魔鏡~遠い地で俺は再びキミに恋する(5)~




「んっ・・・・。」
窓から差し込む日の光が顔に当たりユーリはゆっくりと瞼を上げた。

ぼんやりとした視界になにかが映る。

「んっ?・・・・うわぁぁぁぁぁ!!」

一気にクリアになった視界に映ったものに思わず後ずさる。

「んっ・・・。」

むくりと眼前のシーツが盛り上がる。

「こ、こここコンラッド!!」
「なんだ、もぅ起きたのか。」
「起きたのか、じゃないっ!!なんで一緒に寝てるんだよっ!」
「君が離さなかったからだろう。」
「えっ?」
「君が俺の服を掴んで眠ってしまったんだ。」
「あっ、そうだったんだ。」
「顔が赤いぞ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だっ!!」

慌てて言い返すが、コンラッドは既に立ち上がって部屋を出ようとしていた。

「何してるんだよ!」
「朝食を作りに。食べるんだろう?俺一人じゃいらないのだが。」
「そうじゃなくて! コンラッドは怪我人なんだからあんまり動き回るな!朝飯くらい俺が作るから。」
そう言ってコンラッドを再びベッドの上に座らせると、ぱたぱたとユーリは部屋を出ていった。





「びっくりした・・・っ。」
一人きりになったことを確認するとユーリは小さく呟いた。

今のコンラッドも十分すぎるほどかっこいいけど、やっぱりかっこいい奴は昔からかっこいいということで、不覚にも今と違う感じのするコンラッドにどきりとしてしまった。


「くっそう、反則だよなぁ。」


鍋はぐつぐつと煮立ってきている。

「でもあれだけかっこいいんだからやっぱり昔からもててたんだろうなぁ・・・。」

かき混ぜる手を止めてユーリは一人物思いにふけった。



数分後、何か焦げた香りを嗅ぎつけたコンラッドが結局料理を作るハメになった。




「呼ぶときに困るから名前だけでも教えてくれないか?」
朝食が食べ終わった後、食器を片付けながらコンラッドは問いかけた。
「な、名前?・・・・あっ、食器の片付けくらいは俺がやるから。」
「だめならば無理にとは言わないが。・・・いや、これは俺が運ぶ。」
奪い取られた食器を逆に奪い返す。
「だから、これは俺が運ぶの!怪我人はおとなしくしてろっ!!名前教えるからさっ」
そう言って食器を奪い返す。今度はコンラッドも大人しくしていた。



――――と言っても本名教えるのはやっぱりマズいよなぁ・・・――――



「で、なんて名前なんだ?」
片付け終わったユーリが席に着くなりコンラッドは問いかけた。
「・・・・ユ、ユート。俺の名前はユートだよ。」
「・・・・ユート。」
確認するかのように呟く。

「そうか・・・いい名だな。」

胸にずきりと罪悪感が走る。

「・・・そうかな。あっコンラッド包帯!!包帯かえなきゃ!」
「別に、構わない。」
「構うって。ほら早く出せよ。」



――――コンラッドに嘘つくなんて・・・――――


ぐるぐると包帯を解きながら胸中で呟く。


――――仕方が無いよな・・・――――


もし、俺がここで本名とかを言ったりしたら未来が変わって、二度とコンラッドに会えなくなるかもしれない。


――――それは、嫌だっ!――――


厳しい表情を浮かべながら包帯を変える。


そんなユーリの様子をコンラッドはじっと見つめていた。





「なぁコンラッド、これは食べれる?」

太陽が真上に上がった頃、二人は食材を集めるために小さな森に来ていた。

「あぁ。」

そう言うと、嬉しそうな顔をしてユーリは手に持っていたキノコを籠に入れた。

「まったく、あの部屋本当に何にもないんだもんな。」

ぶつぶつと文句を言いながら草を掻き分けて進む。

「おっ、あれうまそう!」
前方に生えているキノコを採ろうと、ユーリは一歩踏み出した。


その時、


「えっ・・・。」

グラリとユーリの体が傾いた。




しかし、倒れそうになる手前で何とか持ちこたえる。


「どうした?」

背後からコンラッドが草を掻き分けながら近寄ってきた。

「や、なんでもないよ。ちょっとぬかるみにはまっちゃってさ。・・・それより、アンタは怪我人なんだからあっち行ってろって!」

そう言って、コンラッドを押しのけるとユーリは再び足を進めた。




――――なんだったんだ、あれ――――


コンラッドが離れたのを確認してから、ユーリは呟いた。

いままで立ちくらみや貧血のようなものは病弱な人がなるものだと思っていた。だからまさか自分がそのようなものになるなんて、信じられなかった。


――――・・・まぁ、そんなに気にすること無いよな――――


もう少し運動した方がいいかもしれない、とだけ呟くとあまり気にも留めずにユーリは再び足を進めた。




森から帰ってくる頃になると辺りはすっかり暗くなっていた。

採ってきたもので軽く夕食を作り、それが食べ終わる頃になると、ユーリは椅子に座ったまま既に瞼を閉じていた。

よほど慣れない森の中を歩いたせいで疲れたのだろう、と、コンラッドはユーリを抱き上げると寝室へと向かった。


ぎしり、とベッドがきしむ。

眠る表情は疲れのためか昨日よりも少し険しい。

「・・・・俺なんか放っておけばいいのに。」

ポツリとコンラッドはその黒髪を見つめながら呟く。

本当なら自分のような混血が、手を触れることも許されないような存在であるはずなのに、いつも自分の身を案じ、名を呼び、その度に笑ってくれた。


すやすやと寝息を立てているユーリに視線を落とす。


「俺には、幸せになる資格なんてないのに・・・。」

小さくそう呟くとコンラッドはゆっくりとその部屋を後にした。






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