++心奥の真実 3++




空腹を満たして外に出ると、外はすでに暗くなってきていた。
どこか泊まるところを探すためにきょろきょろと目を巡らすと、一つの明かりが目に入った。そこは以前何度か利用したことがある宿屋で、一階が酒場になっているものの、質がよく、値段が安いのだとコンラッドが言っていたのを聞いたことがあった。
扉を開けるとカランという澄んだ音が鳴り響いた。店内は他所の酒場よりも落ち着いていて、そしてどこかほっとするような温かみがあった。
隅の空いた席へと腰を下ろすと、直ぐに店員がやって来た。

「いらしゃいませ、今日はどうしましたか?」
「あの、泊まるところを探してて、」
「宿のほうですか?」
「はい」
「では二階の部屋が空いていますのでどうぞそちらの方に。すぐに行かれますか?」
「あ、いえ、まだここにいます。」
「分かりました。」
一礼して店員はすぐに元の位置へと戻っていった。


「はぁ。」
誰もいなくなったのを確認すると、ユーリは大きくため息をついた。

部屋にすぐ行かなかったのには理由があった。今一人になりたくないというのも理由の一つであったが、もう一つ重大な理由があった。


「俺がいなくても、何も変わらない。」


それが今日この町を見ていて分かったことだ。 自分がいなくても人々はいつもと何も変わることなく生活を送っていた。それは、町の人だけじゃなくて城の人々も。
自分などその程度の価値しかないのかと落ち込んでしまったられはそれで楽かもしれない。


でもその前に一つ疑問が残る。


俺がここにいてもすべては上手くいく。何故か。それはつまり・・・。



「誰かが俺の代わりをしているっていうことか?」



その疑問があったために自分は部屋に行かずに下に残った。何か情報を少しでも得るために。
すぐ隣の席で酒を飲んでいる老人の二人組みが目に付いた。どちらも人のよさそうな顔をしている。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど。」
「んっ、何だね?」
「今の魔王陛下ってどんな方ですか?」
そう尋ねると二人は驚いた顔をした。

「「魔王陛下の事を知らないのかい?!」」

「あっ、その、話しか聞いたことがなくて・・・。」
「魔王陛下はそれはそれはすばらしいお方だよ。」
一人の老人がゆっくりと語りだした。その表情は慈愛に満ちている。
「魔王陛下があのお方になられてからは、本当に素晴らしくなった。町も人もみんなが生き生きとして、まるで世界が変わったようだ。」
「・・・・・・。」
「本当に素晴らしいお方じゃよ、ユーリ陛下は。」
「っ!!ユーリ陛下を知ってるんですか?!!」
「あ?ああ。遠くからだが、何度か拝見したことがある。」
「どんな方でした?!!」
顔を少し近づけて老人を見る。
「うーん。どんな方じゃったかなぁ?確かに何度か顔を拝見したことがあるのだが、今日に限って何も思いだせん。年のせいかのぉ?」
「・・・・・・。」

それだけ言い終わると老人たちはすぐに元の会話へと戻っていった。



その後も何人かに同じようなことを尋ねてみたのだが、全員が同じように、魔王陛下のことは知っているが、顔は思い出せないといった。
「一体どうなってるんだ?!」
机に肘をつき頭をわしゃわしゃと掻く。
分かったことといえば、全員が魔王陛下の顔が分からないということだけだ。
「・・・・。とにかくもう一回城に戻って確かめなくっちゃな!」
今誰が自分の席に座っているのかを。


そうは思うが、どうやって城に行けばいいのか分からない。もし万が一また捕まったら今度こそ殺されるかもしれない。
そう思うと同時に今日城で向けられた冷たい視線を思い出す。


今まで見たこともなかったような冷たい顔。その場に立っているだけで膝が震えてきそうだった。
胸中ではみんなが自分を忘れてもコンラッドだけは自分が分かるんじゃないかと思っていた分、あの時受けた衝撃は大きかった。




気がつくとユーリは自分の両肩をつかんでいた。




――――――もし、一生このままだったら。――――――




恐ろしい考えが脳裏をよぎり、背中をつめたい汗がつたう。




――――――俺は一生コンラッドに会えない。――――――




その恐ろしい考えに方を震わせていると、視界にオレンジ色の髪が映った。



――――――あれは・・・・っ!!!



「ヨザックっ!!!!」
名前を呼ばれた青年は怪訝な顔をして足を止めた。
「えっと、どなた?」
「それはもぅいいから!とにかくちょっとこっちに来てよ!」
そういって隣の席をばしばしと叩くと、少しためらいながらもヨザックは席に着いた。


「で、一体あんたは誰で、俺に何のようなの?」
不快感を隠そうともせず、ヨザックは机の上で肘をついた。


「今から言うことは信じられないと思うことだろうけど、全部本当のことなんだ。」
前もってそう言っておきながら、ユーリは今日城であったことを話し始めた。
「朝目が覚めるまでは、いつもどおりだったんだ。」
今朝のことが脳裏をよぎる。


「でも、目が覚めるとみんな俺のことを忘れちゃてて・・・・。気づいたら兵たちに追われてたんだ。」
「へぇ」
「城だけじゃなくてこの町の人たちも皆俺のこと忘れてるみたいなんだ!」
「へぇ」
ヨザックは相変わらず肘をついたまま興味なさげに話を聞いている。
「聞いてるのかっ、ヨザック!!」
「で、あんたは一体誰なんだ? 誰のことを忘れてるっていうんだ?俺たちは。」
「それは、」
俺は大きく息を吸い込んだ。




「魔王だ。」




ガタンという大きな音をたててヨザックが椅子から転げ落ちた。
「お前なぁ!嘘つくにしてももっと身分にあった嘘付けよ。そんな誰にでも嘘だってバレるようなやつじゃなくて。」
「嘘じゃないっ!!!」
呆れたような視線を向けるヨザックを鋭く睨む。
「最初にも言ったけど、嘘のように聞こえるかもしれないけど、全部本当のことなんだ!!どうしても信じられないっていうんなら証拠もあるっ!!」
「へぇ。」
「グウェンの趣味が編み物っていうのは、城の中の人しか知らないことだろ。あと、ギュンターが実はじゅくじゅく水虫を隠し持ってることとか、ヴォルフラムの寝相がわるいこととか、コンラッドの、」
 一瞬冷たい目が脳裏をよぎる。だけど、振り切るように頭を振る。
「コンラッドの駄洒落がくだらないってこととかな!!!」

ヨザックは目を丸くして、目の前で息を切らしている少年を見つめた。気がつくと周りには誰もいなくなっていた。
荒い息遣いだけが響き渡る室内で先に沈黙を破ったのはヨザックだった。


「分かりましたよ。」
「えっ?」
「あなたが、”マオウヘイカ”だっていうことを信じるって言ったんです。」
「本当?!」
「えぇ。」


ほっとして全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込んでしまった。自分で思うよりもずっと緊張していたようだ。

「それで?ヘイカは何をしたいんですか?」
「そうだ。そのことでヨザックに頼みたいことがあるんだ。」
「何ですか?」
「誰にも見つからずに、今の魔王陛下に会わせて欲しい。」
「・・・・会ってどうするんですか?」
「確かめることがあるんだ。」


何のためにこんなことをしたのか。どうしてこんなことをするのか。・・・・・違う。



それもあるけど本当は―――・・・・一番の理由は、




―――――――コンラッドを取り返しにいくんだ。―――――――




その後、城へ忍び込む詳しいことを決めて、今日はもう寝ることとなった。

「それじゃあヨザックまた明日。」
「えぇ。おやすみなさいマセ。」


ふわぁと欠伸をしながら階段を登っていくユーリの姿を見つめるヨザックの目は・・・・・・鋭かった。






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