないの?」
「・・・・・っ!」
「ねぇ、どうして?“せんそう”は終わったんでしょう?早くパパを返してっ。お母さん言ったの。せんそうが終わればお父さんは帰ってくるって!」
お願いっと、少女が訴える。
「ごめんっ・・・!!」
耐え切れずにそう言って少女から視線を外すと、ユーリは振り切るように立ち上がってその場から逃げ出した。
背後からは少女の泣き声が聞こえてくる。
「っ!」
ぎゅっと唇をかみ締めて、ただ全てを振り切るようにユーリは走った。
「ちくしょうっ!!!」
少女の泣き声も、何も聞こえなくなった辺りに来るとユーリはようやく足を止め、近くにあった木を力任せに殴りつけた。
じんわりと血が滲みだす。
「ちくしょうっ!!!」
もう一度同じように木を殴る。カサリという音を立てて葉っぱが落ちていく。
はぁと息を付いてその根元へずるずると座り込む。
――――――何も言えなかった。――――――
先程の少女のことが脳裏をよぎる。
言おうと思えば言えたかもしれない、もう大丈夫だよ、父さんは絶対帰って来るよ、と。そしたら少女は喜んだかもしれない。
たとえ一時の慰めだとしても。
分かっている、あの場を逃げ出したのは何よりも悪いことだったのだと。
だけど・・・・・・
言えなかった。何も。
戦争なんか体験したことなくて、全てが過去の事だと思っていた俺にとってあの時浮かぶ言葉なんて何一つなかった。
どれほどの苦痛と恐怖が彼らを襲ったのだろう、ましてその最前線に立っていた彼はどうだっただろう―――・・・・・・・・。
――――――来なければ良かったのだろうか――――――
すでに闇が広がりだした空を見上げながら自身に問いかける。
しかし、すぐに首を振る。
――――――だめだ、見なくちゃ何も変わらない――――――
この国にあった過去を、彼の過去を・・・――。
何か自分に出来ることがあるかもしれないから・・・。
祈るように空を見上げるとすでに星たちが淡く輝き出している。
その時、ふと目の前の通りを誰かが通りかかった。
全身に包帯が巻かれているあたりから、ものすごい怪我をしているのだと予想がつく。
思わず声をかけそうなになり、ユーリはその姿を見て一瞬息を止めた。
ボロボロの包帯を身に付け、辛そうに足を引きずりながら歩くその人物は――――――、
「コンラッドっ!!」
今よりも少し髪は長いけれども、見間違うはずもない、自分の良く知る彼だった。