魔鏡~遠い地で俺は再びキミに恋する(4)~
「それで、君は一体誰なんだ。」
夜風で体が冷えてきた頃にコンラッドはゆっくりと問いかけた。
「・・・・・・・。」
―――まさか20年後から来ましたとはいえないよなぁ・・・・。―――
無言で下を見つめる。
「言えないのか。」
その言葉にゆっくりと頷く。
「・・・じゃあ今日はこれからどこに帰るんだ?」
「・・・・・・。」
「・・・・帰るところも無いのか。」
「・・・・・うん。」
その言葉に呆れるようにコンラッドは溜息をついた。そしてその後申し訳なさそうに下を向いたままのユーリを見つめる。
「・・・それなら家に来るか?」
「えっ?!!いいの?!でも・・・・。」
あまりいろんな人に会うのは良くないかもしれない。確か、未来が変わってしまうとか何とか、昔読んだ本に書いてあったような気が・・・。
うんうんと頭を悩ませているユーリの表情から事情を察知したのか、コンラッドは言った。
「俺の他には誰も住んでいない。」
「えっ?!城には住んでいないの?」
「あそこに俺の居場所はない。」
きっぱりとコンラッドは言い切った。だが呟くその瞳はどこか悲しそうだ。
――――確かこの頃のコンラッドとヴォルフラムって仲悪かったんだっけ・・・――――
今は結構いい感じなのになぁ・・・。
一人違うことを考えているユーリに焦れたようにコンラッドが少し語気を強めて言った。
「来るのか?来ないのか?」
その言葉にはっと我に返る。
―――どうせもうコンラッドにはもうばれてしまったんだからいいよな―――
「い、行きます。連れて行って下さいっ!」
慌てて頭を下げる。
そんなユーリの様子に気づかれないようにコンラッドは軽く微笑した。
*
「なぁ、なんでこんなところに住んでるんだ?」
森のはずれにある小さな小屋に着くとユーリはコンラッドに問いかけた。
「あっ、言いたくないならいいんだけど、ただちょっと気になってさ。怪我もしてるのに、手当てとかしなくていいのかなって。」
包帯だらけの体を見ながらユーリは心配そうに瞳を揺らした。
「もし悪くなったら大変だろ?ここには何にもなさそうだし。」
ぐるりと室内を見渡すと、そこにはベッドや机ぐらいの家具しかそろっていない。薬なんてもってのほかだ。
「別に悪くなろうが、良くなろうがどうでもいい。・・・・と思っていたからな。」
――――本当は死ぬためにここに来た。――――
コンラッドは胸中で呟いた。
城に戻っても、どこに行っても誰もが自分を英雄と称えた。心の奥では違うことを思っているのに違いないのに。
ましてや自分は英雄なんかじゃない。俺が生き残ったのはただ単に運がよかっただけだ。
多くの部下を殺して、なお生き残ってのうのうと生きている自分に嫌気がさしてここに来た。
なのに・・・・。
この少年をこの家に呼んだのは、全くの無意識だった。
誰にも知られずここで死ぬのもいいと考えていたのに。自分から誰かを誘うなんて。
ゆっくりと視線を少年の方に向けると、すでに瞳を閉じている少年の姿が目に入った。
コンラッドは微笑するとその少年を抱えて、ベッドへと運んだ。
ベッドに横たえるとその漆黒の髪が目に入った。
ゆっくりと腰をベッドに下ろし、その髪を軽くすいた。
すると少年が小さく自分の名前を呟いた。瞳は閉じたままだ。寝言、なのだろうか。
不思議に思うよりも何か温かいものが胸の中に広がっていく。
――――何故、こんなにもこの少年は自分の心を揺らすのだろう。――――
こんなどこの誰とも分からないような存在を家の中に入れるなんて普段の自分なら絶対に
しなかっただろう。
だけど、この少年が自分の名前を呼ぶたびに嬉しかった。
今まで誰に呼ばれようとこんな気持ちになったことなど無かったというのに。
立ち上がろうとベッドから腰を上げようとすると、何かに引っ張られた。
ふと下を見ると、少年が自分の服のすそを掴んでいた。
自然と笑みがこぼれる。
こんな風にまた笑える日が来るなんて・・・。昨日までは想像もしていなかったことだ。
コンラッドは再び腰をベッドに下ろすと、ゆっくりとその髪に触れた。
――――何なのだろうこの気持ちは・・・――――
自分の中にある気持ちが何なのか分からないまま、その日コンラッドは何度もその髪を梳き続けた。
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