第三話~青い石のペンダント~
「うぅ、何とか終わった・・・・・。」
授業終了のチャイムが鳴るなりユーリは机に突っ伏した。
「お疲れ様、渋谷。」
突っ伏した頭をこつんと叩かれ顔を上げると、そこには見知った友人の顔があった。
「村田。」
「それにしても、今日は大変だったね。授業のたびに他のクラスに教科書を借りに行かなくっちゃいけないなんて、一体鞄を何処へやったんだい?」
「・・・・・・それが、俺にもよく分かんないんだ。昨日あの後家に帰ったらもう持ってなかったんだよ」
「あの後?」
「やっ、が、学校から帰った後っ!!」
「ふ~ん・・・。と言うことは学校の何処かに忘れて行ったのかな?」
カタンと窓際に寄りかかりながら、村田は外を眺めた。すると、ある一点をみてピタリと動きを止めた。
「・・・・・・なぁ渋谷。」
「ん~?」
ゆっくりと頭を上げると友人の視線は窓の外へと向けられたままだ。
「どうしたんだよ、村田。」
「・・・・・・・キミ、ルッテンベルクの獅子と友達にでもなったのかい?」
「なっ、ななな何だよそれっ!!」
「いや、僕の勘違いでなければあそこにルッテンベルクの獅子が君の鞄を持って立っているように見えるんだけど。」
「ななななな、何ぃ?!」
「ほら、あの白いライオンのついた鞄。 君のだろ?」
慌てて窓際へと走りよる。確かにそこには昨日見た人物と全く同じ人物が無くしたはずの自分の鞄を持って立っていた。
「渋谷、昨日は興味ないみたいなこと言ってたのに、本当に手が早いんだから。」
「ち、違うっ!!俺達はそんな関係じゃない!!」
真っ赤になって激しく首を左右に振る友人を面白そうに眺める。
「じゃあどんな関係なんだい?」
「ど、どんなって、何もねぇよ!」
ふ~んと言って友人はニヤニヤと笑ったままだ。
納得した様子は何処にも無い。
「と、とにかく俺行ってくるからっ!!」
そういい残してユーリは友人の追及から逃れるように教室から駆け出していった。
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門の前に着くと既に下校を始めた女子生徒達がきゃあきゃあ言いながら門の前の人物を取り囲んでいる様子が目に入った。
その間を縫うようにすり抜けると、薄茶に銀の虹彩を散らせたような瞳と目が合った。
「ユーリ。」
人ごみを気にした風も無くコンラッドがユーリの傍へと近づく。
「ど、どうしたんだよ、一体。」
「これを。」
すっと見知った鞄が差し出される。
「あっ・・・・・。」
「昨日君が帰った後、草むらで見つけたんだ。」
「・・・・そっか、わざわざどうもありがとう。」
「いや、別に構わない。本当は昨日の内に渡せたら良かったんだけど、家が分からなくて、今日大変だっただろう?」
「あっ、うん。」
「すまない。」
「ちょ、ちょっとあんたが誤ることじゃないって、忘れて行ったのは俺なんだから!!」
高校生に頭を下げている大学生に周囲の人たちが何事かと視線を向ける。
「と、とにかくここはちょっとまずいからどっか違うところに行こうっ!!」
気恥ずかしそうにグイッとコンラッドの服を引っ張ると、逃げるようにその場から立ち去る。
その光景を、一人の男がじっと見ていたことに二人は気がつかなかった。
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昨日の橋の上の辺りに来ると二人は歩みを止めた。
「・・・・・・えーと、改めまして鞄、どうもありがとうございました。」
「いや、俺のほうこそもっと早く渡せたら、」
「それはもういいって。本当に届けてくれただけで嬉しいんだから。」
そう言って笑うユーリを眩しそうに見つめた後、コンラッドはゆっくりとペンダントの紐を外した。
「これを、君に。」
「えっ?!」
差し出された青いペンダントを見てユーリは驚きの声をあげた。
「く、くれるって言うこと?で、でもこれってすっごく大切なものなんだろ?」
「・・・・すごく大切なものだった。でも、俺にはもう意味が無いから。」
「で、でも、貰う意味がないよ・・・。」
「貰って下さい。貴方に貰って欲しい。」
切実な表情でコンラッドはユーリを見つめた。
じっとその瞳を見つめた後、ユーリはそっとペンダントに手を伸ばした。
「も、もし返して欲しくなったら遠慮せずに言ってくれてかまわないから・・・・・・」
「ありがとう。」
そう言ってペンダントを手に取ったユーリにふわりと微笑む。
―――――うっ・・・・!!―――――
「お、俺今日もう帰んなくっちゃっ!!」
赤くなった頬を隠す為に急いで踵を返そうとした瞬間、がしっとその手を掴まれ、驚く。
「な、何っ?」
「明日も、」
「えっ?」
「明日もここで会えないか?君に。」
「えっ?・・・あの、その・・・・。」
真っ直ぐに見つめられ、その視線から逃れるように下を向くと、ユーリは小さく呟いた。
「・・・・・・・・・・・うん」
小さく呟かれた言葉に安心したようにほっと息を吐くと、コンラッドはそっと手を離した。
「じゃあ、明日。」
「う、うん。また明日な。」
それだけを言い残すとユーリは逃げるようにその場から立ち去った。
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家に帰るなり駆け込むように自室に入ると、ユーリはずるずるとその場にしゃがみこんだ。
「俺、一体どうしたんだろ。」
バクバクと早鐘を打つ心臓に手をやりながらユーリは呟いた。
彼が、自分の名を呼んだとき。
彼が笑ったとき。
何故だか無性に胸の辺りが苦しくなってその場にいられなくなってしまう。
「変な奴だって思われてたらどうしよう・・・・。」
思わず頭を抱えると、先程もらった青い石のペンダントが目に入った。
「明日か・・・・・。」
ペンダントを手に取りながら、ユーリはポツリと呟いた。
――――――また、明日会えるんだ・・・・。――――――
キラリと青くペンダントが輝いた。
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