第六話~今を繋ぐ過去~




「泣いてるの?」
突如頭上から降ってきた声に、茶色の髪をした少年は顔を上げた。
「泣いてなんかない」
ぐっと瞳を拭うと、少年は目の前の人物から視線を外すようにプイとっとそっぽを向いた。

その様子に小さく微笑すると、少年より幾ばくか背が高いその少女は腰まで伸びた白い髪を揺らしながら、少年の横にそっと腰を下ろした。

「またあの人達に何か言われたの?」

数秒間の沈黙の後、少女は静かに問いかけた。

「別に」
「・・・・・・そう」

それ以上は何も口にすることなく少女はただ黙ったままその隣に座り続けた。

風がふわりと二人の間を通り過ぎる。



「・・・・・・・が、・・・・だって」
「えっ?」

数秒間の沈黙の後、依然だんまりを決め込んでいた少年がゆっくりと口を開いた。

「あいつらが、俺のことをハーフだって。」
「そう。」
「それはいいんだ、事実だから。・・・・でも」
「でも?」
悔しそうに唇をかみ締めると、少年は先ほど自分に投げかけられた言葉を思い出した。

「体に中途半端な血が流れているヤツなんて人間じゃないって。そんな中途半端な奴に居場所なんてないって。お前の居場所なんて結局はどこにもないんだって。」
「・・・・・・・・。」
「そんなこと、分かってたけど。それでも・・・・・・っ」

悔しそうに肩を振るわせる少年を見つめた後、少女はゆっくりと立ち上がった。


「ばかね。」


その言葉に少年はそっと目の前に立つ少女を見上げた。
こういうときの彼女の後ろ姿は何よりも大きく見えた。



「そもそもハーフっていう言い方がわるいのよね。だってそうでしょ?あなたの居場所なら、その両方にある。あなたの体の中には尊い国の歴史が二つも流れているんだから。 だから、むしろダブルって言ったほうが正しいわね。」

そう言って少女はじっと少年の瞳を見つめた。

「あなたはどちらにもなれない中途半端な存在なんかじゃない。そのどちらにもなれるすごく素敵な存在なのよ。 今度そんなことを言ったバカな奴には蹴りの一つ二つお見舞いしてやりなさい。だから・・・――――」


呆然と自分を見つめる少年に、にっこりと少女、ジュリアは、微笑んだ。



「胸を張りなさい、コンラート。」




+++++++++++++++++++




「・・・・ト、コン・・・ト、コンラートっ!!」

自分を呼ぶ声でコンラートははっと目を覚ました。


「もう、コンラートってば!何度も呼んでるのにっ!!」
「すいません、母上。」

そう言うとコンラートはゆったりとソファから体を起こした。
目に映るのはいつもと変わらない、いつもの家。ふと先ほどの夢を思い出そうとしてみるが、淡く霧がかかったように思い出せない。


―――――何か懐かしい夢だったような気がするんだが―――――


思い出そうとしてみるが、思い出そうとすればするほど霧は深くなり霧散していった。
まぁ、たいした夢でもなかったのだろうと結論づけて、 コンラートは思考を一旦断ち切った。


「で、どうしたんです?一体。俺に何か用ですか?」
「そうなのよ、あなた確か今日大学休みだったわよね?良かったら買い物に付き合ってくれないかしら?欲しいものがあるのよ」
「すいません。今日はちょっと、これから行くところがありまして」
「えーっ!今日はグウェンダルも留守だったからあなただけが頼りだったのにぃ。・・・・それにしても、あなた最近いつもこの時間帯家にいないわよね。何か大切な用事でもありまして?」

その言葉に、コンラッドはゆっくりと微笑を浮かべて頷いた。


「えぇ。とても、大切な」
そう言って浮かべられたコンラートの表情に目を瞠る。


―――――この子がこんな顔をするなんて


つい最近まではニコリともしなかったというのに。

まぁ、あんなことが会ったのでは無理もないとは思うけれど。


「そう、じゃあ買い物はまた今度付き合ってね。」
そう言って笑みを残すと、コンラートを一人残して部屋を後にした。



+++++++++++++++++++




「・・・・・・で、えーと一体何の用でしょうか??」

人気のない路地裏に着くなりユーリは声を上げた。改めて周りを見ると、数は5人。どうにかすれば逃げ出せる数だ。

「何の用ですかってっ?!そんなの決まってるでしょっ!!」
「・・・・というと?」
「もうっ!!コンラート様のことよっ!! あなたなんでしょ?!最近コンラート様に付きまとっている奴って!!」
「なっ?!」

予想外の言葉にユーリは目を瞠った。

「お、俺はつきまとったりしてねーよっ!!」
「今更とぼけようたってそうはいかないわよ!!こっちには証拠だってあるんだから!」

ほら、と言って目の前の女性はなにやら紙切れのようなものをユーリに渡した。

「・・・・・・・っ!!」
「これでもまだ言い逃れようっていうの?!」

そこには昨日のコンラッドとユーリが抱き合っている姿が写っていた。

「こ、これは・・・・」
「とにかく!!私たちはあんたなんか認めないっ!!私たちは、私たちはジュリアしか・・・・―――――」
「ジュリア??」
「ぷっ、なんだそんなことも知らないでコンラート様に付きまとっていたの?呆れた。」

興味が失せたのか、冷めた目でユーリを一瞥すると、彼女達は背を向けた。

「まぁいいわ。今回は警告だけで終わるけど、今後コンラート様に近づくようなことがあったらそれだけじゃ済まないから。覚悟しておいてね」

ざっざっと言う音を立てて去っていく後姿をただ呆然と見送りながら、既に彼女達の言葉はユーリの耳には届いていなかった。




「ジュリア・・・・・?」





ようやくジュリア登場。長かった・・・・。



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