魔鏡~遠い地で俺は再びキミに恋する(6)~




「・・・・あれ、コンラッド早いな。」
まだ覚めたばかりの目を擦りながら、ユーリは既に起きて朝食を作り始めているコンラッドに目をやった。
「・・・・・・あぁ。」
声がした方を振り返りもせずにコンラッドが答える。



―――まただ・・・・―――



ユーリは小さく胸中で呟いた。


ユーリがこのコンラッドの家に来て既に5日が経っていた。


最初のうちはコンラッドも自分に笑顔を浮かべたりはしていたのだが、最近ではニコリともしなくなった。それよりも自分を避けているかのような気さえする。

理由は全く分からない。何か自分の気が付かないうちになにかしたのかと思い、そう尋ねてみても、違うとだけ言って、それ以上は話してくれなかった。


――――俺が何かしたのかな・・・・――――


悲しげに眉を顰めながら、視線をゆっくりとコンラッドに移す。


相変わらず一言も発することもなく、黙々と朝食の準備をしている。


――――・・・・あれっ?――――


ふと、コンラッドの目の下に視線がいった。


――――隈??――――


「な、なぁコンラッド最近よく眠むれてるか?!」
その言葉にコンラッドの肩が一瞬揺れる。それは本当にささいなもので普通の人には分からないほどだった。でも、ユーリにはそれで十分だった。
「眠れてないんだなっ!!」
「・・・・・・・違う。」
「嘘だっ!!じゃあその目の下の隈は何なんだよっ!!」
「違うと言っているだろう。」

そういうと、コンラッドはそれ以上口を開こうとしなかった。


―――くそぅ!!それなら俺にも考えがあるからなっ!!!―――







闇が深まり、既に時刻は2時を回るくらいになった頃、そろりそろりとユーリはベッドから抜け出すと、足音を立てないようにコンラッドが眠る部屋へと向かった。

部屋の前へと辿り着くとユーリはゆっくりと扉を開くタイミングを計った。


―――絶対、証拠をつかんでやるっ!!―――


そして何故自分を避けているのかを聞いてやるっ!!そう拳を握り締めながら扉の前でたっていると、ふと何か中から聞こえたような気がした。

「えっ?」

耳を澄ませる。



「うっ・・・・」



「・・・・・!」

部屋の中から聞こえてきた呻き声のようなものに慌てて部屋の扉を開ける。


「コンラッドっ?!」


視界に写ったのは、苦しそうに眉間に皺を寄せながら眠るコンラッドだった。

「コンラッドっ!!」

体をゆするが反応はない。

「コンラッドってばっ!!」

再び強く体を揺すると、コンラッドはゆっくりと瞼をあげた。

「・・・・・ユ・・・ト?」
「そうだよ。 大丈夫かコンラッド?」
「・・・・・・あぁ。」

ゆっくりと上体を起こす。

「一体何があったんだよ。」
「・・・別に、何もない。」
「今更嘘なんてつくなよっ!! 何かあったんだろ?!」

何もない。そう言葉を紡ごうと顔を上げた瞬間に、ユーリの瞳にうっすらと涙が浮かんでいることに気がついた。


「・・・・・・・。」
「俺が原因なのか?」
「・・・・違う。」
視線を外してコンラッドは答える。

「じゃあなんで?! 何で俺を避けるんだよ!」
「それは・・・・・」
「頼むから嘘はつかないでくれ。・・・俺が原因ならそう言ってくれても構わないから。」
「・・・・・・・。」

ゆっくりと視線をユーリの方へと向ける。眦からは涙が一筋零れ落ちていた。

その様子を見た後、諦めたように嘆息すると、コンラッドはポツリと呟いた。

「・・・・・夢を見る。」
「夢?」

コクリとコンラッドは頷く。

「戦場で一人たっていると、死んだはずの仲間がやって来るんだ。」

辛辣な表情で語るコンラッドをユーリは黙って見つめる。

「そして、決まって言うんだ、“お前だけ幸せになるのは許さない”と」
「なっ!!」
「分かっているんだ、そんな事は。俺が幸せになんてなってはいけないのだと。多くの同胞を殺しておきながら、そんな存在が幸せになんて・・・。」

表情を変えぬままコンラッドは言葉を紡ぐ。

「・・・・分かっているんだ。」



――――それでも・・・・――――



自分が幸せになってはならない存在だということは誰よりも自分が分かっている。だけど、ユートといると幸せだった。

ユートが笑うと、名を呼ばれると、自分の中の闇が薄れていった。


まるで、太陽に照らされるかのように・・・。


何度も駄目だと己を叱咤し、手放そうとするが・・・・出来なかった。自分からこの幸せを手放すようなことは。

夢は当然のように日に日に酷くなっていった。



「何だよ、それ・・・っ!」
ずっと下を向いたままのユーリがポツリと肩を震わせながら呟いた。

「おかしいだろっ!!コンラッドが幸せになっちゃいけないなんてっ!!」
「・・・・・・そういうものだ。」
「違うっ!!幸せになっちゃいけない人なんていないっ!」
「・・・・お前には分からない。」
「あぁ、俺には分からないよ! 戦争を経験していない俺にはどんなに分かりたくても、分かれないっ!そんなこと嫌って言うほど分かってる!」

ユーリの荒い息遣いだけが室内に響く。

「・・・・でも、これだけは分かる。あの戦争でたくさんの人が亡くなったのはコンラッドのせいなんかじゃない。 あの人たちを殺したのはコンラッドじゃない。」

キッパリとユーリは言い切った。まっすぐにコンラッドの瞳を見つめながら。


「・・・俺、言ったよなコンラッドに。 コンラッドが生きててくれて嬉しいって。」
「・・・・・・。」
「俺のほかにもあんたが生きててくれて嬉しいって言う人はたくさんいるって。」
「・・・・・・。」
「20年後のあんたは幸せそうだよ。その人たちに囲まれて。」
「・・・・・?!」
「ちゃんと毎日笑ってる。その傷のことも全てが笑えるようになってるよ。」
「何を言って・・・」
「だから、心配なんてしなくてもいいんだ。 あんたはちゃんとこの国を守ったんだ。無くしたものは確かにたくさんあるだろうけど、無くしたものだけじゃなくて、コンラッドが守ったものもちゃんと見て。それは確かにあるんだから。 あんたが守ったこの国はあんたの幸せを望んでる。」

真剣な表情でユーリはコンラッドを見つめる。

「この国だけじゃない、コンラッドが幸せだと俺も嬉しい。 コンラッドがどうしても自分の為に幸せになれないんだって言うんなら、俺のために幸せになってよ。」


はにかむようにそう言って、ユーリは微笑を浮かべた。

「だから・・・・・、」

最後の言葉を紡ごうとした瞬間、ユーリの体がぐらりと傾いた。


「ユートっ!」


すぐさま手を伸ばし倒れそうになったユーリの体を抱きとめる。

床に頭をぶつけることは回避したものの、呼吸は荒く、寄せられた皺はどこまでも険しい。



「ユートっ!!!」


静まり返った森の中にコンラッドの叫び声が木霊した。







コンラッド、ユーリの涙に弱すぎです。




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