第五話~ half or double ? ~




「渋谷、今日一緒に帰んない?ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」
「悪いっ!!今日は駄目なんだ。」

授業が終わるなり、そう言ってきた友人に手を合わせながら、申し訳なさそうにユーリは頭を下げた。


その言葉にメガネの奥で友人の目が怪しく光る。


「はは~ん、また獅子とデートだね?まったく二人してよくやるよね、毎日毎日。まったく渋谷も渋谷だけど、ウェラー卿もウェラー卿だよね。」
「で、デート?!俺達はそんなんじゃねぇよっ?! っていうか村田今なんて言った??ウェラーきょう??」
「あれ、渋谷知らなかったのかい?ウェラー卿コンラート。彼のファンクラブの間では彼はコンラート・ウェラーじゃなくて、そう呼ばれてるらしいよ。」
「・・・・・・・・・ファ、ファンクラブ?」
「そう、なんでも別名はルッテンベルク師団って言って、全校女子のおよそ3分の1位の人が入っているらしいよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「本当に凄いよね。そこまでいったらいっそ清々しいというか。じゃあ僕のはまた別の日にでも付き合ってよ」

どこか気落ちした様子の友人の肩をポンと叩く。

「あ、あぁ。じゃあな」

そう言って心なしか落ち込んだ様子で教室を出て行く友人の背中を見つめながら、村田はニヤリと微笑を浮かべた。



―――――渋谷は本当に純粋というか、鈍感というか、恋に免疫がないからなぁ



これで少しは自覚してくれればいいけど。

小さくそう呟いて、友人の健闘を願った。



+++++++++++++++++



「・・・・・・リ、ユ・・・・リ、ユーリ!!」
「えっ?!何っ?!」
強く名前を呼ばれてはっとして顔を上げると、心配そうな表情をしたコンラッドと目が合う。
「大丈夫ですか?なんだかぼーっとしていたようですし、あまり顔色が良くない。」
「だ、大丈夫だよ。心配すんなって。」

覗き込んでくるコンラッドから無意識に顔を背けながらユーリは答えた。

「ですが、」
「本当に大丈夫だからさ。まったくコンラッドってば気にしすぎだよ、本当にたいしたことないから。」

呆れたように笑いながらそう言うが、コンラッドは依然心配そうな表情を崩さない。

「あ~もうっ、本当に大丈夫だからさ、えと、そ、そう言えばコンラッドの髪ってキレイだよな。それに目も。父さんとかって何処の国の人なの?」
「あれ、言っていませんでしたか?父は、ドイツ人で、母はアメリカ人のハーフなんですよ。」
「へっ?ハーフだったんだ。そっか、いいな。」

何気なくユーリが呟いた言葉にコンラッドの顔が僅かに曇る。

「・・・・・・・どうしてハーフなんかいいんですか? ハーフなんていいことありませんよ。俺としてはこの黒髪のほうが何よりも羨ましかったですけどね。」
「そうか? ん~でもやっぱりハーフってお得だよな。」
「・・・・・・お得?」

怪訝そうな表情でコンラッドが聞き返す。

「そう。だってさ、ハーフってつまりは、二つの血が流れてるってことだろ??だから”ハーフ”って言うよりは寧ろ”ダブル”ってことだろ?」
「・・・・・・・・・・っ」
コンラッドが目を見開く。
「つまりさ、二つの血が流れてるって言うことは、体の中に二つの文化があるっていうわけで、 二つの文化が体の中にあるっていうことは二つの故郷を持っているって言うことだろ?だから俺なんかよりよっぽど・・・、」

ユーリの言葉が言い終わらないうちに、すっとコンラッドの腕が伸びてきて、気がつくとユーリはすっぽりとその腕の中に抱きしめられていた。

「コ、コココココンラッドっ?!!」

顔を真っ赤にさせながら、ユーリがじたばたともがくが、コンラッドの腕はびくともしない。

「ど、どうしたんだよっ!!」
「・・・・・・・・・・いえ」


そう呟くコンラッドの肩が小さく震えていることに気がついてユーリはピタリと動きを止めた。


「コンラッド・・・・?」
「なんでも、ないんです・・・・・。」
小さくそう呟くと、コンラッドはそれ以上は何も言わずただその抱きしめる手に力を込めた。

普段の彼との違った様子に驚きながらも、ユーリはただじっとその震えが収まるまでその場に立ち続けた。


+++++++++++++++++++


「すいませんでした・・・・・・・。」

数分後、そっと体を離すとコンラッドは申し訳なさそうにそう呟いた。

「う、ううん。」

真っ赤に染まった顔を隠すように下を向いたまま小さく首を左右に振る。

「あの、」
「あっ!!お、俺今日もう帰るなっ!!おふくろに買い物頼まれてたんだ」
「・・・・・・・そうですか。 では家に帰ったらちゃんと休んでくださいね」
「うん。じゃ、じゃあなっ!!」

コンラッドの方から視線を外したままそう言うと、 背後にコンラッドの視線を感じつつも、先程から鳴り止む気配のない胸を押さえてユーリはさっと踵を返した。


その胸ではペンダントが青白く輝いていた。


++++++++++++++++++++





「どんな顔して会えばいいんだろう・・・・。」
次の日、無事に学校が終わり、いつものようにあの橋の元へと向かう道の途中でユーリは小さく呟いた。
脳裏に浮かぶのは昨日の橋の上での出来事。


想像以上に力強い腕。耳元に響く低い声。ふわりと鼻を掠める彼の香り。


全てが生々しく思い出されてユーリは再び顔を真っ赤に染めた。


―――――なんなんだよっ!!これっ!!!―――――


そうユーリが頭を悩ませていると、ふと前方に少々ケバイ格好をしたお姉さん達がずらっと現れた。

「あなた、渋谷有利でしょ。ちょっと話があるんだけど」

腕を組みながらそのうちの一人がずいっと前に出ながらユーリに話しかけた。

「えと、そうですけど・・・・・、誰ですか??」
「いいから、ちょっと来て!!」

訳が分からないといった様子で首を傾げるユーリの手を強く掴むと、返事も聞かずに近くの路地裏へとユーリを引きずっていった。


――――――――何なんだ、一体??――――――――


不穏な空気を漂わせながら、ゆっくりと日が暮れていく。



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